43 アリス
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視察が終わり、俺たちは訓練場近くに建てられた簡易食堂に移動した。
簡素なテーブルと木椅子しかない、なんとも殺風景な部屋。
まだ昼前とあって、兵士たちはまばらだった。
「考えたんだけど、やっぱり私、一人で戦うから」
出された粗末な昼食を食べながら、マキが言った。
「ろくなのいないもん。あんな雑魚ども仲間にしたって、アニーってやつには勝てるわけないわ」
「こ、困ります」
と、アリスが言った。
「魔燭の宴は、2人1組じゃないと出られませんから」
「じゃー、ユウスケ。あんたでいいわ」
「バカ言うなよ! どうして俺なんだ。魔法も何も使えないってのに」
「人数合わせでいいんだから。なんなら、コトトでもいいし」
「そ、そういうわけにはいかないだろ。誰でもいいから、目ぼしい奴を選べって」
「誰でも良いなんてことないわよ」
マキはぶすっとした表情で答えた。
「わけわかんないやつに、背中なんか任せられないもん。それなら、魔力なんてなくっても、信頼できるやつのほうがまし」
俺は驚いて目を開いた。
信頼できるやつ、ね。
ちょっとだけ嬉しかったけど、顔には出さない。
「つかさー、なんかすごいアピールしてきてうざかったし。どうしてこの国の兵士はその魔燭なんたらってのにみんな出たがるの」
マキは頬杖をついて、スプーンをがぶりと噛んだ。
「それは、『魔燭の宴』が我々の国民的行事だからです!」
と、アリスが言った。
「魔燭の宴で活躍すれば、地位も名誉も得られます。出場するだけでも待遇はぐっとよくなるんです。みんなの憧れの大会なんですよ」
彼女は胸の前でグーを作り、熱心に語った。
「ふーん」
マキは耳を掻きながら、つまらなそうに返す。
「じゃ、あんたも出たいの?」
「わ、私なんて、とんでもない!」
アリスは顔の前に手刀を出し、それを左右に振った。
「ありえないですから! 軍隊にすら入れないのに」
「だから言ってるでしょ。軍隊とかどうでもいいのよ。どっちみち、私にとっては足手まといなんだから。でも、出るだけであんたの地位が上がるなら、あんたを出してあげても」
マキはそこまで言うと、言葉を止めた。
「それ、いい案じゃん!」
と、俺は言った。
「アリスちゃんが今よりいい待遇で働けるようになるなら、すげーいいことだよ!」
興奮して、俺はマキを見た。
マキは顔をしかめて、アリスを見ていた。
「おい、どうしたんだよ」
「ちょっと黙ってて」
マキはじっとアリスを見つめる。
まるで品定めをしているようだった。
「アリス!」
と、その時。
突然、背後から大きな声がした。
目をやると、コック帽を頭に乗せた太った男がこちらに向かって怒鳴っていた。
「は、はい!」
アリスは急いで立ち上がり、彼の元へと走り寄った。
「てめえ、この料理も持って行けってさっき言っただろうが。クズのくせに、言いつけ一つ守れねえのか」
そういって、男はグーで二の腕を思い切り殴った。
「す、すいません」
必死に頭を下げるアリス。
「さっさと行け。クソが」
そういって、もう一度、今度は頭を思い切りはたく。
苦痛に顔をゆがませながら、アリスは料理を受け取った。
「おい、ちょっと待てよ」
俺はほとんど無意識に、立ち上がっていた。
「子供に手をあげるなんて、何考えてんだよ」
「なんだ、てめえ」
男は色めきだち、俺のほうへ向かってくる。
「見ねえツラだな。奇妙な服着やがって」
「やめてください!」
と、アリスが俺の前に走り寄った。
「大丈夫ですから。私は大丈夫ですから」
必死に懇願する。
「そうは言ったって、あの野郎、2発もアリスちゃんを」
「ユウスケ」
マキが遮った。
「あんたが間違ってるわ。ここは私たちの国じゃないのよ」
「なんだよ、お前まで! 俺は――」
「あとで折檻を受けるのはアリスなんだけど」
マキの言葉に、俺は二の句を継げず黙り込んだ。
その通りだ。
ここで俺がこの男を罵倒しても、アリスに得になることは一つもない。
「すいませんでした」
マキは立ち上がり、給仕長に頭を下げた。
俺もそれに倣い、深く頭を下げて謝った。
「けっ。むかつく奴らだ」
給仕長は悪態をつくと、踵を返して戻っていった。
◆
「大丈夫かよ」
俺は戻ってきたアリスに言った。
「あの野郎。思い切り殴りやがって」
「大丈夫ですよ」
アリスは気丈に微笑んだ。
「いつものことですから」
「いつものことって――ちょっと見せて」
俺はそう言って、アリスの袖をまくった。
「な、なんだよ、これ」
彼女の腕を見て、俺は思わず息をのんだ。
アリスの腕には斑点のように痣が無数にできていた。
細くて柔らかい腕に、大人の暴力の痕がくっきりと。
私は失敗作なんです。
彼女の言葉を思い出し、顔が熱くなった。
この国では魔力の強さがすべて。
この子はずっと、奴隷のような扱いを受けてきたのだ。
一体、どれほどつらい人生だったんだろう。
「なーに見つめてんのよ、このロリコン」
マキはそう言って、俺の後頭部をたたいた。
「いってーな」
俺は振り返った。
「やめろよ。今は、マジで冗談はやめてくれ」
俺は睨むようにマキを見た。
腹が立ってしょうがなかった。
「冗談なんて言ってないわ」
マキが珍しくマジな声音を出す。
「そんな風に、レディの腕を見つめるなんて失礼だって言ってんの」
はっとして、アリスに目を移す。
彼女はまるで恥部を見られたかのように、顔を伏せていた。
「ご、ごめん」
俺は慌てて袖を戻した。
自分のバカさ加減にうんざりする。
「大丈夫です」
アリスは言った。
またぞろ、気丈に笑う。
この子はいつも、こうやって生きてきたんだろう。
「……アリス」
マキが言った。
「は、はい」
アリスは背筋を伸ばして返事をした。
マキはしばらく、無言でアリスを見つめた。
不思議な眼差しだった。
憐れんでいるのでも、同情しているのでもない。
代わりに何か決意のようなものが、その瞳に浮かんでいた。
そうしてたっぷりと見つめた後、マキはこういった。
「私、やっぱあんたを相棒にすることにしたわ」




