83 ロイス世界樹の洞窟
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予定通り、マキにはコトトの面倒を見てもらい、天祐世界樹へは俺とカイル、それからアビゲイルの3人で行くことになった。
世界樹は村のはずれにある、山裾の洞窟内に生えているという。
俺とアビゲイルは道々、『ロイスの天祐世界樹』について、いくつか質問をすることにした。
「なあカイル」
と、俺は言った。
「その世界樹って立ち入り禁止になっているって言ってたが、どうして村人さえも入ってはいけないんだ?」
「危険だからだよ」
と、カイルは答えた。
「そうだな。洞窟内に入る前に、一応聞いておくよ。君たちは腕に自信があるのかもしれないが、それでも命の保証は出来ないぞ」
それでも大丈夫かい? とカイルは聞いた。
「無論だ」
と、アビゲイルは頷いた。
「仲間が死にかけているのだ。大事の前の小事。危険だなんだとは言っていられない」
全く同意見。
アビゲイルに倣い、俺もうんうんと大きくうなずいた。
まあ――大佐がいれば、僕らの命が危機に晒されることもなさそうだけれど。
「まあ、そういうだろうと思ったよ」
カイルはクールに肩をすくめた。
◆
あぜ道から山の裾野から洞窟へと通じる森へと入った。
村を出て20分ほどたったころ、ようやく洞窟の入り口に着いた。
山の麓にぽっかりと空いた穴には、大きな岩がすっぽりと挟まっている。
その前を、木の板や護符、それから鎖などで大仰に塞いであった。
「さあ剣士さん」
と、カイルはアビゲイルに言った。
「この封を、斬っていただけますか」
アビゲイルは無言でうなずき、鞘から大剣『クラウソラス』を抜いた。
それから音もなく疾駆し、木板とその奥で塞いでいた大岩を切り裂いた。
「……ブラボー」
カイルは静かに感激した。
「やはり――あなたは美しい」
「世辞はいらん」
アビゲイルはふん、と顎を上げた。
「さっさと中へ入るぞ」
軽口をいなすと、俺たちはいよいよ洞窟へと足を踏み入れた。
◆
洞窟内は暗く、ひんやりしていた。
足元がぬめり、奥から湿った空気が流れてきている。
「転ばないようにね」
カイルは簡易のカンテラで洞窟内を照らしながら言った。
それから、15分ほどは無言で歩いた。
ここまではずっと一本道で、モンスターや獣は一切出てこない。
俺は少し、拍子抜けしていた。
あんなに大仰に立ち入りを禁止していたから、もっと恐ろしいところを想像していた。
「カイル」
と、アビゲイルが聞く。
「ここの洞窟は、具体的にはどう危険なのだ? 強力なモンスターが出てくる気配はないが」
「モンスターは出ないよ」
と、カイル。
「では――何が危ないのだ」
アビゲイルが問う。
「悪魔だよ」
カイルが間を開けず答えた。
「世界樹を護る、本物の悪魔」
「あ、悪魔?」
俺は眉を寄せた。
「そう」
と、カイルは頷いた。
「大昔、ここロイスの天祐世界樹には世界中からたくさんの人が来ていた。その目的は魔石ではなく、その葉だった。万病に効く万能薬になるのは、ここの世界樹だけだからね。彼らは目の色を変え、葉を乱獲した。そして世界樹の葉は、とても高価で取引をされた。巨万の富を得たものも、一人や二人じゃないはずだ」
「天祐世界樹に対して、なんと無礼なことを――」
と、アビゲイルが言った。
「そんなことをしては、神の怒りを買うぞ」
全くだね、とカイルは言う。
「あなたの思った通り、その行為がおそらく神の怒りに触れたんだろうね。ある日から、ここの世界樹には悪魔が住み着くようになった」
「悪魔?」
アビゲイルは顔をしかめた。
「それは――いわゆるモンスターの一種なのか?」
「そんな安いものじゃない」
カイルは首を振った。
「本物の地獄から召喚されたデモンさ。そして乱獲者は、たくさんその悪魔に殺された。それ以来、ここは封じられ誰も来てはならないことになったんだ」
「その悪魔は――そんなにも強いのか?」
と、俺は聞いた。
「強い、というのは少し違うね。恐ろしい、と言ったほうが正しい」
カイルは言った。
「ま、マジか――」
俺はごくりと喉を鳴らした。
ただ――それほど深刻な事態にはならないはずだ。
相手がどんなものでも、こっちにはアビゲイルがいる。
「見た目もまさに異形のものでね。まさに悪魔そのものだった。雰囲気も放つオーラも、本当に怖かった。あれを見れば、誰でもここには近づかなくなるはずだ」
カイルの声は少し低くなっている。
「……まるで自分の目で見てきたような物言いだな」
と、アビゲイルはちらとカイルを見た。
「まさか」
と、カイルは目をつむった。
「僕は話を聞いただけさ。もしもここに来ていたら、無事に帰ることなんか出来っこないんだから」
そうか、とアビゲイルは言った。
カンテラの灯に照らされたその横顔は、少し訝しげだった。
「……なあ、カイル」
と、俺はそこで気になっていたことを聞いた。
「お前、この洞窟は入り組んでるって言ってたよな。だから、案内が必要だって。だが――この洞窟はずっと一本道だった。これはどういうことだ?」
この洞窟に入ってから、ずっと妙だと思っていた。
こんな一本道なら、俺と大佐だけで迷わずに世界樹にたどり着けたはずだ。
「…………」
カイルは無言だった。
「どうなんだ?」
俺は重ねて聞く。
「……さあね。そんなこと、言ったかな」
カイルは若干、足を速めた。
それからは黙り込んで、彼はあまり口を開かなかった。
カイルは思いつめたようにじっと前を見つめていた。
少し不安が胸をよぎった。
カイルの様子が、明らかに変わっている。
数分歩いたところで、カイルは足を止めた。
「さあ、着いたよ」
彼は、そう言って半身だけ振り返った。
「ここが、悪魔の巣だ」




