68 メーティス幻想大図書館 8
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俺たちはバギム館長の案内で、幻想大図書館のさらに奥、最深部へと向かった。
幾度も階段を降り、その度に辺りは薄暗く、そして静かになっていった。
1時間も歩くころにはもはやキャンドルがなければ全く視界は利かなくなり、学芸員や利用客の姿は完全に消え、生き物の気配は完全になくなった。
「なんか――寒いっすね」
俺はぶるっと体を震わせた。
「地下はさらに寒くなるぞ。それから、酸素も薄くなる」
「酸素も――」
俺は息をのんだ。
「あと、書架にある本に封印されているモンスターも伝説級のものばかりだ。決して触るなよ」
バギムが言う。
アビゲイルとコトトが俺を見る。
俺は大きく何度も頷いた。
もう絶対、何があっても勝手な行動はしない。
まだ階数が浅いうちに一度危ない目にあったのは、ある意味でよかったのかもしれない。
いい教訓となった。
◆
それから、さらに1時間歩いた。
完全に光はなくなり、真の暗闇が辺りを包んでいる。
俺たちが歩く音以外は何の音もしない。
バギムの言った通り、酸素も減っているらしく少し息苦しい。
不思議な感覚だ。
時間の概念もなくなったような気分になってきた。
もはやここが地下何階かもわからない。
道中、キャンドルの灯に照らされて、何度かモンスターの残滓が視界に入った。
異様な姿に背筋が冷えたが、本に触れさえしなければ、やはり彼らは攻撃できないようだった。
「さあ、ついたぞ」
どれくらい歩いたんだろうか。
やがて、バギムが言った。
「ここがメーティス大図書館最深部の『使徒の部屋』だ」
鬼族の男が掲げるキャンドルの灯に照らされたそれは、扉というよりはほとんど門だった。
竜と玉の意匠が施されているようだが、びっしりと群生する黒苔に覆われてほとんど見えない。
ものすごい圧力に身震いする。
なんつーか――地獄の蓋という感じ。
バギムは秘書に合図を出した。
秘書は懐から鍵を取り出し、それを鍵穴に入れた。
それからバギムはするすると秘書の体を降り、扉の中央上部にあるくぼみまで登った。
そして――『開閉』と呪文を唱え、小さな石板のようなものををはめ込んだ。
ズ……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴ――
すると、重厚な音を立てながら、扉が開いた。
中からは暖かな光が漏れている。
「さあ、いくぞ」
再び秘書の肩に飛び乗り、バギムが言った。
◆
部屋には2本の柱が立っていた。
その奥には祭壇があり、その上部から日差しのような柔らかい光彩が放たれている。
その時、既視感があった。
この光景。
この雰囲気。
どこかで――味わったことがある。
「ユウスケ」
と、バギムが言った。
「中央祭壇の前にある石机に、ラリ-ポスを捧げよ」
俺は頷き、言われた通りに頭上のポチ(ラリーポス)を、燈篭のような石机に置いた。
「キューーーーーン」
ポチが、ひと際大きく鳴いた。
すると――これまでの暗闇とは一転して、凄まじい光が室内を包み込んだ。
これまでこの部屋を照らしていた穏やかな光ではなく、目を刺すような強烈な光線だ。
「くっ」
俺は腕で顔を覆い、目をつむった。
そしてしばらくすると――
「誰じゃ……我を呼ぶのは」
女の人の声がした。
まるで天使のような、美しく澄んだ声。
聞いているだけで邪気が払われるような、そんな声。
やがて光が収まり、目が慣れてきた。
すると、声の主の姿がぼんやりと見えてくる。
そのものから発せられる未曽有の聖なるオーラ。
無意識にひれ伏したくなるような、圧倒的な存在感。プレッシャー。
言葉での説明はなくとも、俺たちは全員が肌で感じでいた。
今現れたものは――俺たちの人知を遥かに超えた、超存在である、と。
そしてやがて光が収まり。
目の前の存在の姿が、完全に明らかになった。
『彼女』は、白いワンピースを着ており、背中に六枚の大きな翼を有していた。
「なんと……」
あまりの神々しさに、アビゲイルは額に汗をびっしり搔いている。
「……すごい」
コトトは畏怖心から自らを抱いている。
「こ、これが伝説の――」
バギムは目線を強め、顎を引いている。
パリィと鬼族の秘書はただただ呆然とし、彼女を見つめていた。
そして俺は――
◆
俺は、天使の姿を見るなり、
「てめー! こんなとこで何していやがる!」
と、そう怒鳴った。
「あっれー? ユウスケ=モロタじゃーん」
天使は先ほどまでの口調を一転させ、急に軽い口吻になっていった。
「相変わらず、しょぼいわねー。元気にしてたー?」
へらへら笑いながら、手を振っている。
そう。
メーティス幻想大図書館。
その最深部に現れたのは――
俺が異世界に転生するときに出会った、あの底意地の悪い天使だった。




