81 コトトの病 2
◆
「また妙な恰好やがって」
バルの店主はカイルに詰め寄った。
「勝手に里のほうに降りてくるんじゃねえよ。お前のツラを見ると、村のもんは気分が悪いんだ」
カイルは何も言わず、ただ店主を見返した。
その横顔からは感情が読めない。
「なんだぁ、その目は」
店主はちぇっと舌打ちをし、俺たちのほうへ視線を移した。
「あんたら、こいつに騙されるなよ」
と、店主が言った。
「明日になればここに医者が来る。それまで、ここで待ってろよ」
「……すいませんが、どうやらコトトの症状は通常の治療では回復しないようなのです」
アビゲイルは少し思案してから、頭を下げた。
「しかし、念のため、医者にも診ていただきたい。その方が着いたら、カイルさんの家に連れてきていただけませんか」
「それは出来ん」
と、店主が即答した。
「俺はカシージャ家を村のものとは認めてねえからな。悪いが、カイルに肩入れするなら俺たちは一切あんたらから手を引く」
「なんですって?」
アビゲイルは眉をひそめた。
「なんだよ、その無茶苦茶な言い分は!」
俺は怒鳴った。
「今、目の前で一人の人間が苦しんでいるんだぞ! そんなしょうもない身内意識で、コトトを見捨てるって言うのか!」
「お前こそ、頭を冷やせ」
と、店主は言った。
「そもそもあんたら、頭からこの男の言うことを信じているようだがな。そいつは殺人鬼なんだぞ。村の娘を殺したんだ」
「証拠はあるのか?」
と、俺は聞いた。
「俺には、カイルはそこまでの悪人には見えないんだが」
「は」
店主は肩をすくめた。
「証拠も何も、本人がそこにいるんだ。聞いてみればいい」
俺はごくりと喉を鳴らした。
それからゆっくりとカイルのほうに振り返り、
「……どうなんだ、カイル」
と、聞いた。
「…………」
カイルは黙っていた。
否定も肯定もせず、その場に佇立していた。
まるで――何かに耐えるように口元を引き締めて。
「ほらみろ、否定しないじゃねえか」
店主は憎々し気にカイルを見た。
それから、低い声音で話を続ける。
「こいつに殺されたのはな、ナタリアと言って、道具屋の娘だった。ナタリアは明るくて優しくて、村の誰からも好かれていた。どんな人間にも分け隔てなく接していて、本当にいい子だったんだ。だが――結局はそれが、仇になった」
「どういうことですか?」
俺が聞く。
「ナタリアは優しすぎて、よそもんのカイルにまで気を許してしまったんだよ」
店主は吐き捨てるように言う。
「そして、このカイルはそれをいいことにナタリアをすっかり懐柔してしまってな。村のものが猛反対するのも聞かず、二人で逢瀬を繰り返していた。そしてある日、こいつらは二人で姿を消した。みんなで捜索したが、村のどこにもいなかった。次の日帰ってきたときには――」
ナタリアは死んでいたよ、と店主は言った。
「なにが……あったんですか?」
「さてな。カイルがだんまりを決め込んじまってるから、それは定かじゃねえ。だが、きっと別れ話がこじれて殺しちまったに違いねえ。その証拠に、こいつは自分のせいだということだけは白状した」
店主はそこで言葉を止め、俺たちを見た。
「お前ら、そんな奴の言うことを信じるのか?」
「……申し訳ないのですが、今は、カイル殿のことをとやかく言ってる場合ではないのです」
と、アビゲイルが言った。
「たしかなことは、私にはコトトの症状が普通には見えないということです。そして、先ほどのカイルの話が全て出鱈目とも思えない」
「普通じゃないからこそ、正規の医者に見せるんだろう」
と、店主は言った。
「カイルの診断なんかあてになるもんか。そいつの父親が薬師? は。そんな話、聞いたこともない。この村の薬を売ってるのは、ナタリアのとこの道具屋しかないんだ。これだけでも、そいつが大ウソつきだということはわかる。悪いことは言わん。このまま、医者を待て。俺は――もうカイルのせいで人が死ぬのは見たくない」
「アビちゃん、どうするの?」
と、マキが小声で聞いた。
「カイルを信じるのか、店主を信じるのか」
アビゲイルは黙考した。
室内には緊迫した沈黙が訪れた。
「……カイルを信じよう」
と、俺は言った。
「なに?」
店主が顔色を曇らせる。
「お前、俺の話を聞いていたのか?」
「……はい」
俺は頷いた。
「でも、だからこそ、俺はこいつを信じてみたくなったんです」
「分かった」
アビゲイルは頷き、それから店主を見た。
「店主さん。申し訳ありませんが、今は仲間の命がかかっている」
「俺よりもこいつを信じるというのか」
「私の眼には、カイルは悪人には見えない」
店主は黙り込んだ。
だがやがて「好きにしろ」と小さく言うと、部屋を出て行った。




