91 カイルとナタリア 3
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それから、僕とナタリアは村はずれにある洞窟へと向かった。
ナタリアの話では、そこはきつく立ち入りが禁止されているらしかった。
彼女自身もなぜ入っていけないのか、中に入るとどうなるのか、具体的なことは知らないようだった。
知っているのは――この奥に、『世界樹』という不思議な樹があり、その葉にはあらゆる病を治す不思議な力があるらしい、ということと、この洞窟には絶対に中へ入ってはならないということだけだった。
「村長様に、ここにだけは足を踏み入れないように言われていたんだけどね」
と、ナタリアは言った。
「でも――今回は仕方ないよね」
「……ごめんね」
と、カイルは謝った。
「危険な目にあわせて」
「私は勇者なんだから。何が出てきても、倒してやるわ」
ナタリアはそういうと、自分の胸をどんと叩いた。
「危なかったら、すぐに逃げようね」
カイルは眉を下げながら言った。
「大丈夫」
ナタリアはぽん、とカイルの頭に手を置いた。
「それに、私だって、ゾーイには何としても助かってほしいもの」
洞窟の入り口は板で封鎖してあった。
ナタリアはそれを持っていた剣で見事に断ち切った。
彼女の剣さばきは子供のものとは思えないものであった。
真っ暗な洞窟の中を、ナタリアがたいまつを掲げながら歩く。
カイルはナタリアの腰にしがみつきながら、おそるおそるついていった。
と、一番奥の空洞までついたとき、辺りにギャアアアン、という聞いたこともない音が鳴り響いた。
僕は身を縮め、ナタリアが剣の柄に手をあてた。
そうして――奴が現れた。
◆
『くジびキをしよウ』
歪で凶悪な姿を姿をした悪魔・ラプラスが、そのような提案をしてきた。
どうやらこの悪魔はゲーム好きなようで、それをやり終えるまではここから出してくれないようだった。
そして、ラプラスは恐ろしい選択を提示してきた。
命を賭けた『くじ引き』である。
外れを引けば、その場にいるものは全員死ぬ。
引けるくじには種類があった。
当たれば”全員が助かるくじ”は、当たる可能性はすごく低い。
当たればくじを引いた”代表者だけが助かるくじ”は、当たる可能性が高い。
当たればくじを引いた”代表者以外が助かるくじ”は、当たる可能性がものすごく高い。
簡単に言うとこの3種類。
くじを引く”代表者”は、この空洞内に一番に足を踏み入れたナタリアだ。
話を理解したカイルは、恐怖で足がすくんだ。
そして、激しく後悔をした。
僕はナタリアと父親の言うことを聞いておくべきだった。
我がままを言った自分が悪かったのだ――。
僕の命はいいんだ、とカイルは思っていた。
自分の命が惜しいんじゃない。
僕の命でゾーイが助かるんなら、それはそれで全く構わない。
だけど――。
カイルはそこで、ナタリアを見た。
彼女はきっと、自分を犠牲にする。
誰よりも優しいナタリアはきっと――。
「……カイル」
と、ナタリアが口を開いた。
「世界樹の葉をとったら、お父さんに頼んで、ちゃんとゾーイを助けてあげてね」
「ま、待って!」
カイルは大きな声を出した。
「ナタリア! ちょっと待って! もっと冷静に考えようよ!」
やっぱりだ。
恐ろしい予感に、カイルは体の芯から震えた。
ナタリアは――『代表者以外が助かるくじ』を引く気だ。
「わがままを言ったのは僕だ! ナタリアは、自分が助かるくじをひいて!」
「それは出来ないよ」
ナタリアはゆっくり首を振った。
「私のほうが、カイルよりもお姉ちゃんだもん」
「そんなの理由になってない!」
カイルは体中から汗が噴き出してきた。
「ナタリアは勇者なんだから! この世界のためにも、君は生きなきゃいけない”運命”なんだから!」
運命、という言葉に、ナタリアの動きが止まった。
そして彼女は――少し笑った。
「天使様、うっかり間違っちゃったのかな」
と、ナタリアは言った。
「それとも――運命って、本当はもっと揺蕩っているのかな」
「やめてよ、ナタリア!」
カイルは彼女にとびついた。
「そんなこと言うのはやめてよ! そんな言葉、聞きたくないよ!」
「カイル」
ナタリアは目を細め、カイルの頭を撫でた。
「私、あなたに出会えてよかったよ。恥ずかしくって言えなかったけど、実はさ、私、あなたのこと――」
「やめて! やめてったら!」
カイルは涙でぐしゃぐしゃの顔を、ナタリアの胸に押し付けた。
ナタリアは短い間、そのままにしておいた。
それからカイルの頭にキスをし、「好きだよ、カイル」と声に出さずに言った。
そして、ナタリアはカイルを強引に引き離した。
『さア、ドのクジにスル?』
悪魔が聞いてくる。
ナタリアは迷いのない顔で、悪魔に対峙した。
そして「私は――」と口を開く。
「分かったよっっっ!」
カイルは自分の出せる最大限の声を出した。
「それじゃあ、せめて『全員が助かるくじ』を引いてよ! どんなに低くても、その可能性に賭けようよ! 僕は、ナタリアのいない世界になんて生きていたくないんだ! ナタリアが死ぬんなら、僕もここで死ぬ!」
本気だった。
カイルは自分の人生を、ナタリアのために生きようと決めていたのだ。
だからカイルは、必死に懇願した。
喉が裂けるくらいに叫んだ。
だが――。
ナタリアはもうそれ以上は何も言わなかった。
「ナタリア! やめてよ、ナタリアぁ!」
ナタリア。
ナタリア。
カイルは跪き、彼女の名前を叫び続けた。
彼女はただ、少し困ったようにカイルを見ていた。
愛おしそうに、名残惜しそうに。
そしてやがて。
彼女は悪魔に向き直った。
そして凛とした、どこまでも澄んだ声で、こう言った。
「悪魔ラプラス。私は、『代表者以外が助かるくじ』を引くわ」
◆
気がつくと、悪魔は消えていた。
そして目の前で、ナタリアが横たわっていた。
まるで眠っているように見えたが、息はしていなかった。
カイルは何も考えられなかった。
ただただ茫然として、涙が枯れるまでナタリアの亡骸に寄り添っていた。
『ゾーイを助けてあげてね』
どれくらいそうしていたのか。
ふと、頭にナタリアの声がよみがえった。
カイルはのそのそと立ち上がり、世界樹から葉を一枚ちぎりとった。
それポケットに突っ込むと、ナタリアの体を抱えて洞窟を出た。
◆
「どうしたんだ、これは!」
カイルの父親はナタリアの亡骸を見ると、血相を変えた。
カイルは何も話さなかったが、右手に握りしめていた「世界樹の葉」を見て父親は何かを悟ったようだった。
どうやら彼は世界樹の葉と、悪魔ラプラスの伝説を知っていたようだった。
父親は薬師として、いつか”万能薬”を作ってみたいと考えており、この村に住み着いたらしかった。
「……世界樹の葉を採りに行っていたのか」
父親は聞いた。
カイルはやはり、何も答えなかった。
父親は無言でカイルの頬を思い切りぶった。
父親がカイルに手を上げたのは、後にも先にもこれ一回だけだった。
カイルは父親に葉を渡し、万能薬を作ってくれと頼んだ。
ゾーイを助けるためだというと、父親は断った。
ナタリアの命を犠牲にしたのだから、この薬は村の人たちのために使うべきだといった。
だが、それがナタリアの最後の願いなんだと伝えると、父親は渋々了承し、出来上がった薬をゾーイに飲ませた。
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カイルと父親は共に村へ降り、二人で頭を下げた。
二人とも、怒った村人にいいだけ誹られ、なじられ、そして殴られた。
当然、カイルは村人から厳しい詰問を受けた。
だが、カイルは「自分のせいで死んでしまった」ということ以外、何も語らなかった。
言い訳は一切したくなかった。
そのせいで、村人たちに殺されても構わなかった。
村人たちからは口々に出て行けと言われ、父親もそれには同意した。
だが、いよいよ出て行こうというとき、カイルの家に村長に引き留められた。
村長は、カイルの父親が栽培する薬草がどれだけ村を助けているか、知っていたのだ。
結局、カイルたち親子は村のとどまることになった。
彼ら親子はこの事件で再び村八分にされてしまうことになり、カイルは殺人者と呼ばれるようになった。
カイルはどんなにひどいことを言われても構わなかった。
どんな仕打ちを受けようとも、それは村の人たちからナタリアを奪ってしまった罰だと思った。
そうしてカイルは、いつの日か、誰かを救うために自分の命を使おうと決めたのだった。
あの日のナタリアのように。




