34 ホテルにて 2
◆
夕方になり、俺たちは風呂に入った。
久方ぶりのまともな入浴。
マジで、涙が出るほど気持ちよかった。
女性陣も身ぎれいになって、旅の疲れを癒したようだった。
それから自分たちの部屋でうだうだやっていると、給仕に食堂へと呼ばれた。
綺麗な大広間には、すでにたくさんの料理が並べられていた。
「ひょー」
間抜けな声を出して、俺は駆けた。
ここまで、ろくな食事をしてこなかった。
口元からよだれが垂れる。
美味そうなもの見ると、本当に涎が出るんだな。
「ユウスケ。室内で走るな」
「あ、すんません」
アビゲイルにたしなめられ、すぐに立ち止まる。
「腹が減りすぎて、つい」
「いいか、ユウスケ」
アビゲイルはこほんと空咳をした。
「人間の本質と言うのは、こういう時に出るものなんだ。お腹がすいていても、いや、すいている時こそ、上品に、人間らしく振舞うのだ。マナーとは、そういうことなんだ」
アビゲイル大佐は確かに何をしていても上品だ。
発言にも含蓄がある。
さすが、上流階級の人間は違うな、と俺は思った。
この人たちを見て、テーブルマナーを学ぼう。
「ぐおー! めしー!」
そう決心した俺の横を、マキが猛ダッシュしていった。
◆
食事はどれもこれも美味しくて、俺は夢中で食べた。
テーブルマナーの話はぶっ飛んで、マキと取り合うようにしてがっついた。
やっぱ、根っからの庶民である俺に上品な所作なんかできっこない。
「兄ちゃんら、どこから来たんだい?」
散々食い散らかし、満足して茶をすすっていると、横に座った大柄な男が話しかけてきた。
「どうも見慣れない服を着ているけど」
「ダーダリアンから来ました」
俺は答えた。
「ほう。道理で」
男は出っ張った腹をさすりながら言った。
「どこか垢抜けた人たちだと思ったよ」
男はそう言ってアビゲイルを見た。
やはり、こうして普通にしていても何かが違うんだろう。
「おじさんはどこから来たんです?」
「俺はベジアだ」
「ベジア?」
アビゲイルが口を挟んだ。
「ベジアは確か、アベルとは国交がないはずでは」
「ないね。表向きには」
「表向きには?」
「まあ、コネと金だよ」
男はビールをぐびと煽りながら言った。
「お金で――入れるんですか?」
今度はコトトが言った。
「そりゃそうだ」
男は眠そうな、とろんとした目で言った。
かなり酔っているらしい。
「でも、この国は完全独立国家ですよね。それも、かなり貿易を制限してる。国の外壁を見ても、他国からの干渉も拒否している」
コトトは男の方に近づいた。
「だから、それが表向きだって言ってんだ」
男はひっひと笑った。
「あんたら、この国のこと、よく知らねえようだな」
「何か、あるんですか?」
コトトは体を前傾させ、息をのんだ。
「そりゃあ、あるさ。これだけ閉鎖的な国だ。秘密が無いわけがない」
男はまるで講釈を垂れるように、人差し指を立てた。
「この国は一見豊かなように見えて、その実かなり不安定だ。歪な全体主義のせいで、貧富の差が広がっている。格差が広がれば、社会には隙間が生まれる。その穴に、俺たちは滑り込むのさ」
「法が機能していないと」
アビゲイルが聞く。
「そういうことだ」
男ははあと息を吐いた。
「この国の繁栄は、労働者階級に相当な負担を強いた上に成り立っている。そのせいで、彼らは非合法に稼がないと食っていけないのさ」
「あなたは、ここに何を買いに来てるんです?」
「決まってるだろ。魔法具だよ」
魔法具。
この国で作られているという、魔法と道具を組み合わせて作る技術だ。
「非正規に作られた粗悪な魔法具を大量に買ってる。まあ、それでも他国のものより優秀な品だがな」
男はそこで言葉を止め、ぐびりとビールを飲んだ。
「そんな話、してもいいんですか?」
コトトが聞いた。
「構わんよ。みんな知ってることだ。警察だって知ってる」
そう言って、ひっひと笑う。
俺はこの街を歩く人々のことを思い出した。
お洒落な街並みとは裏腹に、どこか疲弊した色があった。
ワイロと密売、か。
中々、きな臭くなってきた。
「ところで、あんたらは何をしにここへ来たんだ? 商売人のギルドには見えんが」
「私たちはアベルの世界樹の恩恵を受けに参りました」
と、アビゲイル。
「世界樹?」
男は眉を寄せた。
「それは、アベル産の魔石を頂きに来たってことか?」
「ええ。一度だけ、恩恵を引かせていただこうかと」
「……あんたら、何者だ?」
男は急に声を落とした。
「世界樹の話となったら、女王との話し合いになる。普通の人間が、陛下に会えるとは思えんが」
女王。
アベル国の国王は女性なのか。
「私たちはダーダリアン国王の使徒として来ております」
アビゲイルはいった。
「ダーダリアンの国王?」
男は目を丸くした。
「そ、そいつは――へえ、大変失礼な物言いをしてしまいました。下賤な口をきいてしまいました」
急に居住まいをただし、かしこまる。
「やめてください」
アビゲイルはにこりと笑った。
「こちらも、この国のことを色々と教えていただきました。どうか、そのままで」
「そうか。じゃあ、そうさせてもらいますわ」
男は微笑んで、ぺこりと頭を下げた。
「ただ、いくら国王からの命でも、厳しいんじゃないかと思いますがね。ダーダリアンの王様も、強力な魔法兵団がいるアベルとの関係は壊したくないだろうし。あまり強固にいかないほうが良いかと思うが」
「……なるほど」
アビゲイルは神妙に言い、顎に手を当てた。
「いや、ちょっと待てよ。そう言えば」
と、男が膝を打った。
「今お城では、魔法バトルの大会が行われているんだ。たしか、それの優勝者は魔石をもらえるとか言ってたような気がするな」
「魔法――バトル?」
「女王が無類のバトルマニアでね。戦いを見るのが好きなんだ。だから、あんたたちが優秀な魔法使いなら、その大会への参加も認められるかもしれないな」
「優秀な魔法使い、ですか」
「そうだ」
それから男は俺たちを見まわし、「あんたたち、魔法使いはいるのかい?」と聞いた。
俺たちは一斉に、席の端にいるマキを見た。
まだチキンを頬張っている。
「ほえ?」
マキは視線に気づいて、首を傾げた。
「ふぁに? ふぁんかふぉう?」
口元に、べったりと油がついている。
「……こいつで、大丈夫ですかね」
俺はアビゲイルにきいた。
「大丈夫……だろう。真面目にやりさえすれば」
アビゲイルは微妙な顔つきで言った。
「……真面目にやればいいけど」
コトトが言う。
その言葉に、俺は大きく頷いた。




