36 休日
◆
「さあ、店を見て回るわよー」
コトトはそう言って、腕まくりをした。
「ああっ! たまんない! お買い物大好き!」
目はらんらんと輝かせ、身震いをする。
よほど嬉しいらしい。
今日は完全休日。
しかも、ちょー気持ちのいい朝だ。
空は快晴で澄み渡り、鳥たちがのどかにぴよぴよと鳴いている。
「……で、なんで俺まで?」
眠い目をこすりながら言う。
俺は今日、コトトに朝一で起こされて彼女のショッピングに付き合わされている。
正直、今日くらいは一日ごろごろしていたかった。
アビゲイルたちと一緒に、ホテルでまったりしていたかった。
結局昨日は、ほとんど寝れなかったのだ。
床に寝ころんでいたせいで、体の節々が痛いし。
あの野郎のせいで、疲れが全く取れていない。
「荷物持ちに決まってるでしょ」
コトトはそういうと、俺の頭の上のポチに微笑みかけた。
「よろしくね、ポチ」
「キューン」
ポチは目を細め、嬉しそうにそう鳴いた。
「ポチだけでいい気が……」
俺は小声で言った。
「ん? 何か言った?」
先に歩き出していたコトトが半身だけ振り返る。
「なんでもないよ」
はあと息を吐いて、歩き出した。
コトトは笑顔で、嬉しそうに大股歩きで足を踏み出す。
背中を見ているだけでウキウキしているのが分かった。
まるで遊園地に遊びに来た子供のようだ。
商人って、こんなに買い物が好きなのか。
俺は思わず苦笑した。
まあ、今日くらい付き合ってやるか。
◆
俺は後悔していた。
やっぱり、女子の買い物なんてついてくるもんじゃない。
もう昼を過ぎようというのに、まるで止める気配がない。
コトトはぶっ通しで歩き続けた。
俺はへとへとで、もうホテルに帰りたかった。
「んー! 最高! こんなに楽しい仕入れ、初めて!」
コトトは手にした木片を嗅ぎながら言う。
「見てよ、この『魔香木』の香り! なんて上質なの! たまんないわ!」
「匂いは見えないよ」
俺ははあと息を吐く。
「つーか、まだなんか買うの?」
「でもさー、こんなに品質のものがそこらへんの商店に売ってるんだから、魔法大国ってのは伊達じゃないわよねー。この香木だって、ダーダリアンで買ったらいくらするか」
コトトは俺を無視して、恍惚の表情でうっとりとしている。
全く、商売のことになると目の色が変わるんだから。
「しょうがねえなあ」
俺は街角にある段差に腰を下ろした。
「あー疲れた。なあ、そろそろどっかのレストランでなんか食おうぜ」
「なに言ってんのよ。ご飯なら今朝ホテルで買ってきたわよ。ほら」
そういって、カバンから乾パンを3つ出す。
「へ? こ、これがご飯?」
「うん。これなら食べながら歩けるでしょ?」
コトトはニコニコ顔だ。
まじか。
俺はうんざりしながら、手を差し出した。
「お兄さんたち、何やらたくさん買いものしてるね」
ふと声がして振り返る。
目をやると、そこにはフードを深くかぶった黒ずくめの人がいた。
◆
声から察するに、男の人だ。
しかし、顔は見えない。
「え、ええ」
俺は訝りながら、そう返事をした。
「何か御用ですか?」
「アベルは初めてかい?」
「はい、まあ」
「なるほど。だから、そんなに勢い込んで買い物してるんだな。でも、本当の掘り出し物ってのは、表の店では売ってないよ」
男は低い声でそう言う。
「どういうこと?」
コトトが警戒するように、と半歩だけ後ろに退いた。
「というか、あなた何者なの?」
「ただの小売り業者だよ。訳店舗はもっていないがね」
男はくつくつと笑った。
見るからに怪しい。
俺は眉をひそめた。
「……で、何を売っているの?」
と、コトト。
(おい、やめとけよ)
俺は小声で言う。
が、コトトは無視をして、男をじっと見つめている。
「そっちのお嬢ちゃんがリーダーか」
男はくつくつと笑った。
「どうだ、嬢ちゃん。ぼろい儲け話があるんだが」
「ちょっと待てよ」
と、俺は言った。
「ど、どうして俺たちが商売やってるって思ったんだ」
「素人の買い方じゃねえもの。あんたら、よそで売ったら値が張るようなものばかり、狙い撃ちで買ってる」
男は即答した。
どうやら、後をつけていたらしい。
「俺たちの動きを監視していたのか?」
俺は聞いた。
「それが専門だからな。俺は、外国人専門の業者だ」
低い声で言い、肩をすくめる。
社会の狭間にいる人間――
俺はふいに、昨夜の商人の言葉を思い出した。
「で、どうだい」
男は言った。
「お嬢ちゃん、一つ、とても金になる良い道具があるんだが」
「道具?」
「薬だよ。一時的に、爆発的に魔力を上げる薬」
「回復薬とは違うの?」
「全然違う。魔力がないものでも、異常に魔力が上がる代物さ。魔石を使うことなく、あらゆる強力な魔法が使えるようになる」
魔石を使うことなく――魔法が使える?
そんなチートな薬が本当に存在するんだろうか。
俺は男をちらと見やる。
どうにも――怪しい。
「なぜ、そんな便利なものが裏で取引されているのかしら」
コトトは少し目線を強め、そう聞いた。
「少々危険だからね」
男はにやり、と笑った。
「だが、もちろんそれ故に旨みもあるぞ。外国では法外な高値で売れる。それに――偽造した入国許可証もつける。次からは、それを使って仲間を連れてくればいい」
どうだ? とフードの男は言った。
甘い誘惑だった。
お金が欲しいなら、この話に飛びつかない手はない。
コトトはしばらく黙り込んだ。
路上に、沈黙が流れる。
風が吹いて、路地奥に干された洗濯物がはためいていた。
遠くで鶏が鳴いている。
「やめておくわ」
やがて、コトトは言った。
「私は師匠から、絶対に売り買いしてはいけないものがあると教えられたの」
「絶対に売り買いしないもの?」
男は小首をかしげる。
「なんだい、それは」
「商人としてのモラルよ」
コトトは目をつむった。
「それを売り買いするようになったら、商売人は転がり落ちるだけだって」
「……へえ」
男は肩をすくめた。
「随分、青いことを言うじゃないか」
「最低限の処世術だわ」
コトトは口の端をあげた。
「その薬、いわゆる麻薬の一種でしょう? ダーダリアンでもならず者が取引していたわ。そんなものに手を出すなんてのは、商売人として敗北したと同じ」
男は黙り込んだ。
かなり長い間、そうしていた。
だがやがて、無言で踵を返した。
背を丸め、ポケットに手を突っ込んで歩き出す。
俺は男の背中を見ていた。
足が悪いのか、彼は右足を引きずるようにしながら、路地裏に消えていった。
◆
「さ、帰りましょ」
コトトは何事もなかったように言い、歩き出した。
「お、おう」
俺も彼女について歩き出す。
途中、最後に一度だけ振り返り、薄汚れた細い往来を見た。
魔法大国アベル、か。
どうやら、裏の顔がありそうだ。




