アボカドマフィンをあげる
アボカドマフィンで恋愛小説!
というお題をいただきまして、こうなりました。
甘いです。
今年のクリスマスには、いいことが、いくつかある。
ひとつめ。家族みんなで、ケーキが食べられること。
ふたつめ。部活のさしいれにもケーキがくること。
みっつめ。保科くんに会えること。
* * *
我らオーケストラ部は、クリぼっちを回避できる。
ぼっち回避どころではない。大きなショッピングモールでコンサートができるんだから、部員はもちろん、お客さんもたくさんきてくれる。つまり、本来だったら家族以外と顔を合わせない私でも、いろんな人に会えるってことだ。
それに、あれだ。私みたいに同じ部活に好きな人がいれば、その……いちおう? クリスマス、一緒に過ごしているようなもんだ。別の部活に彼氏彼女がいる人は、うん…ドンマイ。だいじょぶ、クリスマスが全てじゃないよ。
「シイノちゃん、お先に失礼するね」
「ぶちょー! お疲れ様でした!」
音楽室を出るときの挨拶だ。
あっちらこっちで聞こえてきて、
「お疲れさま! 明日がんばろうね!」
って、私もそれにこたえる。
オーケストラ部、総勢75人。女子の割合が高いけれど、男子もまぁまぁいる。
コンサート前日だから、今日はみんな揃って部活にきてくれた。オーケストラの人数にしたら多いわけではないけれど、この学校の部活では最大規模らしい。
高校1年生と、2年生。3年生はもう受験期だから、引退してしまった。寂しい。憧れの先輩たちは楽器じゃなくて参考書と向き合っている……って、他人事じゃない。私も来年ああなるんだ。
元部長さんが引退をして、後継者に任命されたのが、私だ。
こんなぺーぺーだけど、実は部長らしい。顧問が何を考えて私にしたのかわからないけれど(あみだクジでもした?)、みんな一丸だから大変というより楽しいかな。人数が多くてもちゃんとまとまってくれるから。
先刻まで75人も人がいた音楽室は、あっという間にスカスカになっていた。大人数の割に行動が早いのも、オケ部のいいところ。
残っているのは私と——、
「先輩、今日も、居残り練習、一緒にいいですか」
保科くんだ。
「保科くん、充分ヴィオラうまいのに」
「そんなことないです」
保科くんは、いっこ下の1年生、まぁまぁいる男子部員の中の1人だ。
私と同じヴィオラ。
そして、私の、好きな子。
「シイノ先輩、今日ちょっと焦ってましたか」
「え? あぁ…」
ちょっと目をそらすけど、それが余計怪しくなってしまった。
間違いじゃ、ない。
少し先走って、テンポがずれた。すぐに修正したからあんまりバレてないって、思ったんだけど、な。
コンサート前日に、情けないセンパイだ。
「今日調子悪かったよね…ごめん」
「いえ、僕もちょっとミスしちゃいましたし」
保科くんは、ヴィオラがうまい。
というか、入部したての頃から私を慕ってくれていて、結構みっちり教えたから、天才ではなく秀才だ。
努力家って言葉がすっごく似合う。
でも今は、むしろ私が教わっている、かな。
小さい頃からピアノはやっていたらしいし、歌もうまいし。オケ部に入るまで全然音楽が分からなかった私からすると、年下だけどセンパイだ。
いつも一緒に居残り練習してくれて、本当に感謝している。広い音楽室に1人で練習していた頃は寂しかったけど、今、保科くんとなら楽しい。
背はちっちゃめだけど優しくて力持ちで、笑うとかわいい。楽器を奏でるときの真剣さは本当に、かっこいい。喋らなくても、遠くで見かけるだけでも満たされるっていうか…むり、言葉じゃ形容できない。というかこれ以上いうとストーカーみたいだ。
「せんぱい?」
「へ!?」
や…
やばい、今の顔に出てたかも。
えええええっと、なんか、なんかないかな、誤魔化し…‥
「そうだ!」
「?」
首を貸しげる保科くんも、可愛い。
「おなか、すいたでしょ」
午前午後と長らく部活したわけだから、私も疲れてるしおなかもすいた。
脳みそが糖を欲している気がする。
「アボカドマフィン、どうぞ」
「……え?」
保科くん、アボカドが好きって聞いたから、頑張ってみた…!
ちがう、ストーカーじゃないよ。ただちょっと聞こえてきちゃったってだけ。あの、保科くんが移動教室のとき? 廊下で? すれ違ったんだよ。
盗聴とかしてないよホント、ホントだよ。
「アボカドって…マフィンになるんですか」
「うんっこのとおり」
ちょっと、色合いはまずいかな? 薄い茶色と、緑…。
悩んだけど、アボカドってどうがんばっても緑だから仕方ないよね。むしろチョコみたいな茶色のアボカドなんて嫌だよね。ありのままの緑がいいよ。
「保科くん、アボカド…すき?」
聞き間違い、なはずはないと信じたい。
「すき、です」
「よかった! 見た目よりかはおいしいよ」
我が家だと、意外と好評だった。
私はあんまりアボカド食べるほうじゃないけど、弟は好きらしいから味見あげたら喜んでくれた。弟によると、アボカド好きは好きな味らしい。
「…保科くん?」
俯いちゃってる、?
もしかして、やっぱり、アレルギーとかあったりしたかな、アボカド、聞き間違いとかだったかな……
「……練習、しよっか」
とりあえず、暗くなりめな空気をどうにかしようと思って、私はヴィオラを抱えた。
16時。
18時には完全下校だから、今日保科くんと一緒にいられるのはあと2時間だ。
「…先輩」
「?」
「僕は、アボカド、好きです。でも……」
え、
「ご、ごめん、アレルギーとか、あったかな」
保科くんが、首を横にふる。
「シイノ先輩のほうが、ずっとすきです」
……え、
「部活見学で、ヴィオラを奏でる先輩を見てから、ずっと…」
「……ほ、しなく」
「せんぱい」
「、」
「椎野、琴葉せんぱい」
わたしは、保科くんに、
――抱き寄せられた。
「ヴィオラより、僕を愛してくれませんか」