59 知の国 メーティス
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半日ほど航行して、蒸気船は対岸に着いた。
客船を降り、港を出ると、そこからしばらく何もない平原を歩いた。
メーティスはここからさらに半日南下した場所にあるらしい。
正午を過ぎ、太陽が傾きかけたころ、ようやく岩海を抜け、平原の向こうにメーティスが見えてきた。
この辺りはモンスターが極端に少なく、なるほど、『人類の財産』を設えるにはもってこいのスポットだなと思った。
街に近づくにつれ、旅人らしき人間が増えてきた。
入国に際し軽い審査を受けたあと、俺たちはメーティスに入った。
「うわぁ……すごいな」
俺は行きかう人たちを見て、思わず感嘆の声を上げた。
事前に聞いていた通り、ここには多種多様な人種がいた。
耳の長いエルフ族。
背の低いホビット族。
そしてしっぽや頭の上に耳がある半獣人なんかが、斜めに行きかっている。
「なに? ユウスケったら、人間族以外を見るの初めてなの?」
と、マキが言った。
「う、うん」
俺はきょろきょろと見ながら言った。
「初めて見る」
「あら珍しい」
コトトは両肩を上げた。
「ま、ユウスケくらいの年ならありうる話かな」
「お前たち」
と、アビゲイル。
「他人をそうやって不躾にじろじろ見るんじゃない」
俺はその言葉ではっとした。
そうだ。
人種間による無作法はトラブルの元だと聞いていたじゃないか。
「すんません」
と、頭を下げる。
「す、すいません」
ふと横を見ると、アリスも頭を下げていた。
どうやら俺たちは二人そろって不躾に人々をじろじろ見ていたらしい。
俺とアリスは目を合わせ、お互い自嘲気味に苦笑した。
それにしても――ダーダリアンほど広くはないが、とても活気のある町だ。
◆
とりあえずその日は宿で休むことになった。
本当は『幻想大図書館』へ向かい、入館許可証をもらっておく予定だった(申請から発効まで数時間かかるらしい)が、6時前に閉館するとのことだった。
なので、明日一番で、そこに行く。
宿はとても質素だが、清潔で食事もおいしかった。
アベルの時と同じく、部屋は全員一緒の大部屋だ。
ただ――やはりベッドはセミダブルが3つしかなく、俺はまたぞろ床で寝ることになった。
マキとアビゲイル、コトトとアリスが同じベッド、そして俺は床。
せめてソファーでもあればいいんだけどなあ――。
「あー疲れたー」
ごろん、と、ベッドに寝転がりながら、マキが言った。
「言っとくけど、私、今回はなんもしないからねー」
「うむ」
アビゲイルは頷いた。
「お前とアリスはアベルでよくやってくれたからな。この国にいる間は、休暇としよう」
「やったー! アビちゃん大好き!」
マキは両手を上げて喜んだ。
「アリス! あっそぶわよー! 色々教えてあげるからね」
「は、はいっ」
アリスはぶんと頭を下げた。
「よ、よろしくお願いします」
「おいおい、あんまり妙なことを吹き込むなよ」
と、俺は言った。
どうもこいつにアリスのことを任せるのは不安だ。
「だーいじょうぶよ」
マキは親指を立てた。
「とりあえず、アリスにはお洒落な服を買ってあげようと思ってね」
「それ、いい!」
コトトがぱん、と胸の前で手を打った。
「私も行きたい! ここはいろんな種族の服が売ってるし、きっとアリスちゃんに似合う服がたくさんあるわ」
アリスはよくわからないという風にきょとんとしている。
コトトは目を輝かせて、アリスを見た。
「アリスちゃん、素材がいいから絶対可愛くなる!」
「駄目だ」
と、アビゲイルが装備品を外しながら言った。
「コトトとユウスケは、明日は私と共に『幻想大図書館』へ向かう」
「えー……」
コトトは不満そうに口を尖らせた。
「我々は遊びに来ているのではないぞ」
アビゲイルはぴしゃりと言った。
「……はぁい」
「わかりました」
俺たちはそれぞれ返事をする。
コトトは、まだちょっと未練があるようだった。
◆
それから俺は、シーツを床に敷いて寝る準備を始める。
もう手慣れたものだ。
「あ、あの」
それを見て、アリスが口を開いた。
「ゆ、ユウスケさん、床に寝るんですか?」
「うん。そうだよ」
「い、いけませんよ! 私が床で寝ますから、ユウスケさんはベッドへどうぞ」
「ありがと」
俺はにこりと笑った。
「でもいいんだ。もう慣れたし」
「そ、そんな……なんだか、悪いです。私みたいなのがこんないい寝床で寝るなんて」
そのやり取りを見て、マキがはあ、と息を吐いた。
「アリスはまず、その小間使い根性、どうにかしないとねー」
「すまんな、ユウスケ」
と、アビゲイル。
「私が変わってやってもよいのだが――それだとなぜかお前たちはもめるからな」
「気を使わないでください」
俺はいまだに理解していないアビゲイルに苦笑した。
「俺がベッドで誰かと寝ると、それだけでもめますから」
ふと見ると、コトトが気まずそうにしている。
「コトト。お前も気にするなって」
「ごめん。私も――床で寝ようかな」
「いいって」
思わず苦笑する。
こいつは自分が床で寝ることより、俺が誰かとベッドで寝ることのほうが嫌らしい。
「さあ、もう寝るぞ。明日も早い」
そう言って、アビゲイルはカンテラの火を消した。
どうやら今回の宿泊は平和裏に終わりそうである。




