49 魔燭の宴 5
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「あれは、魔法増強薬だわ」
眉間に皺をよせ、コトトが言った。
「魔法増強薬?」
俺が聞いた。
「そう」
コトトは人差し指を立てた。
「この前、アベルの裏路地で怪しい男に出会ったでしょ? あいつが売っていた、非合法な薬」
休日にアベルの城下町の路地裏にいた、フードを被った黒ずくめの男が想起される。
彼が売っていた、アベル国内で生成されている麻薬。
アベル国の――裏の顔。
「ま、まじかよ」
俺はごくりと喉を鳴らした。
「それはどういう薬なんだ?」
と、アビゲイルが言った。
「魔力を一時的に何倍にも膨れ上がらせる薬です。先ほどのアニーの力。あれは――おそらく『スピリタス』と呼ばれる劇薬。流通している中でも最も効果が高く、そして副作用が大きなものです」
「副作用――?」
「はい。あの薬は脳を破壊します。戦闘欲がまし、凶暴になるんです。戦争用に作られた、非人道的なドラッグなんです」
その言葉を聞くなり、アビゲイルはメインクーン女王の元へと走った。
◆
「女王陛下。今すぐ、宴を中止してください」
と、アビゲイルは言った。
「あなたの選手は禁止薬物を使用した。この国の法律に違反している。よって、アニーの反則負けです」
「どこに証拠がある」
メインクーンは肥えた体を震わせた。
「我には、そんなものを使用したようには見えなかったが」
「あのアニーの姿を見ればわかるでしょう」
アビゲイルはコロッセオを指さした。
「血管が浮き出て、目は瞳孔が開いている。状況証拠はそろっている」
「状況証拠など知らんわ。我らが魔法使いが、負けることなどあり得ん」
メインクーンはほっほっほ、と笑った。
こいつ――知っていたな。
俺は顔をしかめた。
最初から、いざとなったらあのドラッグを使えと指示していたのだ。
「……メインクーン殿」
アビゲイルが低い声音を出した。
「今一度言う。宴を終わらせよ」
「駄目じゃ。我は――こ奴らの戦いを最後まで見たい」
「終わらせよと――そう言っているのが分からんのか!」
アビゲイルはそう怒鳴ると、メインクーンの胸元をつかんだ。
ぐぐぐ、と彼女の体が浮く。
300キロを超える巨体を――片手で持ち上げたのだ。
「貴様ぁ! その手を離せ!」
その瞬間、周りの兵士が動き出した。
「控えろ! 下郎ども!」
アビゲイルは裂帛の気迫で兵士をねめつけた。
「ひっ」
兵士は急に動きを止め、小さく悲鳴を上げる。
アビゲイルの眼光で、兵士は身動きが取れなくなった。
彼女の双眸は殺意に満ち溢れていた。
俺は背中に氷を突っ込まれたように、恐怖で全身が凍えた。
死――
アビゲイルの目を見ただけで、殺されると思った。
「な、なにをする! 無礼者」
メインクーンが巨体を揺らして暴れる。
「……女王陛下。あまり私を怒らせるな」
アビゲイルは目を伏せ、静かに言った。
「なんなら、ここにいる全員を皆殺しにしてもいいんだぞ」
「皆殺しだと?」
メインクーンはせせら笑った。
「馬鹿め。いくら天才剣士・アビゲイルといえど、わが最強の魔法軍隊に勝てるものか」
「しょうことなし」
アビゲイルはさらにメインクーンを締め上げた。
「いいか。この私が本気になれば、この国を亡ぼすことなど些末なことなんだぞ」
「な、なんだと?」
アビゲイルはメインクーンを睨みつけた。
「そのような児戯に等しい脅しに屈すると思うか」
「脅し?」
アビゲイルは言った。
「どうやら、私のことを知らんようだ」
アビゲイルは鞘から大剣クラウソラスを抜いた。
「そ、その剣は」
メインクーンは驚愕のあまり、口をだらしなく開けた。
「ガインシャ公国を亡ぼした悪魔の子が持っていたという――伝説の剣。よ、よもや――あれは、ただの寓話ではなかったのか」
「マキに何かあれば」
アビゲイルはその場で剣を突き刺した。
すると――地響きが鳴り、貴賓席に大きな地割れが生じた。
「この国はあそこと同じように、半刻も持たず灰塵に帰す」
脅しではない。
その場にいるすべての者が、本能的に悟った。
この女剣士は――人間じゃない。
「わ、わかった」
と、メインクーンは言った。
「お、おい、今すぐアニーを止めろ! 宴は中止だ」
「ハッ」
そういって、警備兵は走り出した。




