35 ホテルにて 3
◆
というわけで、である。
いよいよ、就寝時間になった。
俺はドキドキしている。
めちゃくちゃドキドキしている。
なぜなら、例の件、がまだ片付いていないから。
例の件――
すなわち、俺がマキと同じベッドで寝るというあれだ。
「お前たち、しっかり休息をとるようにな」
俺の緊張をよそに、アビゲイルは横になって布団をかぶった。
やがて、コトトの横ですぐに寝息を立て始める。
寝るのも早い。
「さ。私たちも寝ましょうか」
他方、目がらんらんとさえているマキがいう。
これみよがしに、胸元のざっくり空いたシルクのパジャマを着ている。
そしてそこから、放漫な胸の谷間がのぞいている。
い、意外とでかい。
い、いや、そんなことじゃなくて――
こいつ、なんでわざわざこんな格好で寝るんだ。
「お、おう、そうだな」
俺は谷間から目をそらしながら、ベッドの端にちょこん、と座った。
ただ、異論を言う気にはなれない。
女子の胸が見えるのに、それにわざわざ言及する男子高校生はいない。
「もう、そんなに端に寝なくても、もっと近づきなさいよ」
言いながら、マキは俺をベッドの中央に引きずった。
「いいってば、やめろって」
俺は抵抗した。
「なんでよー。アビちゃんも言ってたでしょ? ちゃんと疲れ取らなきゃ」
そう言って、俺の体にまとわりついてくる。
むにゅ。
胸が。
胸が背中に当たっている。
「さ、寝ましょうね――ってあれ?」
マキはそこで、コトトを見た。
彼女はアビゲイルの横で女の子座りをしながら、じ、と俺たちのやりとりを見ている。
「あれ? どうしたの、コトト? 寝ないの?」
マキがすっとぼけたように言う。
「ね、寝るわよ! あんたたちがうるさいの」
コトトは怒ったように言い、ぼすん、と横になり、寝返りを打って背を向けてしまう。
「あーら、ごめんね。もう静かにするから」
マキはそう言って、部屋の蝋燭を消して回った。
すると、室内は一気に真っ暗になった。
◆
5分ほど経った。
体は疲れ切っているはずなのに――目はギンギンに冴えていた。
それはそうだろう。
同じベッドのすぐ隣に、女の子が寝ているのだ。
しかも、マキは黙っていればかなりの美人だ。
胸も――めちゃ大きい。
い、いかんいかん。
こんなことを考えていてはいかん。
俺はぎゅっと目を瞑った。
すーすー。
マキの寝息が聞こえてくる。
あかん。
眠れへん。
興奮して、思わず関西弁になった。
しょうがなく、俺は目を開けた。
すると、さらに悪いことに、暗闇に目が慣れて来て、マキの寝顔が見えるようになってきた。
窓から射す月明かりも手伝って、結構はっきり視認出来る。
マキは目をつむり、少し微笑んだような顔で寝ている。
こいつを褒めたくはないが――
ぶっちゃけ、可愛い寝顔だ。
ごくり、と喉を鳴らす。
改めて考えるとすごい状況だ。
美少女が、同じベッドの上にいる。
手を伸ばせば届く距離にいる。
そうなのだ。
ここで、俺はかっと目を見開いた。
触ろうと思えば今にも触れるわけだ。
いや、それ以上のことだってできる。
例えば――例えば!
キスをしようと思えば、キスだってできるのである!
考えたくなくても、自動的にそんな風に頭が考えてしまう。
これはもう、男の性だ。
そんな風に悶々と見つめているとき、事件は起こった。
寝ているはずのマキの口が――動いたのだ。
(……んっ。ちょっと、ユウスケ、駄目だってば)
色っぽい声だ。
俺は眉を寄せた。
こいつ――何言ってるんだ?
(みんなが起きちゃうでしょ。……あんっ、そんなとこ、触っちゃダメだって――やんっ)
マキの独り言は続く。
俺は一瞬、理解できなかった。
だがその刹那。
「こらあああああああああ」
コトトががばっと飛び起きた。
続いて、部屋の明かりがぱっとつく。
「あ、あ、あんたたち、なにやってんのよお!」
「ほらー、ばれちゃったじゃない」
マキがなまめかしいため息を吐く。
よく見ると、パジャマをわざとはだけさせている。
「……ユウスケ?」
コトトがじろりと見る。
「あんた――何やってたの?」
「い、いや、何もしてないけど」
「……嘘言いなさい」
「ちょっと待て。誤解だって」
俺はぶんぶんと首を振った。
「お、おい、マキ、なんとか言えって!」
「うん、そうね。そうだよね。分かったわ。次から、声は出さないようにするね」
マキはもじもじしながら意味深なことを言った。
「でも、ユウスケも悪いよっ。いきなりあんなデリケートなとこ触れたら、女の子は声が出ちゃうんだから」
「誰がそんなことを言えって言ったよ!」
俺は怒鳴った。
「大体、俺はお前に指一本触れてねーだろ!」
「あ、ごめん。そうだよね、ここは、そう言っておくべきだよね」
ちろり、と舌を出す。
「でも……上手だったゾっ!」
マキはキャっと言って両頬に手を当てた。
「だから、そういう誤解を招くような言い方をするなつってんの! そんなこと言うから誤解が――」
ぞくり――。
その時、殺気を感じて、俺は振り返った。
ロープを持ったコトトが、そこに立っていた。
殺される――。
俺はとっさに思った。
「お、落ち着け」
俺は後ずさりをしながら言った。
「誤解だよ。俺、マキとはなんもなかったんだから」
思わず、不倫がばれたオヤジみたいなセリフを言ってしまう。
「……信用できない」
コトトはそう呟き、ロープをピシッと張った。
「ごめんね……こうするしかないみたい」
顔が普通じゃない。
「や、やめ、やめろ――やめてえええええええ」
◆
「あー、やっぱ一人で寝るとベッド広いわー」
マキの声がする。
俺はグルグル巻きにされ、床に転がされた。
どうやら俺は、ここで一晩寝ることになったようである。
身動きが取れない俺の耳に、「ケタケタケタ」という、悪魔の笑い声が聞こえてきた。




