96 マキちゃんの乙女心
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さて、今日はどこかで一杯吞もうかな。
マキはそう思いながら、クラシュ湖の街をぶらつこうと宿を出た。
今日は、もう終日まで自由行動となっている。
時刻は午後5時。
日は暮れ、街はすっかりオレンジに染まっていた。
マキは最初、夕食に誰か誘おうと思った。
だが、なんやかやと理由があって結局一人も捕まらなかった。
コトトはあれから、早速遊覧船を取り仕切っている協会へ赴いた。
カイルはいつの間にか街へとふらりと出かけて行き、アリスはアビゲイルと勉強会するようでさっさと宿へ戻って行ってしまった。
「ちょっと待って、マキ」
と、宿を出て少し歩いたところで、ユウスケに話しかけられた。
「今日は一緒に晩御飯でも食べないか」
ユウスケはいつになく真剣な面持ちで、「真面目な話があるんだ」と言った。
うわ。面倒くさっ。
そう思い、とっさに断ろうと考えた。
だけどま――一人よりはましか。
「ま、いいけど」
そう思って、マキは渋々了承した。
◆
マキとユウスケは軽く食事をとり、それからユウスケの提案で湖が見える静かなカフェへと移動した。
ユウスケはいつになく口数が少なく、雰囲気も何というか、マジな感じだった。
カフェはクラシュ湖に面していて、テラスに出ると少し冷えた風が心地よかった。
うん。
なかなか気持ちがいい場所ね。
雰囲気のいい場所に、マキは少し上機嫌になった。
店の明かりを水面が反射しており、とても綺麗である。
人気はなく、真剣な話をするにはうってつけの場所だった。
「で、何よ、話って」
マキはアイスティーを一口飲んでから、ユウスケを見た。
「いや、その」
ユウスケは言い淀んだ。
「なんつーか、どうしてもマキに話したいことがあってさ」
「だから何よ」
マキはつっけんどんに言った。
「早く言いなさいって」
「マキ」
ユウスケは低い声音で言った。
「……話の前にさ、一つ約束してくれないか」
「約束?」
「うん。今日は、本当に真面目な話なんだ。だから、いつもみたいに話を茶化したり、誤魔化したりするのはやめてほしい」
ユウスケは突然、真剣なまなざしになって、マキを見た。
マキは――ちょっと頬を赤くし、目をそらした。
「な、なによ、改まって。気持ち悪い」
「すまん」
ユウスケは小さく頭を下げた。
「ほんと、気持ち悪いよな。でも、実は俺、ちょっと前から、こうしてマキと二人きりになれるタイミングを見計らってたんだよ」
どきり、とした。
「え?」
マキは驚いたように目を大きくした。
「わ、私と二人っきりに――なりたかったの?」
「そう」
ユウスケは思いつめたような顔で頷いた。
「俺、ずっとすげー悩んでたんだよ。マキに今の気持ちを伝えるべきか、それともこのまま黙っておくべきか。でもやっぱだめだ。このもやもやした気持ちを抱えたまんまじゃ、旅は続けられない。マキに――俺の気持ちを聞いてほしいんだ」
マキの心臓は早鐘を打ち鳴らしていた。
こ、こいつ、何言いだしちゃってるわけ?
ユウスケはマキを見つめた。
彼の瞳には、町の灯が反射していた。
こいつ、一体何が言いたいのよ。
まるで、好きな人に愛の告白をするみたいな――。
そう思った瞬間、マキの体に電流が走った。
まさかこの男――私に告白する気なんじゃ!?
一旦思い浮かべると、もうそのようにしか思えなかった。
二人きりになりたい。
自分の気持ちを私に伝えたい。
こんなの、告白以外の何物でもないわ。
そもそも、こんなオシャレなとこに連れてきた時点で、おかしいとは思っていたのよ。
間違いない。
私の恋愛に関する知識――まあ、リアルの恋愛はしたことないから知識は全部本で得たものだけど――が言っている。
ユウスケは……私に惚れちゃってる。
「ば、バカじゃないの!」
マキはぼっ、と顔が真っ赤になった。
「な、なな、何言ってんのよ! だ、大体、あんたには、コトトがいるでしょ!?」
「コトトじゃダメなんだ!」
ユウスケは大声で言った。
「えっ?」
マキは耳まで真っ赤になり、肩を上げて驚いた。
そして、そのまま固まる。
「コトトじゃ――駄目なんだよ」
ユウスケはマキの肩に手を置いた。
「俺のこの気持ちは、マキじゃないときっと解決できない。だから……約束、してくれないか。俺が今から話すこと。今日は、真剣に聞いてくれるって」
ユウスケはそれだけ言うと、黙り込んだ。
すると、テラスには気まずい沈黙が落ちた。
ユウスケの顔が目の前にある。
普段の間抜けな顔つきと違う、精悍な瞳。
湖から吹き上がる風になびく黒髪。
見つめ合う二人。
その時、マキの心に変化が現れた。
あれ?
あれれ?
この野郎、ずっとただのぼんくらだと思ってたけど……
こうしてみると、ユウスケってもしかしてちょっとカッコイイのかも――?
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
マキは両手を突き出した。
「いきなりそんなこと言われても、私も心の準備とかあるし」
「そ、そうだよな」
ユウスケはがりがりと頭を掻いた。
「俺、出来るだけ自分の感情抑えてたからさ、マキが俺の気持ちに気付かないのも仕方ないよな」
「……ごめん」
マキはいつになくしおらしくなり、小さく頷いた。
「ちょっと時間……頂戴」
マキはそういうと、ユウスケから少し離れたところで背を向けた。
どくんどくん。
心臓がうるさいくらいに強く脈打っている。
マキは胸に手をあて、スーハーとおおきく呼吸した。
ど、どうしよう。
私、どう答えればいいの!?
確かにマキはユウスケのことが嫌いじゃない。
いいやつだし、からかうと面白いし、一緒にいると楽しい時もあるし。
でも、恋愛感情とは違う。
違う――と思う。
あくまで、旅の仲間として好きなのだ。
しかし――この心のトキメキはなんなのだ。
正体不明の心臓の高鳴りに、マキは戸惑った。
彼女は生まれて初めての異性からの告白に、みっともないほど狼狽えていたのだった。
私、自分では気づかなかったけど、もしかしてユウスケのこと――。
「なあ、マキ」
そんなことを考えると、突然、ユウスケが後ろからマキの両肩を掴んだ。
マキは危うく、ひゃっと悲鳴を上げるところだった。
「な、なぁに」
マキは肩越しにユウスケを見た。
「すまん」
と、ユウスケは謝った。
「俺、もう我慢できないから、言うよ」
来る!
告られる!
マキは胸の前で手をぎゅっと握った。
そして――
少しためらってから、ユウスケは次のように言った。
◆
「最近さ」
と、ユウスケは言った。
「最近、アビゲイル大佐の様子、おかしくないか?」
「…………………………は?」
マキはフリーズし、ユウスケを見た。
「は? ってなんだよ」
ユウスケは口を尖らせた。
「大佐だよ、大佐の様子が変じゃないかっていってんの」
「な、なに?」
マキは眉根を寄せた。
「は、話って、アビちゃんの話なわけ?」
「うん」
「私の話じゃ……ないの?」
「うん」
「気持ちを伝えたいって言うのは?」
「だから、大佐を心配するこの気持ちをマキに言いたかったんだ」
「二人っきりになりたかったのは?」
「いやあ、もしかしたら大佐のデリケートな話になるかもしれないしさ。コトトたちがいないほうが、マキも話やすいかなって」
マキは呆然としていた。
さっきまでの私の懊悩は一体――なんだったんだのだ。
「実はさ」
ユウスケはにへら、と笑いながら言った。
「ずっともやもやしてたんだよ! 大佐、なんか様子が変だなーっ思って心配だったんだ。元気がないっつーか、思い悩んでるって言うかさ。んで、大佐のこと聞くなら、コトトやアリスより、大佐と付き合いの長いマキが一番だなと思って――ん?」
ユウスケはそこで、ようやくマキの異変に気付いた。
彼女は少しうつむき、小刻みにフルフルと震えていた。
……この野郎。
マキは床に置いていた杖を拾い、ぎゅっと握りこんだ。
「ん? どうしたんだ?」
ユウスケは無垢な瞳で聞いてくる。
「……たも……したも」
「なんだよ。小さくて聞こえねーって」
「……どうしたもこうしたもないのよ、この――」
バカヤロォオオオーーーー! と言って、マキは杖をフルスウィングした。
ユウスケはそれをモロに側頭部に食らい、そのまま昏倒した。




