38 アベル城へ
◆
翌日。
陽が昇ると、俺たちはアベル城へと向かった。
城下町には人気が少なく、ひどく閑散としていた。
昼間に点在していた屋台などはまだなく、教会へ礼拝へと赴くとフードを被った信徒たちが見られるばかりだ。
中央広場からアベル城を仰ぎ見る。
ダーダリアンと比べると、二回りほど小さい。
城壁で四方を囲まれ、外部からは突端が視認できる程度だ。
肝心の『天祐世界樹』だが――
ここからはその姿は確認できない。
あまり大きくないのか、それともダーダリアンのように城内にある光庭の中に植わっているのだろうか。
アベルの女王が住む城塞都市の入口までやってくると、そこでアビゲイルが門兵と交渉を始めた。
何やら紋章と手形のようなものを出し、女王と謁見したいという旨を伝えている。
「かっけー城だ」
俺は門扉の鉄格子のすき間から除く城を見ながら言った。
「ダーダリアンもでかくで圧倒されたけど、ここのもレトロで良い感じ」
「アベルは古い国だからね。もともと閉じた国だから、意匠が太古のままなのよ」
コトトが説明を入れてくれる。
「他国との交流はないんだね」
「全くないわけじゃないんだけどね。必要最低限に抑えてる感じ。そのおかげで、魔法技術の流出も秘密が保たれてる」
「まさに秘密国家ってわけか」
「私も女王陛下を見たことがないし、一般人にはその情報すらほとんど流れてこない。分かってるのは『メインクーン3世』という名前だけ」
「ふーん」
俺はもう一度城に目をやりながら、短く数度、うなずいた。
自らの魔法兵団に自信があるからこそ、閉じてしまった国家か。
かっこいいけど――ちょっと怖い気もする。
「よし、許可が出たぞ」
帰って来たアビゲイルがそう言って、顎をしゃくる。
「ここから先は女王の領域だ。くれぐれも、粗相のないようにな」
◆
城壁の中に入ると、その光景に俺はまた驚かされた。
外からは見えなかったが、そこにはもう一つ、別個の街が形成されていた。
赤茶けた煉瓦造りの家が、外以上に密集し、迷路のような路地になっている。
そこからすぐに白い馬車に乗せられて、俺たちはいよいよ女王の住む城へと向かった。
宮殿のような煌びやかな城には、魔導士のような法衣を着た女性が二人、俺たちを出迎えた。
玉座へと案内してくれるようだが――その途中、豪華な装飾に目がくらくらした。
「この先に女王陛下がおられる。非礼のないように」
彼女たちに促され、俺たちは中へ入った。
玉座は広く、大理石に敷かれたタベストリーがはるか向こうにいる女王へと伸びている。
女王の前に、俺たちは横並びになって整列した。
彼女の隣には老女が佇立している。
背を丸めた、小さな老婆だ。
そして、女王の両脇には戦士タイプの兵士が二人立っていた。
屈強な体つきをしているが、両方とも女性である。
ここに来て、初めて戦士を見た。
ただ――そのような兵士たちのインパクトも、女王の偉容の前に霞んで見えた。
メインクーン女王はとても巨大な体をしていた。
はち切れそうな胴体を、カーテンのようなドレスで包んでいる。
手足は風船のように膨れ上がり、顔はさながら鏡餅のようだ。
昔テレビで見た、びっくり人間に出てきた人よりも、さらに大きい。
豊かなブロンドの髪に、象のようなつぶらな瞳。
指や首元には美しい宝石を身に着けており、頭上には一際豪華なティアラをのせていた。
人間離れした容姿の中にも、そこか品性と威厳が伺える。
「よく来たわね」
アベル国の女王――メインクーンが頬杖を突きながら言った。
「は」
アビゲイルはそう言い、膝を立てて傅いた。
俺たちも、それに倣う。
「剣士・アビゲイル。そなたがわざわざ来るとは、何か重大な要用があるらしいな」
と、メインクーンが言った。
「いえ」
アビゲイルは小さく首を振った。
「あまり大げさに考えていただなくても結構です。ただ、ダーダリアン国王の命でここに参じていることはお伝えしておきます」
「ダーダリアン王の?」
メインクーンは目を細めた。
それだけで、場に緊張が張り詰める。
はい、とアビゲイルは再び頷いた。
「ぜひ、ダーダリアンとの友好の証に、この国の『天祐世界樹の恩恵』を一度だけ引かせていただきたいのです」
「友好の証に」
「はい。一度だけで結構です」
「それだけか」
「はい」
「ふむ。しかし、なぜ、この時期に」
「陛下と我が国の王はもう長い間、会合しておりません。友好の印として、考えていただければ」
「そちらは何か用意しているのか」
「わが国で採れた魔石を」
アビゲイルはそう言うと、恭しく女王に魔石を差し出した。
燃えるような赤色の魔石。
あれは――Aランクだ。
ふむ、と言い、メインクーンは黙考した。
玉座に、再び沈黙が漂う。
後ろに控える兵士はぴくりとも動かない。
つと、その内の一人と目が合う。
ぎょろり、とにらみつけられ、俺は肩を縮めた。
「結論から言おうか」
やがて、メインクーンが口を開いた。
「我らの国の法律では、他国の者に恩恵を与えることはしていない。魔石を受け取るようなこともな」
「……では、こちらは受け取ってもらえないのでしょうか」
「まあ聞け」
彼女はアビゲイルを遮った。
「だが、ダーダリアン王からの贈り物と言うなら無下にも出来まい」
メインクーンはそこで言葉を止め、俺たちの方へ眼をやった。
「お主らの中に、魔法使いはおるのか」
俺は体を硬直させた。
いや……俺のことじゃないんだけど。
「おります」
アビゲイルは頷いた。
「そちらに控えております、紅い服を来たものがそうです。マキ」
アビゲイルはそう言って、顎をしゃくった。
マキが立ち上がり、丁寧に頭を下げた。
「マキ=フォール=フォールです」
アビゲイルはメインクーンへ向かっていった。
うむ、と女王はマキを品定めするように見た。
それから「こやつは強いか」と問うた。
「はい」
アビゲイルは即答した。
「強いです。おそらく、わが国でも最高クラスの魔法使いかと」
「そうか」
女王は嬉しそうに口の端で笑った。
「それなら、ちょうどいい。お主らも、儀式に参加せよ」
「儀式、ですか」
「そうだ。もうすぐ、わが国では魔法を使った格闘大会――『魔燭の儀」が行われる」
魔燭の宴。
これが、おそらくホテルで商人が言っていた魔法バトルの大会のことだろう。
女王は無類の魔法バトル好き。
彼の言っていたことは、どうやら本当のようだ。
「その儀で優勝すれば、『天祐世界樹』の恩恵を受けさせてやる」
「優勝すればいいんですね」
「左様。この魔石は、その参加料として頂いておく」
メインクーンは魔石を懐に入れた。
アビゲイルは「ありがとうございます」と頭を下げた。
「きっと、陛下も満足する魔法戦闘が見られると思います」
「楽しみだ」
メインクーンはにやりと口の端を上げた。
「ただ、大会は二人一組の参加となっておる。アビゲイル殿も、多少の魔法は使えるのであろう?」
「ああいえ」
アビゲイルは首を振った。
「私は、ほとんど扱えません」
「それは困ったな。どうするか」
女王はしばらく考えた。
「……では、この城にいる兵の中から選んでもらおうか」
横にいる、老女が言った。
「そうだな。それでいいか」
うむ、と女王が頷く。
「よろしいのですか?」
と、アビゲイル。
「私もマキとやらの戦闘を見てみたいしな」
女王は再びにやりと笑った。
心底、嬉しそうな顔。
どうやら、魔法バトルが好きなのは本当らしかった。
「ただし、有力な魔法使いはすでにコンビをくんでおるから、ろくな使い手は残っておらんかもしれんぞ」
「もちろん、それで結構でございます」
ありがとうございます、とアビゲイルはもう一度頭を下げた。
「これは楽しみが増えたな」
メインクーンは顔をさすった。
「宴は3日後だ。それまでに体を休め、如才なく準備をしておけ」




