88 ユウスケVS悪魔ラプラス 2
◆
「お前の初恋の相手の名は……」
俺は少し間をあけた。
それからぎゅっと目をつむり、
「パルピモノコス=ノスモコトロンダルだ!」
と、叫ぶように言った。
『……』
ラプラスは黙り込んだ。
洞窟内に、沈黙が訪れる。
俺は息をのんだ。
アビゲイルもカイルも、額に汗を浮かべながらラプラスを注視している。
パルピモノコス=ノスモコトロンダル
ガチで、くっそ適当な答えだ。
100%意味のない、ただただ口をついて出た単なる文字の羅列である。
これが正解なんてほんとにありうるのか?
おそらく、笑ってしまうほど低い確率だ。
だが――もう後には引けない。
俺の能力と、圧倒的な偶然との勝負だ。
『…………大、せいかーイ!』
やがて。
ラプラスの声が、空洞内に鳴り響いた。
どこからともなく、ピンポンピンポーン、とファンファーレが鳴り響く。
俺たちは互いに目を合わせた。
「よっしゃあああああ」
俺はでかくガッツポーズをした。
アビゲイルが口の端を上げ、ふう、と息を吐く。
カイルは額に人さし指をあて、苦笑しながら首を振っている。
体中から、力が抜けていく。
ああ――助かった。
バシュウゥゥウウウ――という結界が解ける音がする。
同時に、先ほどまで充満していた不吉な雰囲気が見事に霧散した。
『おマえ、ずゴいやつダな』
ラプラスは言った。
『ゆウすケ=モろタ、か。おぼエとこー』
ラプラスはそれだけ言うと、中空へと消えていった。
◆
「よくやったぞ、ユウスケ!」
アビゲイルが俺の肩をばんばんと叩いた。
「あ、ありがとうございます」
俺はその場にへたり込みながら言った。
「でも、助かりました。大佐のおかげで、頭が冷えました」
「ん?」
アビゲイルは首を傾げた。
「私のおかげ?」
「ええ。あの、その」
俺は少し赤くなりながら言った。
「ほ、ほっぺに、キスしてくれたから。あれで、すごく落ちつけました」
そう。
あのキスがなければ、俺はラプラスの条件を吞んで選択問題にしていたかもしれない。
そうなっていたら、今いる3人のうち1人は死んでいた。
ああ、あれか、とアビゲイルは後頭部をがりがりと掻いた。
「大昔に、マキが言っていた言葉を思い出してな」
「マキの言葉?」
「そう」
アビゲイルは頷いた。
「優柔不断な男には、ああやるのが一番だとな。そうすれば、どんな男でも一発で答えを出す、と」
「な……なるほど」
俺は苦笑した。
たしかに、大佐にあんな可愛いことされたら――答えを出さない男はいないだろうな。
多分、微妙に意味は違うけど。
だが、結果オーライだ。
マキ、グッジョブ!
俺はそう思いながら、頬を手ですりすりした。
あの柔らかい感触――一生覚えておこう。
「……全く、すごい男だ」
と、カイルが言った。
「1人の犠牲も出さず、ラプラスの領域を抜け出すとは。どうやら、君こそが勇者の後継者のようだ――」
ネッ、と、格好いいポーズをとる。
「そんなことねーよ」
俺は立ち上がりながら言った。
「俺はただの村人Aだよ。ちょっと運がいい、な」
「たしかに」
カイルはあっさり翻意する。
「やっぱり僕もそう思う」
俺はガクッと崩れた。
「な、なんだよ。あっさりしてやがるな」
「だってさ」
カイルは肩をすくめた。
「ラプラスと対峙しているときの君はイケ度(イケメン特有の度数)がかなり上昇してるように見えたけどね。いま冷静に見ると、やはり君はブ男だ。ああ、こっちを見るのはやめてくれ。凡夫が移りそうだ」
この野郎――。
俺は拳をプルプルさせた。
「さあ、早く葉を採取して帰ろう」
アビゲイルが言った。
「コトトが待っている」
◆
それから俺たちは葉を一枚だけ採取し、洞窟を後にした。
外に出ると、日の光がとても眩しかった。
ロイスの世界樹の魔石は、今回は引かないことにした。
俺の能力は一度使うと3日は使えない。
通常状態でガチャを引いても、どうせ大したものは引けないはずである。
カイルの家に着くと、彼は早速世界樹の葉を煎じて万能薬を作ってくれた。
速やかにコトトにのませると、彼女の容態は目に見えて改善していった。
「これであと2日もすれば完治するよ」
と、カイルが言った。
「ありがとう!」
俺はカイルの手を握った。
「本当に……本当にありがとう。お前のおかげだ」
「……ふん」
カイルはちょっと照れくさそうに鼻を鳴らした。
可愛いとこがあるもんだ。
そう思ってみていると、カイルは近くにあった台拭きで念入りに俺と握手した手をぬぐった。
……前言撤回。
「さて、カイル」
と、落ち着いたところで、アビゲイルが言った。
「勇者ナタリアのことを、もう少し詳しく教えてくれないか」
カイルはなかなか口を開かなかった。
何を考えているのか、気まずそうに俯いている。
「……すまない」
やがて、カイルは呟くように言った。
「君たちが過去について調べるのは自由だが、僕からは――何も言いたくないんだ」
それだけ言い残し、カイルは自室へと戻って行った。
「どうすんの? アビちゃん」
マキが頬杖を突きながら言った。
「もう十分じゃない? ナタリアって子が勇者だったって分かればさ」
「いや……カイルには申し訳ないが、やはりもう少し詳しく聞いておきたい」
アビゲイルは少し険しい顔つきになった。
「なにしろこれはミカエル様からの命。世界的にも重要な情報だ。しっかりと裏を取っておく必要がある」
「でも、じゃあどうするんです?」
と、俺は聞いた。
「カイルから強引に聞き出すってのは――ちょっと気が引けるって言うか」
「そうだな。それは私も同意だ。だから」
アビゲイルはそう言って、ポチを指さした。
「だから、アベル国で採取した『記憶』の黒魔石を使う」
記憶の黒魔石。
これを使うと、その土地で大きな出来事があった場合、それを術者に見せてくれるという代物だ。
「あーなるほどね」
と、マキが言った。
「たしかに、それなら過去に何かあったか、分かるわよね。勇者が死んだ、なんてこの村の一大事なんだから、その魔法で見れるのはその時の記憶だろうから」
そういうことだ、とアビゲイルは頷いた。
「カイルには申し訳ないが、当時のことを見せてもらおう」
◆
それから。
カイルとマキを看病のために残し、俺とアビゲイルは二人で洞窟の前に向かった。
時刻は夕方。
太陽の西日が、辺りを橙に染めている。
こうしてみると、自然豊かなロイス村はなかなか景観が良くて気持ちがいい。
洞窟の前は静まり返っていた。
数時間前にアビゲイルが砕いた岩が、オレンジの日に照らされて反射している。
「この魔法、術者にだけ『記憶』が見れるんでしたっけ?」
と、俺は聞いた。
「さてな。コトトの説明ではそういっていたが――魔法には全体化できるものもあるからその辺りは分からない」
「じゃあ、どっちが使います?」
「無論、私だ」
アビゲイルは頷いた。
「黒魔石は未知の代物だ。お前が使用するには危険すぎる」
分かりました、と言って、俺は『記憶』の魔石をアビゲイルに手渡した。
アビゲイルはそれを受け取ると、さっそく魔石キットに装着した。
そのまま目をつむり、『聖歌』と唱えた。
そうして。
俺たちはカイルの過去を見ることになった。




