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第4話(ある日の訓練風景シリーズ)

~ある日の訓練風景1~


キュッキュッという、ホワイトボードとホワイトボードマーカーが奏でる音が部屋に響く。

学校のように黒板があるわけでなし、持ち運びができる程度のホワイトボードを使って貝沢はホワイトボードマーカーを走らせる。


「俺たちが救急法検定でやっていることは、第1課題から第3課題まで。その内容で保証されている技能はというと、何だ?」

「ターニケットの使用と心配蘇生法です」


 貝沢の問いかけに東野2曹が間髪いれずに答える。


「東野、お前はわかっているんだから、ちょっと黙っていろ。後ろの面々は答えなくていいぞ」

「へい」

「クククッ」


 今日は若い隊員向けの教育であるため、ベテランの東野が答えても仕方がない。

そのため、貝沢は苦笑いしながら軽い調子で東野を注意する。

注意された方はというと、東野の隣にいる船橋2曹が小さく笑いながら東野を小突いたかと思えば、2人はお互いを見やってニヤニヤ笑い合う。

部屋内には、ベテランの陸曹が後ろに、ホワイトボードの前には若い隊員が集まって話を聞いている。


「東野が答えた通りだが、一般的にCAT、Combat Application Tourniquetの使い方はどのように教えられている?」

「ええと、手足に掛けて締め上げるものだと。で、血流が止まるまでしっかり締め上げるように教えられました」


 今度は陸士の内の1人、谷1士が答える。


「ふむ、ではCATを使うにあたってどんなことに気をつけなければならない?」

「え?そ、それは……」


 貝沢の続く質問で谷1士は固まってしまう。


「とまあ、詳細に正しく教えられているとは言い難い。心配蘇生法については、少し話が違ってくるので、それについては後回しだ。さて、谷が答えてくれたように、ターニケット使用法の教育はその程度なわけだ。それを踏まえて考えてみるぞ」


 貝沢はホワイトボードにグラフと数値を書きながら話を続ける。


「2004年以降の米軍の統計で、「防ぎえた死」、つまり第一線で適切な救急処置が行われたら救えたであろうとされる死因は、戦死全体の内21%だ。その21%の内訳は、四肢からの出血13.5%、四肢の結合部、即ち手足の付け根からの出血19.2%、体幹からの出血67.3%、気道の損傷・閉塞7.9%、緊張性気胸1.1%となっている。このデータと自衛隊の救急法検定の内容を照らし合わせると……我々、自衛隊の「防ぎえた死」の救命率はどれくらいになる?」

「……」


 貝沢の話を初めて聞く若い隊員らは、誰も答えない。

彼らには第一線救護に関する知識、医学的知識が不足しているのだから仕方ない。

貝沢は一度若い隊員らの反応を確認して話を続ける。


「ターニケットも万能ではない。四肢の創傷にターニケットを適用できない場合もある。救急法検定では明るい環境で自分の腕に掛ける方法しか検していない。視界の悪い環境での訓練もしていない。当然、一連の戦闘動作における使い方も訓練していない。これらも考慮すると……「防ぎえた死」の救命率は1桁程度と見積もるのが妥当だろう」


 部屋内に―正確には若い隊員の間に―若干暗い雰囲気が立ち込める。

話の内容からすれば、自分たちは負傷したが最後、ほとんど助からないに等しいのだ。


「ちなみに、米陸軍の精鋭部隊、第75レンジャー連隊は「防ぎえた死」の救命を約96%という高い割合で達成している。つまり訓練すればそれだけ救えるようになるということだ。救護に関してまだよく分からない者は、その重要性をよく認識するように。救護の訓練はまとまって時間を取らなくてもできる。零細時間を活用して少しずつ訓練し、戦闘行動の中でそれらができるようになればいい。訓練すればそれだけ仲間を救えるようになるんだ。世界水準を目指して教えていくからしっかり身につけてくれ」


 貝沢の力強い言葉に、先ほどの暗い雰囲気は若干和らぐ。


「救護に関しては役職、階級関係ない。全員が等しくできるようになる必要がある。わからないことは何でも質問すること、いいな?」

『はい!』


 貝沢は一呼吸おいて、若い隊員の反応を待ち、返事を確かめてから話を続ける。


「よし、ではこのままターニケットの扱い方をやっていくぞ」

「あの、貝沢曹長」

「ん?何だ、小川?」


 遠慮がちに手を挙げた小川1士が貝沢に声を掛ける。


「先ほどからターニケットと言っているのは、止血帯のことですよね?」

「ああ、そうだ。あえて英語を使っているな」

「何か意味はあるのですか?」

「あるぞ。止血帯というと、手足を縛る、つまり緊縛止血を連想するだろう?だがターニケットはそれだけじゃない。縛ることには変わりないけどな。これがどういう意味を含んでいるかは、追々理解できるはずだ」

「わかりました」


 小川1士を含めた若い隊員の表情を確認し、貝沢はターニケットをいくつか並べる。


「陸自で支給されているターニケットはCATだ。このCATはおかしな点があってな。CATは現在第6世代と第7世代が出回っており、陸自の官給品も第6世代と第7世代が混在している。ところが、第六6世代の方が問題だ。第6世代以降にあるレッドチップ、このバンド端の赤い着色のことだ。これがない。そのため端末を視認し辛い。更には、製造年月日が古いものもある。これはどういうことを意味するだろうな?」


 説明用に並べたターニケットを指し示しながらの貝沢の説明に隊員達はまたも押し黙る。

順当に考えれば、官給品CATは第6世代より古いものもあると考えられてしまう。


「つまり、そういう可能性があるということだ。強度に不安があるため、訓練用と本番用とにしっかりと分けておく必要がある。それと紫外線によるプラスチック部品の劣化を防ぐために密閉式のポーチに入れておかないといかん。自腹を切らせで悪いが、ターニケット用のポーチを買って、ターニケットは別個に持っておくこと。間違っても裸のままベストにゴムバンドでくくりつける、といったことはするんじゃないぞ。命を預ける装備に劣化の可能性があるならば、それは避けてしかるべきだからな」


 若い隊員達は、貝沢の話は自分たちの命に直接関わることだと実感しただけに、真剣な表情でメモを取り続ける。

今日の昼食はカレーであったが、眠気を起こす暇などない。


「IFAK (Individual First Aid Kit) ポーチを着ける位置は腰の背中側で統制する。腰の背中側は統計的に一番損傷を受けにくい。ターニケットを入れたポーチは、すぐに手の届く位置で、かつ左右に分散させて装着する。ターニケットの使用は1秒を争うため。装備品が破損する事態に遭遇しても、ターニケット1本は残るようにするため。理由はこの2つだ。次にターニケットを手にとって解説していくぞ。関、ターニケットを配ってくれ」

「わかりました」


 貝沢の指示を受けて、関2曹が訓練用のターニケットを隊員に配っていく。


「CATはそう難しい構造をしてはいない。ベルクロがついたバンド、巻き上げ棒、プラスチックバックルで構成されている。バンドの内側に巻き上げ棒と繋がった布があって、これが動いて緊縛するわけだ。内側の布が動く分、肌への負担が少ない。だが、中の布はこれくらいしか動かない」


 貝沢は巻き上げ棒を引っ張って、内側の布がどれだけ動くか展示する。


「よって、最初にベルクロのバンドでしっかり締め上げなければならない。その上で巻き上げ棒を巻いて締め上げる。これのわかりやすい標語が「3フィンガーチェック・3タッチ」だ。どういうことか実際にやってみるぞ。欣哉、ちょっと来い」

「ええ!?俺っすか!?」


 陸曹連中がクスクスと笑う中、佐藤欣哉3曹が前に出る。

そして、貝沢は佐藤の脚に実際に装着してみせる。


「あっ痛、いたたっ!」


 貝沢がターニケットを締め上げると、佐藤はすぐに悲鳴を上げた。


「このようにしっかり締め上げなければ、四肢の出血は制御できないわけだ。各自、自分の脚を使ってやってみろ。船橋、東野、関は俺と一緒に巡回指導にあたってくれ」


 ターニケットを配られた者は、貝沢の指示を受けてそれぞれにターニケットを自分の脚にかけていく。

展示説明の通り締め上げると、「痛ってぇ」「きっつ」等といった声が上がる。


「どうだ、実感できただろう?締め付ける強さに伴う痛みが激しい。この痛みに麻酔なしで耐えられる時間は短い。また、長時間使用することで神経も損傷する。銃創に対応する時間が極めて短いことも含め、これらをまとめると「2236」という時間的尺度が得られる」


 貝沢はホワイトボードに数字を書いて、その解説を続ける。


「……という意味だな。というわけで、この2236についてはきっちり頭に叩き込んでおけ」

『はい!』

「続いて実際に戦闘行動において、どうやってターニケットを掛けるかという話に移るぞ。CATはオスメスのない特殊なベルクロを使っているが、ベルクロ故に固定力が低下する場合がある。ベルクロに汚れがついてしまった場合だな。この汚れってのは、血液も含まれる。人間の血液は……そうだな、プロテインを溶かした液体を思い浮かべてくれ。どろどろとした液体が付着すれば固定力が低下するのは想像できるだろう。欣哉、そこに寝てくれ。これに対応するため、どうターニケットを扱うかというと」


 貝沢は床に寝転がった佐藤の脚にターニケットを掛けて見せる。

加えて注意が必要な事項は展示をしながら説明していく。


「このようにターニケットを扱うことで、汚れが付着するのを最小限にできる。ターニケットを無くさないためにもターニケットを握った手は離さないこと。この要領なら暗闇でも対応できる。そして、ターニケットは必ず手足の付け根まで引き上げること。なぜかわかる者はいるか?」


小さく「いいえ」と言ったり、首を横に振ったり、首をかしげたり、と反応は様々だが、貝沢の問いかけに答えられる隊員はいない。

貝沢は佐藤の体を使って解説をする。


「ライフル弾が人体に影響を与える範囲は、弾丸直径の30倍から40倍に及ぶ。手足を撃たれた場合は大量の出血を伴うので、もって3分だ。ところが、服には弾丸が突き抜けた小さな穴しかできない。俺達の場合迷彩服を着ているので、一層わかりにくい。すぐ死んでしまう一方で、どこを撃たれたのか傍目にわかりにくいのが銃創の怖いところだ。よって、どこを撃たれていようと出血を制御できる手足の付け根にターニケットを掛けるんだ。わかったか?」

『はい』

「では、今までのことを踏まえて2人1組で交互に演練実施」


 隊員たちはお互いの腕・脚にターニケットを掛け合う。

何度か訓練を繰り返し、慣れてきたところを見計らって要領を変えていき、最終的に暗闇を想定した目隠しまで難易度を上げる。


「よし、こんなところか。上達が速くてよろしい。どうだ?救急法検定の第1課題なんか余裕だろう?」


 貝沢のおどけた物言いに陸士隊員も笑みを浮かべる。

今自分たちがやっていることに、確かな手応えを感じているのだ。

貝沢が笑みを浮かべて褒め言葉を掛けるが、いかつい顔が笑みを浮かべても、「ニヤリ」という擬音語が似合ってしまうのが残念なところだ。


「さっきの回復体位の意義を説明するぞ。この姿勢をとれば、患側から健側に悪影響を及ぼすことを防ぐことができる。人間は、仰向けの姿勢で意識を失うと舌の付け根が気道を塞いでしまう。これを舌根沈下というが、この姿勢ならば意識が低下しても気道を塞ぐことがない。よって、負傷したならば、必ずこの姿勢を取るんだ。トリアージまで踏み込んだ話をすると、この体位を自力で取れない場合は助かる見込みがないと判定されてしまう。ま、トリアージの話はもっと訓練を重ねてからだが」

「患側、健側って何ですか?」

「ああ、説明してなかったな。体の正中線で左右に分けて、負傷している側を患側かんそく、負傷していない側を健側けんそくという。これからも使う言葉だから覚えてくれ」


 貝沢は戦闘行動を踏まえつつ、医学的知識も加えて丁寧に説明していく。

なんのためにそれをするのか、なぜそれをする必要があるのか、納得の上で訓練に取り組めば上達も早い。

若い隊員らとて馬鹿ではない。

中には大卒の陸士もいるご時勢、理屈をきっちり説明すれば理解するだけの知能はあるのだ。

貝沢自身は大学を出ているわけではないし、自分が若いころはそれこそ言われたことを盲目的に実行する、体育会系バリバリの教育を受けてきた。

だが今は時代が違うのだ。

自身の経験、世代間の違い、昨今の情勢、それらを踏まえて貝沢は筋道をきっちり立てて教育するようにしている。

怒鳴りつけることに教育効果はない。

むしろ被教育者が萎縮して積極性を失い、緊張から記憶力も低下する。


「CATの扱い方をやってきたが、正しく扱えるようになるまで、最低70回の練習が必要という米軍の統計がある。これから継続的にやっていくからな。それと、CATの他にもターニケットはあるので、それぞれの特性を説明する。扱い方はCATとほぼ同様だ」


 貝沢はCAT以外のターニケットも取り出して、それぞれの構造と特性を説明していく。

基本的に、CATが正しく扱えれば、他の巻き上げ棒式ターニケットも正しく扱うことができる。

しかし、CATにはない特徴もあるので、その点は知っておく必要があるのだ。


「……とまあ、以上のようになるな。軍事的視点からすれば、SOFTT-WがCATよりも構造・機能上好ましいが、ないものねだりをしても仕方ない。だが、私物で欲しいというならば、買うための助言はできるぞ」


 SOFTT-W、Special Operations Tactical Tourniquet-WideはCATと同じ巻上げ棒式のターニケットである。

CATと異なり、金属部品を使用しており、かつCATよりも単純な構造であるため、頑丈さに優れる。

また、CAT G7で見つかった致命的な欠陥を起こすことがない。

肌に対する損傷を許容できるならば、確実性、堅牢性がCATよりも優れる。


便利な装備、本当に使えるものを使いたければ、私物で買うしかないのが実情だ。

陸曹の中には私物で持っている者がいるが、全員が全員買っているわけではない。

特に家庭を持つ隊員の懐事情は独身者のように余裕がありはしない。


そもそも、本来あるべきは、必要な装備をきちんと将兵に装備させることである。

適切な装備を隊員に持たせるのは防衛組織の、ひいては国の責務であり、衛生は「国に尽くす将兵を何としてでも死なせない」という国家の意思が表れる部分である。

自衛隊においては、「個人携行救急品を全隊員分確保した場合、約13億円が必要となるが、限られた予算においては現実的な金額ではない。よって、即応隊員分等の最低限必要となる分を確保し、有事等の際において追加で必要となる隊員の取得方法について検討をしている」となっている。(平成28年防衛省行政事業レビュー外部有識者会合資料)

つまりは、隊員の命に直接関わる装備の値段が戦車約1両分では「高い」、と必要十分な個人携行救急品を支給していないのが現状である。

「有事等の際において追加で必要となる隊員の取得方法について検討をしている」とあるが、調達の方式を考えれば、有事にすぐ業者から調達できることもできない。

有事を想定して、一民間業者が陸自相手の大量在庫を常に抱えられるわけがないのだ。

事が起きてから調達しようにも、すぐに手に入ることはない。

実際には、米軍が「防ぎえた死」の救命を高い割合で達成しているのは、個人携行救急品の充実だけではない。

個人携行救急品はもちろん、部隊携行救急品、教育訓練、そして救命のための全軍に跨る衛生システムがあってこそなのだが、行政を変え得る立場でそれを十分に理解している者が日本にどれだけいることか。


「では次に包帯の扱いにいくぞ。関、ターニケットは回収、東野はエマージェンシーバンデージを配ってくれ」

「「はい」」


 貝沢の指示に関は訓練用CATを回収し、東野は訓練用エマージェンシーバンデージを配る。

訓練用なので、開封済みでパッケージのビニル袋に丸めて入れてある状態だ。


「これがエマージェンシーバンデージと呼ばれる包帯だ。各自ビニル袋から包帯を取り出してみてくれ。訓練用はビニル袋とセットだから、ビニル袋をなくさないようにな。取り出したならば、一度包帯を解いてみろ」


 貝沢の指示に従って皆包帯を解いていく。

エマージェンシーバンデージは、パッド、パッド部分にくっついたおかしな形をしたプラスチックの部品、パッド部分の端から伸びる包帯、包帯の端にあるプラスッチクの棒で構成されている。


「これは銃創に対応するために作られた包帯だ。このプラスチックの部品はコンプレッションバー、包帯の端にあるのはクロージャーバーという。このような名前がついている意味がちゃんとあるんだぞ」


 貝沢は解いたエマージェンシーバンデージの各部を指し示しながら説明する。


「そしたら、一度包帯を巻き直してくれ。さっき銃創に対応するためといったが、実際に銃創にどう巻くか一度実演しよう。はい、欣哉君、また君の出番だ」


 貝沢がふざけたように佐藤を呼べば、陸曹の間で笑いが起きる。

学校のクラスのように、ムードメーカーのような存在、あるいは何かあった時に皆の前に出されやすい者が大抵1人はいるものである。


「銃創は陥没したような創傷を形成する。よって、単純に包帯を巻いても意味がないわけだ。よって、まずは清潔なガーゼ類を陥没したところに押し込む。ああ、間違いなく痛いだろうな。だが、ターニケットを長時間つけていた方がもっと痛いらしいぞ」


 陸士で顔を顰める者がいたのを見て、彼らに向けるように言葉を続ける。


「で、詰め込んだ後にエマージェンシーバンデージの出番だ。巻き方は普通の包帯と少し違ってな。このように巻いていく」


 貝沢は理解しやすいように所々解説を加えながら、ゆっくりと、丁寧にエマージェンシーバンデージを巻いていく。


「……とまあ、このように使うのがエマージェンシーバンデージの使い方だ。コンプレッションバーがその名前の通りの役割を果たしているだろう?」


 貝沢の説明と実演に、被教育者側の隊員は頷いたり、小さく返事をしたりと、それぞれに納得する反応を見せる。

貝沢は彼らの反応をしっかり確かめて、次へと進める。


「ではこれも2人1組で実習だ。エマージェンシーバンデージの使い方はまだ色々とあるから、展示説明と実習を繰り返していくからな」


 貝沢と指導側の陸曹は、被教育者の隊員の実習を監督し、必要に応じて指導していく。

今はまだ速度を求める段階ではない。

何しろ命に直結することなのだから、まずは正しくできることが優先だ。

エマージェンシーバンデージの銃創に対する使い方以外の方法についても、順を追って教えていく。

そして、止血技術は、ターニケット、包帯だけに留まらない。


「よし、では次にターニケット、包帯以外の止血の方法を教えるぞ。……おお、わかってるじゃないか」


 貝沢が名前を呼ぶ前にすっと立ち上がって前に出てくる佐藤。

「お約束」のような流れに陸士の間でも小さな笑いが起きる。


「これからやることは痛いからな。力加減を調節しながらやるように。全力でやるんじゃないぞ」


 貝沢は予め注意喚起をした上で、何種類かの手法をやってみせる。


「あたたっ!」

「このようにそれなりに痛い。「本番」ではそれこそ手加減無用、全力でやる必要があるが、今は練習だ。お互いに声を掛け合って、徐々に力を入れながらやるように。必ずやる方とやられる方の両方を体験すること。では組ごと実施」


 佐藤が声を上げたところで力を抜き、解説していく貝沢。

今やっている技術を使う「本番」は、自分や仲間の命が助かるか助からないか、1秒を争う事態である。

止血する側としての訓練はもちろん、それをされる側の感覚を体験するのも重要なことである。

自分の身をもって体験しないことには、どれだけの力が必要なのかわからないのだ。

一通り組で行ったのを確認し、貝沢が話をまとめる。


「よし、止め。こっちに向き直ってくれ。今日やったことは本当に基礎的なことだ。実感してくれたと思うが、例え訓練であっても、救急処置を本気でやれば痛いし苦しい。訓練を続けていく中で嫌になるかもしれない。だが、これらを戦闘行動においてできるようにしなければ、仲間の命を救うことができない。各人はこのことを肝に銘じてこれからの訓練に臨んでくれ。質問はあるか?」

『……』

「疑問が出てきたらいつでも質問してくれ、では撤収して解散」


 何かと忙しい時間を縫って、大分急ぐように進めてきた基本の訓練が終わる。

教育内容は多いが、これとて入り口に過ぎない。

技術と装備が進化して救える命が多くなった分、それに必要な教育訓練もまた多いのだ。

今日初めて教育した隊員が十分育つまで、先は長い。

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