55 魔法国アベルの世界樹 2
◆
「さあ、もうじきつきますよ」
先だって歩く兵士が言った。
やっと着くのか。
俺は上を見た。
入口がずいぶんと小さくなっている。
「さあ、こちらです」
兵士が指さした先には、背の低い扉があった。
俺たちはくぐるようにして、そこを通った。
中はそれほど大きな部屋ではなかった。
ちょうど俺が前世で通っていた学校の教室くらい。
そしてその中央に――天祐世界樹があった。
背は3メートルほどしかない。
とても大きいとは言えない身の丈だ。
「ち、小さい」
俺は思わず、言った。
「こんなに小さい世界樹もあるんですね」
「うむ」
と、アビゲイル。
「私も、こんなに小さな樹は初めて見た」
葉っぱや幹なども、ダーダリアンやガビビ族のそれとは違い、あまり力強くない。
ところどころ、萎れてしまってさえいる。
本当に日の光が当たらず大丈夫か、と心配になってしまうくらいだ。光合成とかできないし。
「心配はいらないですよ」
と、兵士が俺の顔を見ながら言った。
「この樹はもう何千年もこの状態らしいです。どうやらこの環境がこの樹にとって、ベストな環境のようで」
へえ、と俺は頷いた。
本当に不思議な樹だ。
この世界においては、俺の常識など無関係なのだと、改めて思った。
◆
「さあ、さっそくどうぞ」
兵士に促され、俺は世界樹へと向かった。
左手首を右手でつかみ『発動』と唱えた。
そして、幹に空いた空洞に手を突っ込む。
「SSよ、SS」
「黒! 黒を引くの!」
後ろでマキとコトトがうるさい。
だが、もちろん俺も同じ気持ちである。
来い来い来い……来いっ!
心の中で強く念じる。
やがて手に魔石の感触が現れる。
思い切り引くと――
掌には、漆黒の魔石が乗っていた。
◆
「よっっっしゃあああああ」
俺は右手を掲げた。
「やったー!」
コトトが抱き着いてくる。
「ユウスケ、でかしたぞ!」
アビゲイルが肩に手を置く。
「まっ、これくらいはやってくんないと」
マキが肩をすくめる。
「す、すごいですー」
よくわかってなさそうなアリスは、ニコニコしながらとりあえずぱちぱちと手を打っていた。
それから俺は、さっそくコトトに魔石を渡した。
「どうだ? わかるか?」
「SSの魔石は現物はないから、鑑定には時間がかかるの。でも」
コトトはルーペで魔石を覗きながら「んー」と唸った。
「とりあえず、魔法系の魔石だと思う。これ以上は、ゴードン師匠と連絡を取り合ってからね」
「うむ」
と、アビゲイルが頷いた。
「なにはともあれ、これで一つSSの魔石を手に入れたな」
「すごいです」
アリスはやっぱり手をたたき続けている。
「しかし――改めて、本当にすさまじいね、ユウスケのその能力」
と、コトトが言った。
「一発でレア度SSがひけるなんて、チートすぎるわ」
俺は「んふー」と鼻から息を出し、自分の手のひらを見つめた。
頭にこの能力をくれた天使の顔が思い浮かぶ。
ちょっと嫌な奴だったけど、あいつのおかげだな。
心の中で、そう感謝した。
◆
「いやーでもさ」
と、俺はみんなを見回しながら言った。
「今回の件では、俺たちはレア度SSの黒魔石よりも、もっと素晴らしい宝物が手に入ったよな」
「なに?」
「なんだ?」
「なんのこと?」
「なんのことでしょう?」
4人が一斉に俺を見る。
俺は胸を張って、
「新しい仲間だよ! そう、たからものとは、アリスちゃんのことさ!」
さわやかにそう言った。
「うむ。そうだな」
アビゲイルが微笑んだ。
「そうだね! よろしくね、アリスちゃん」
コトトが満面の笑みでアリスの肩を抱く。
「ありがとうございます! よろしくお願いします!」
アリスはぶんと頭を下げた。
そしてマキはというと――無言でプルプル震えていた。
「どうした? マキ」
「……っせー」
「うん? 何って?」
「くっせーって言ったのよ!」
マキはぶるりと体を震わせたあと、ずびし、と俺たちに指をさした。
「あんたらみんなくさいのよ! なーにが『仲間が何よりたからもの』よ! 青いのよ! 青すぎるの! 青春の匂いがするの! あーー寒い寒い!」
改めて言われると――顔が赤くなる。
たしかに――さっきの言葉は恥ずかしかったかも。
「大体さあっ」
と、マキがヒートアップして続ける。
「アビちゃんもコトトもリアクションおかしいでしょ! うむ、じゃないわよ! そこは無言でユウスケにラリアットでしょ! 首を振ってからハリケーンミキサーでしょ!」
「い、いや、そんなこと――」
「ギャー! 近づかないで! 青春菌が移るから!」
マキは一人で大騒ぎをしながら、部屋から出ていこうとして扉にぶつかった。
きゅう、と妙な声を出してその場に昏倒する。
なんか――
若手芸人みたいなやつだ、と俺は思った。
◆
翌日。
早朝。
俺たちはアベル国を出発した。
昨夜、マキとアリスは少し疲れが残っているようだった。
だが、コトトの回復薬がよく効いたようで、今はだいぶ元気になっている。
「さあ、いくぞ」
朝日が照らす極彩色の景色の中、アビゲイルの号令で歩き出す。
先頭からアビゲイル、コトト、マキ、アリス、そして最後に俺の順だ。
その途中。
アリスがつと立ち止まり、アベル国の城壁を振り返った。
ざあと風が吹いて、彼女の前髪を跳ね上げた。
朝の静寂の中、どこか遠くのほうで馬が嘶いている。
アリスは唇を引き締め――
そして、ちょっと笑った。
いったい、何を想っているんだろう。
俺は城壁を眺めるアリスの横顔を見ながら、そんな風に思った。
少しはいい思い出もあったんだろうか。
それとも、つらい経験を笑い飛ばしているんだろうか。
考えを巡らせてみたが、結局、頭の悪い俺には判然としなかった。
そうしてしばらくみつめたあと――
アリスは急にぶんと頭を下げ、
「ありがとうございました! 行ってきます!」
と、そう言ったのだった。




