44 前日
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『魔燭の宴』を翌日に控えた夜。
アビゲイルはようやくメインクーン女王の接待から解放されたようで、俺たちの待つ部屋へと戻ってきた。
「……疲れた」
アビゲイルはそういうと、ベッドにどさりと倒れこんだ。
彼女がこんなに疲弊しきっているのはとても珍しい。
この旅が始まって初めての弱音。
大佐の珍しい姿に、俺は思わずちょっと笑ってしまった。
どうやらこの3日間、女王のよもやま話を聞かされ続けたらしい。
「お疲れ様です」
俺は白湯を出しながら言った。
「ああ、すまない」
アビゲイルはむくりと起き上がり、カップを受け取った。
「本当に疲れたよ。私にはああいったことは向いていない」
ちびりと口をつけ、部屋を見渡す。
「コトトとマキはどうしてる」
「コトトはお風呂です。マキは――もう寝ちゃいました」
俺は隣のベッドを指さした。
マキが鼻提灯を作ってぐーぐー寝ている。
「寝た?」
アビゲイルはむくりと起き上がった。
「私は何にも聞いてない。明日の宴の対策はどうなっている。大丈夫なのか」
俺は腕を組み、首をひねった。
「さあ、どうなんでしょうか」
「どうなんでしょうか、じゃない。相棒は誰になったんだ」
「いえ……それが――」
俺はそれから、ここ数日のことを詳細にアビゲイルに話した。
兵士にはろくな人材が残っていなかったこと。
結局、マキはアリスと言う雑用係を選んだこと。
「雑用係?」
「しかも、子供です」
「なんだそれは。天性の魔法使いでもいたのか」
「いえ。それが、魔力はからきしみたいです」
「馬鹿な」
アビゲイルは頭を抱えた。
「ああ、こいつは何故そうやっていつも適当なんだ。もしかして、わざとやっているのではないか」
いつになく神経質そうな声を出す。
どうやら、本当に疲弊しているようだ。
「あと、なんかえらく強そうな人もいました。アニー将軍、と言ってましたか」
「アニー将軍」
「はい。あれはやばそうでした」
「ふむ。アベル国を代表する魔法の使い手だ。あらゆる法術を駆使するらしいが、中でも攻撃魔法は激甚な威力だという」
「はえー……そうなんですか。マキの奴、大丈夫なのかな」
ちらりと、マキを見る。
彼女はむにゃむにゃと幸せそうな顔しながら、パジャマのはだけた腹をぼりぼりかいていた。
「夜分にすいません」
その時、扉の外からノックする音がして、そのような声が聞こえた。
どうぞ、と返事を返すと、扉の隙間からアリスが顔を覗かせた。
「ああ、アリスちゃん」
俺は彼女を招き入れた。
「ちょうど君の話をしていたんだ。何か用かい?」
「あの、その」
アリスはもじもじしながら言った。
「アビゲイル様に、ご挨拶をしておこうと思いまして」
「なるほど。いいよ」
そう言って、大佐の元に戻る。
「あ、あの、私、アリスと言います! 明日は、アビゲイル様の部下様であるマキ様と、儀に出場させていただきます!」
言いながら、アリスはぶんぶんと何度も頭を下げた。
「大佐。この子ですよ」
俺はアビゲイルに紹介した。
「マキが選んだ娘は」
「そうか」
アビゲイルは立ち上がり、慇懃に頭を下げた。
「アリス殿。明日はマキをよろしくお願いします」
「そ、そんな! 顔を上げてください」
アリスはその場に土下座せんとばかりに恐縮した。
「明日は、マキさんの盾となり、命を懸けて戦わせていただきます!」
「それは駄目だ」
アビゲイルは強い口調で言った。
「戦闘は全てマキに任せておいてください。あなたは、絶対に無事に戦いを終えてください」
「でも――」
「そうだよ、アリスちゃん」
俺はアリスを遮り、頭に手をぽんと置いた。
「君は戦闘員じゃないんだ。くれぐれも、そこを履き違えないようにね」
「でもそれじゃあ、私である必要が」
「君がいいんだよ。マキのやつ、意外と神経質だからさ。きっと、この国の人間で、アリスちゃんが一番信用できると思ったんだよ」
「そういうことです」
アビゲイルが後を継ぐ。
「ですから、明日は自分の身の安全だけを考えてください」
そう言うと、アビゲイルはもう一度、「よろしくお願いします」と頭を下げた。
「へ、へへー!」
アリスは恐縮しすぎて、その場にしゃがみ込んで床に頭をこすりつけた。
「そこまでしなくていいよ」
俺は苦笑しながら彼女を起こした。
「す、すいません」
アリスはぶんと頭を下げた。
「そ、それでは今日は失礼させていただきます! 申し訳ありませんでした」
アリスはそれだけ言うと、逃げるように部屋から出て行った。
「いい子でしょ」
その様子を見届けた後、俺は言った。
「……」
返事がない。
アビゲイルの方を振り返ると、彼女は目を細めて、何やら考えているようだった。
「どうかしました?」
「ああいや、なるほど、と思ってな」
「なるほど?」
「うむ。どうやら、マキがあの子を選んだのは、単なる酔狂というわけではなさそうだ」
「どういう意味です?」
俺は聞いた。
するとアビゲイルは口の端で意味深に微笑み、こう言ったのだった。
「あのアリスという娘、よく似ているんだ。マキの幼いころに」




