織姫と彦星のように
「織姫と彦星は可哀想だね」
智美は天の川に手をを伸ばしながらそう言う。
「どうして?」
「あんなに愛し合ってるのに、一年に一回しか会えないなんて」
両手でハートの形を作り、織姫と彦星をその間に入れる。
力を入れて握ると、折れてしまいそうなその腕が、寂しさをいっそう深める。
「しかも、こんな季節に会う約束するなんて……。雨の降りにくい冬にすれば良かったのに」
「簡単には会えないからこそ、愛しいし思いも強くなるんだよきっと。それに冬だと寒いじゃん」
「わかってないなー。冬の方がお互いの温もりを感じやすいんだよ」
智美は夜空にあった両手で、今度は京介の右手を握った。そしてそのまま、身体を京介にあずけて頭を肩にのせた。
京介はその手をぎゅっと握った。
「少し寒いか?」
「全然、とても温かい……」
夏の涼しい夜風が二人の横を通りすぎていく。
二人の後ろには、暗い空間が広がっていた。
京介は込み上げてくる思いを、心の奥で握り潰し、暗闇に智美を奪われないようにもっと近くに引き寄せた。
「何よ、急に引っ張って。強引ね」
「ごめん」
赤面した顔を隠すために、京介は夜空に顔を向ける。
それに気づいた智美は微笑んで、さらに京介に寄りかかった。
「京ちゃん、そのままだと織姫と彦星にもバレちゃうよ」
京介は急いで智美のいない左を向いた。さらに顔が熱くなる。
それは手を伝わり智美に伝わる。智美は小さく声を出しながら笑った。
京介の目線の前には笹が立て掛けられていた。しかし短冊は裏返っていて、何が書いてあるのかは見えない。
「智美は短冊にどんな願い事書いたの?」
「私から言うの? 京ちゃんから言ってよ」
「俺? 俺は……その……この時間が永遠に続きますようにって書いた」
それを聞くと、智美は身体を起こし、京介の方を見た。
「えーー、私そんなの嫌だよ」
「え? なんで? なんか俺悪いことでもした?」
京介は慌てた。まるで今この瞬間に、五年も付き合っていた彼女から縁を切られたように。
「何もしてないよ。落ち着いてよ京ちゃん」
本当に? 大丈夫? と言う京介に、本当に! 大丈夫! と受け答えする智美。
智美が笑いながら答えるので、京介は不安でしょうがないらしい。
「私ね、いつか京ちゃんと結婚して、子供を作って幸せに暮らしたいの!」
真面目に話す智美を見て、京介は納得した様子になった。
「家は大きくなくていい、逆に手の届く距離のアパートがいい、男の子でも女の子でも、沢山の愛情で育てたい。そして」
「「誕生日は大きなケーキを皆で食べる」」
智美の言葉に、京介が重ねて言う。智美はうんうんと頷く。そして京介は続けて話した。
「朝に、俺と子供たちを起こして、朝御飯を食べさせたい。家を出るときは、行ってらっしゃいのキスがほしい。今夜一緒に食べる献立を考えながら、買い物に行きたい。」
「京ちゃんと子供達が、お風呂で笑い合ってるのを聞きたい……。寝るときは川の字で寝たい……。寝る前には……おやすみの……」
智美が話しきる前に、京介は智美を強く抱き締めた。その反面優しく頭を撫でた。京介の胸元が涙で濡れていく。
「言わなくてもわかるよ。智美夢は俺の夢でもあるんだから」
「うん……」
「でも、やっぱり俺はこの瞬間がずっと続けばいいと思ってる。このままずっと、抱き締めていたい」
「うん……」
笹の葉と二つの短冊が、風に撫でられゆらゆらと動く。カサカサと音をたてて、智美の小さく泣く音を誤魔化す。
二人はしばらくそのままでいた。遠くでは車が行き交うが、二人は動かない。
「京ちゃん。私のこと好き?」
「……好きだよ」
「愛してる?」
「……愛してる」
「どれくらい?」
「なんだよ、急に」
「いいから答えて」
「そうだな……彦星が織姫のことを好きなぐらい」
「何それ…かっこつけちゃってダサい」
「ダサくて結構だよ。でもそれぐらい、いや、それ以上に……」
涙は止まっているのに、智美は顔を京介の胸にうずめる。
言わせといて恥ずかしがるなよと、智美の髪の毛をくしゃくしゃにした。
もうやめてよと、髪を直しながら京介から離れた。
「織姫と彦星はいいなぁ」
「どうした? さっきまで同情してたじゃん」
「良く考えたら、一年に一回は必ず会えるんだよ」
「そうだな。今の俺たちにとっては羨ましいことだな」
「京ちゃ……」
次に智美が何か言いかけたその時、不意に強く風が吹いた。
病室のカーテンが音をたてて広がり、二人の間を隔てた。
その勢いで二つの短冊がめくり上がる。京介はそれに気づき短冊に目をやった。
一つには達筆な字で、
この時間が永遠に続きますように
もう一つには、弱々しい薄い字で、
病気が治って京ちゃんと結婚できますように
と書かれていた。京介の拳に自然と力が入る。
風が吹き止み、智美の方に振り向く。すると智美はさっき言いかけた言葉は呑み込み、新たに言葉を発した。
「私も好き、私も京ちゃんを愛してる。だから……」
話の途中で、口を塞ぐようにキスをした。
智美は突然のことで驚くも、いかにもそれを望んでいたかのように、京介を受け入れた。
その夜、織姫と彦星に見守られながら、二人は熱いキスを交わした。
たくさん作品があったので、内容かぶってたらごめんなさい