95 幻想大図書館の世界樹
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「あ、そうそう。勇者のこと調べてくれたから、約束通り、世界樹の魔石、引いてもいいわよ」
ミカエルは消えてしまう前に、そう言い残した。
そうである。
ここにやってきた当初の目的は”天祐世界樹の魔石”を引くことなのだ。
俺たちはバギム館長に先導され、世界樹の間へと向かった。
バギムの話では世界樹の間へは極力少人数で入ってほしいということなので、マキたちは部屋の前に残し、責任者であるアビゲイルと、それから実際に魔石を引く俺の二人で入室した。
その部屋は一見なにも置かれていないがらんどうな場所だった。
ものが何も置かれておらず、壁にも何もかかっていない。
本当に空っぽな空洞だ。
が、目を凝らしてみると、つきあたりの壁に隠し扉のようなものがあり、その先には奥へ続く廊下があった。
パリィの肩へと移動したバギムに案内され、俺たちはその暗い道を進んだ。
長くうす暗い廊下を進むと、やがてドーム状の巨大な部屋へと出た。
そしてその正面に――世界樹が鎮座していた。
メーティス天祐世界樹は淡く光を放っていた。
神々しい、とても高貴な光彩だ。
「では、恩恵を受けるものは前へ」
バギムが言う。
俺はアビゲイル大佐と目顔で合図しあってから、足を前へ踏み出した。
いつものように『チートラック』を発動させ、世界樹の幹の間に手を滑りこませる。
毎度のことだが――この瞬間は緊張する。
たっぷりと30秒ほど待ってから、俺は手を引いた。
するとそこには――黒い魔石が乗ってあった。
「よし!」
俺はガッツポーズをとり、振り返った。
アビゲイルは親指を立て、よくやった、と言った。
「おお」
と、バギムが目を丸くした。
「ほ、本当にSSの魔石を引きおった」
「すっご……」
パリィは口に手をあて、びっくりした顔でそれを見ていた。
「この人、マジで引いちゃったよ。ほんと、選ばれたものって感じだね」
「そんなことねーから」
俺は小さく首を振った。
「そんなことあるですよ」
パリィは間髪入れず言った。
「SSの魔石なんて一つでも伝説級なんですから」
パリィは俺をまじまじと見た。
それから、
「ユウスケ。キミって――やっぱり本当に勇者なんじゃないの」
と、パリィは言った。
◆
「でかしたわね」
外に出ると、マキがそう言って俺の肩をバンバンと叩いた。
「えーっと、これでSSの魔石いくつだっけ?」
「ダーダリアンのとアベルのと、それからここの3つだな」
俺は指を折りながら言った。
それからコトトに魔石を手渡し、鑑定頼んだぞ、と言った。
「任せといて」
と、コトトが言った。
「と、言いたいところだけど、前回の魔石鑑定にも手こずったし、ちょっと時間がかかっちゃうかも」
「それなら、うちの本を借りていくと良い」
と、バギムが言った。
「え? い、いいんですか?」
「うむ。君らは、天使様に直接任務を仰せつかったものたちなのだからな。特別に、魔石に関する書籍を数冊だけ貸し出してやる」
「ありがとうございます!」
コトトは胸に手をあてて、目をキラキラさせた。
「ああ嬉しい! まさか幻想大図書館の図書が手に入るなんて! あとで師匠に自慢しなくちゃ!」
「お、おいおい、貸すだけだからな」
バギムは苦笑しながら言い、パリィを見た。
「そういうわけだ。パリィ、お前が後で案内してやれ。魔石に関する本が置いてある場所はわかるな?」
「はっ」
と、パリィは耳を伏せ、敬礼した。
「任せといてください」
「ふむ。ここまでは順調だな」
と、アビゲイルが言った。
「どうやら、ユウスケはチートラック発動状態なら、引きさえすれば確実にSSが出るようだ。しかし――こうなると厄介なのは”ロイスの世界樹”か」
「ロイスの?」
コトトが言った。
「どうして?」
「……悪魔・ラプラスがいるから、だね」
アビゲイルの前に、カイルが答えた。
「その通り」
アビゲイルは頷いた。
「ラプラスは物理攻撃が効かない。チートラックなしで奴を倒すことは不可能だ。そして、あのスキルは三日に一度しか使えない。つまり――ラプラスで必ずそれを使用してしまうから、世界樹を引くときにはもうチートラックは使えないんだ」
「なるほどねー」
コトトが腕を組んだ。
「ロイスのSSを採ろうと思ったら、チートスキルを2連続で使えなきゃダメなわけか」
「そういうことだ」
アビゲイルは短くうなずいた。
「ま、とりあえずロイスは後回しにしましょうよ」
マキが言った。
「ぶっちゃけさー、あんな田舎、当分行きたくないし」
「そうするしかあるまいな」
アビゲイルは肩をすくめた。
「とりあえずは、ミカエル様の命に従い、幽霊島という場所に行ってみよう」
◆
それから。
俺たちはバギムたちに別れを告げ、幽霊島『ガルバーバ』が浮かぶという”クラシュ湖”へと向かった。
クラシュ湖へはメーティスから西南にあり、その間には比較的強いモンスターが出てくる森を挟んでいた。となると俺たちにはあまり出番はなく、アビゲイルとマキ、それから修行を兼ねてアリスが時々戦った。
稀に出てくる少し弱い敵のときは、俺とコトトも戦った。
カイルはどうしているかと思ったが、少し離れたところで格好つけているだけだった。
クラシュ湖は世界でも有数の巨大な湖だった。
漁業も盛んで、隣接する港町は中々大きな街だった。
街の人によると、湖には観光目的の遊覧船がいくつか出ているという。
だが、ガルバーバへ向かうものは一つもなく、ほとんどがクラシュ湖でしか拝めない風光明媚な景色を見るためのものだという。
「ガルバーバに行きたい、だって?」
漁師の一人にそう伝えると、彼は怪訝そうに顔をしかめた。
「あそこはとっくの昔に滅びた街だぞ。かつては数十人の漁民が住んでいたががな。悪いガスが出たとかで、一気に全滅したんだ」
「毒ガス、ですか」
アビゲイルは眉をひそめた。
「それは、今も出続けているんですか?」
「いや、今はもう出てない。だが、あの島はこれ、が出るんだ」
漁師は両手を前で垂れさせた。
「この街の漁師はみんな嫌がると思うぜ。何しろ縁起が悪いからな。あんたらも悪いことは言わねえ。近づくのは止めときな」
漁師はそういうと、さっさと行ってしまった。
それから俺たちは手当たり次第に漁船へ声をかけた。
お金は弾む。
運転手は島内に入らなくていい。
そのような条件でも、首を縦に振るものはいなかった。
どうやら漁師たちの間では、ガルバーバに近づくと呪われて魚が取れなくなるという迷信があるらしい。
◆
「どうします?」
いいだけ聞きまわった後、俺は聞いた。
「仕方がないな」
アビゲイルはそう言って、コトトを見た。
「コトト。明日までに、運転手付きの遊覧船を一つ貸切って来てくれ」
「ゆ、遊覧船、まるまる一つ、ですか?」
コトトは驚いたように言った。
「漁船が無理なら遊覧船でいくしかあるまい」
アビゲイルははあと息を吐いた。
「この際だ。多少お金がかかっても構わん。交渉事はお前が一番得意だろうから、頼んだぞ」
「ま、出来るだけ値切ってみます」
コトトはそういって、頭をがりがりと掻いた。




