69 メーティス幻想大図書館へ 9
◆
「いやーおひさー」
天使はそう言って手をひらひらと振った。
「チュースケ=ボロタ」
「ユウスケ=モロタだよ!」
俺は突っ込んだ。
「ったく、無理やりボケるな。さっきはちゃんと覚えてただろ」
「ああごめんごめん」
天使は特に悪いと思ってもなさそうに謝る。
「元気してた? ユウスケ」
「いや元気だけどさ。どうしてここでお前が出てくるのよ」
と、俺。
「しょうがないでしょー。ある条件が揃ったら召喚されるようになってんだから」
天使はちょっと口を尖らせた。
「言っとくけどねー、私だって忙しいのよ。まだこないだ借りた新作DVDも見てないし、今度ドラ〇エ11も出るし、ハン〇ーハ〇ターも再開されるし」
なんだその暇な大学生が言いそうな理由は。
俺ははあと息を吐いた。
こいつ、全然変わってない。
「それにしても――生意気ね」
天使はちらとアビゲイルとコトトを見た。
「村人Aのくせに、すごい美少女たちとパーティ組んでるじゃん」
「成り行き上、そうなっただけだよ」
俺は苦笑した。
「別に俺の魅力で仲間になってもらったわけじゃない」
「ま、そうでしょうね」
天使は肩をすくめた。
「あんたがこんな美女口説けるわけないし。口説けたらムカつくし。つーかあらゆる権力を駆使して邪魔するし」
この野郎。
相変わらずだな。
「あ、あの」
と、バギムが口をはさんだ。
「わたくし、このメーティス幻想大図書館で館長をさせていただいております。バギムと申します」
「うん。知ってるー」
天使はやる気なさげに言う。
「いやー、思った以上にげっ歯類だね。あんたこそチュースケだわ」
「し、知っていただいていたんですか! 光栄です」
バギムは嬉しそうに言い、背筋をぴんと伸ばした。
「それで、あなたは古文書の通り、智天使ウリエル様でよろしいのでしょうか?」
「違うよ」
天使は首を振った。
「私は熾天使のミカエル」
「ミカエル――様?」
「そ。本当はあなたの言う通り、この世界はウリエルちゃんの担当なんだけどね。今、ちょっと地獄関係のことでごたごたしててさ。私が後任になったわけ」
全くいい迷惑だわ、と天使――ミカエルは肩をすくめた。
「そうでございましたか」
バギムは頭を垂れ、平伏した。
「それは失礼をいたしました」
「んな畏まらなくてもいいってば」
と、天使――ミカエルは言った。
「そうそう。バギム館長がビビる必要ないっすよ」
と、俺も便乗する。
「こいつはどんだけえらいのか知らないけど、性格はろくなもんじゃないんだから」
そうである。
俺はこいつのせいで、ミジンコになるところだったのだ。
「うるせーぞ無能」
ミカエルは言い、俺を睨みつけた。
「まあいいわ。で、今日はどういう要件なわけ?」
◆
それから。
俺はミカエルにこれまでの経緯を説明した。
ダーダリアンでポチ(ラリーポス)の黒魔石を引いたこと。
その際、チート=スキルを使ったこと。
ひょんなことから、世界を回る旅をすることになったこと。
「ふーん」
ミカエルは祭壇に寝そべり、腹をぼりぼりと掻きながら言った。
実家か。
ここはお前の実家か。
「で? あんた、何が聞きたいわけ?」
ミカエルはあくびを噛みながら言う。
「とりあえず、俺って本当に勇者なのかどうかを教えてくれよ」
と、俺は言った。
「確か、俺の運命は「村人A」だったよな。でも、俺は勇者しか引けない魔石を引いちまってる。これ、どういうことなんだ?」
「そうねー」
ミカエルはどこからかポテチを取り出し、むしゃむしゃと食べ始めた。
「まず、『ラリーポス』が勇者しか引けない魔石ってのは間違いないみたいね。それから、あんたが『村人A』だったってことも確かね。そこも間違いない。なんつっても、私が担当したんだし」
「だろ? 矛盾してるじゃんか」
「矛盾ってこともないんだけど」
ミカエルは今度はコーラを取り出しごきゅごきゅ飲み始めた。
「あんたが転生するときに言ったでしょ? 人は運命通りに生きる。でも――時々、その運命を自分の力で変えてしまう人間がいるって。だから、そういうこともありうるとは思うの。んぐんぐ」
プハーっとミカエルはコーラを飲みほす。
「……じゃあ俺って、チート=ラックのせいで運命を捻じ曲げ、勇者になっちまったってことか?」
俺は自分の手のひらを見た。
「そこが微妙なのよねー」
ミカエルはアメリカンドックを取り出し、先っぽにがぶりと食いついた。
「あんたはどう見たって、村人Aのままだもん。それなのに、勇者の役割を担ってる。なんていうか、微妙なところで揺蕩ってる感じね」
そんなことを言われても。
俺は難しい顔をした。
よくわからない立ち位置だ。
「そもそもさ」
と、ミカエルはから揚げ串を取り出した。
「あ、あのさ」
さすがに、俺は口をはさんだ。
「さっきから思ってたんだが、もの食うの、後にしてくんない?」
「えー」
ミカエルは露骨に嫌そうな顔になった。
「集中できないんだよ。あと、大事な話してんのに雰囲気台無しだし」
と俺は言った。
つーか、コンビニで買えるジャンクフードばっか食う天使ってどうなのよ。
威厳も何もあったものじゃない。
「まーいいけどさ」
ミカエルはぶー、と頬を膨らませた。
「えーっとなんだっけ。ああそう、勇者はこの世界に一人だけなのよ。しかも、すでにいるし」
「いるの?」
と、俺は聞いた。
「いるわよー。えーと、たしか」
ミカエルはそう言いながら、何やら書類を取り出し調べ始めた。
「ね、ねえ、ユウスケ」
と、その隙にコトトが小声で言った。
「あ、あんた、このお方と知り合いなの?」
「知り合いっつーか――まあ、ちょっとな」
「ユウスケ……お前は一体、何者なんだ」
アビゲイルも驚きながら言う。
「あーあったあった」
やがて、ミカエルが言った。
「ほら、やっぱりよ。ここメーティスから東に行ったとこにアルアイン領の「ロイス」って村があるんだけど、そこに本物の勇者がいることになってるみたい」
「ロイス?」
「別名、『始まりの村』って呼ばれてて、そこにしか勇者は生まれないって書いてある」
へえ、と俺は言った。
「つーかさ、なんかお前、多分とからしいとか、そういうの多くね?」
「しょーがないでしょー」
ミカエルは口を尖らせた。
「本来、ここはウリエルの担当世界なんだからさー。私はただの臨時だしー」
そういって、毛先を指でいじいじする。
「とりあえずさ、その「ロイス」って村に行ってみ?」
と、ミカエルは言った。
「んで、本物の勇者にあって来てよ。どうなってんのか、事情聴いてきて。私も、その辺把握しときたいし」
「お前は来ねーのか?」
「うん」
「なんで?」
「面倒くさいから」
即答である。
「……分かったよ。行ってくる」
と、俺はしぶしぶ頷いた。




