32 魔法大国 アベル 2
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尖った屋根の家。
モザイク調の石畳。
道を行く馬車たち。
往来に立ち並ぶ露店。
初めて見る街というのは、なぜこんなにも胸がわくわくするんだろうか。
俺は意味もなくニコニコしながら歩いた。
アベルの町並みはレトロでとてもファンタジックな感じだった。
色彩は豊かだし、建物は可愛いし。
まるでゲームに出てくる古代ヨーロッパの風景のようだ。
道を歩く人の服装は、少し変わっている。
みな、フード付きの黒い装束を着ているのだ。
そして、みなどこか元気がない。
お洒落な風景に似合わず、雰囲気は少し暗かった。
「あ」
不意にコトトが空を指さしたので、釣られて目を上げる。
すると箒に乗った黒ずくめの魔女が、音もなく飛んでいた。
「すげー」
俺は呆けたように言った。
あんな絵にかいたような魔法使いもいるんだな。
◆
「はーダッサい服」
と、マキが辺りを見回しながら言った。
「ったく、こいつらいつの時代の魔女よ。呆れちゃうわ」
彼女はショッキングピンクの魔装束を着ている。
はっきり言って、下品な色だ。
「マキが変わっているだけでしょう」
と、アビゲイル。
「ダーダリアンでもそんな目立つ服を着た魔法使いはいませんから」
「そんなことないってー」
マキはくるっとその場でターンした。
「魔女だって、お洒落するのは当然でっしょー。女の子なんだもん」
あんまりお洒落には見えないな。
いや、お洒落とかよくわかんねーけど。
「……何よ」
俺の視線に気づいたマキが低い声で言った。
「何か文句あるわけ?」
「い、いや、ないよ。あ、そういえばさ」
俺は慌てて話を変えた。
「さっき、門兵が大佐のことを城に確認してたけど、あれ、どうやってたの?」
俺たちがこの国に入るとき。
門番たちはアビゲイルという名を聞いて、顔色を変えて「確認する」と言って待たされた。
しかし、ものの10分ほどで、入ってもよいと許可が下りたのだ。
「通信用の魔石でしょうね」
と、コトトが言った。
「それも、多分、画像も送れるタイプのやつ」
「画像も?」
「そう。アベル産の魔道具。世界でもここでしか作られてないの」
俺ははあ、と息を漏らした。
そんなものがあるのか。
魔法技術ってやつか。
しかし、まるでスマホだな。
機械と魔法。
この二つ、実はどこか似ているのかも。
「では、まずは宿を探そうか」
アビゲイルが辺りを伺いながら言った。
「考えてみれば、ダーダリアンを出てから一度も休んでいない。さすがに疲れただろうからな」
「やったー!」
マキが両手を上げた。
「久しぶりに、ちゃんとしたベッドで寝れる!」
「ほんとね」
コトトも半眼になり、安堵の声を出す。
マキのようにぎゃあぎゃあ騒がないだけで、彼女も気持ちは同じだったんだろう。
「それで、ですね」
と、コトトが控えめに手を上げた。
「大佐。ちょっとよろしいですか?」
「なんだ?」
「あの、もしよかったら、あとでちょっと自由時間が欲しいなって。せっかくだからほら、この国の商店とか、見て回りたくって」
「ふむ」
アビゲイルは顎に指を当て、しばし考えた。
「そうだな。では、明日は一日、休日にしようか」
「い、いいんですか?」
コトトの目がらんらんと輝く。
「よーし、明日は見て回るわよー!」
◆
その日、アビゲイルが決めた宿に、俺たちは入った。
立派な外観の、ちょっと値の張りそうな宿屋。
「4人部屋はありますか」
アビゲイルは受付の男に言った。
「ええ、ございますよ」
「では、一部屋たのむ」
「かしこまりました。料金は先払いとなりますので」
「ああ、ちょっと待ってくれ」
アビゲイルは財布に手をかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください」
俺は横から口を挟んだ。
「一部屋しかとらないんですか?」
「当然だ。贅沢は出来ん」
「で、でも」
「なんだ」
アビゲイルはじろりと俺を見た。
「もしかして貴様、一人部屋じゃないと嫌だとわがままいう気か」
「い、いや、そういうわけじゃないんですけど」
俺はかぶりを振った。
「あの、俺、一応男なんですけど、いいんすか?」
「男だからなんだ。これまでも、同じ部屋で寝起きしただろう」
「そ、そうですけど、こういうちゃんとした宿だと、なんていうか――」
緊張しそうだ。
「嫌なのか?」
と、アビゲイル。
「いや、嫌じゃないっすよ!」
俺はぶんぶんと首を振った。
「むしろ、逆です。大佐たちは嫌じゃないんですか?」
「嫌か?」
アビゲイルが後ろの二人に聞く。
「別にー」
「私も大丈夫だよ」
マキもコトトも即答した。
うーん。
この、男として見てもらえていない感。
……まあ、みんながいいならいいけどさ。
「あ、分かった!」
と、マキが手をポンとたたいた。
「なんだよ」
と、俺。
「なるほどねー。そういうことかー。だからユウスケは一人部屋がいいのねー」
むふふ、とマキがにやける。
「な、なんだよ、その眼は」
「いっやー、考えてみればさ、旅を始めてからこっち、ろくに一人きりになれていないもんねー。若い男の子からすると、溜まっちゃうよねー、色々と」
「なんだ?」
アビゲイルが眉を寄せる。
「一人にならないと、何か不都合があるのか?」
「あるのよ。アビちゃん」
「なんだ。理由を言ってみろ。納得出来たら、一人部屋を用意してやらんこともないぞ」
「ほら。ユウスケ、ちゃんと言いなさい」
マキはそう促す。
俺はぶんぶんと首を横に振った。
「い、いや、お前、何を言わせたいんだよ」
「そんな我慢しないで良いのよ」
マキはやけに優しい目になる。
「あんたくらいの年の男の子だったら、そりゃたまるわよね」
「なんだ、さっきから溜まる溜まると」
アビゲイルはずい、と俺に近寄った。
「なにが溜まるのだ?」
「い、いや、大丈夫っす。溜まってないっす」
「いーや、溜まってるわね。きっとパンパンだわ」
俺は顔が赤くなった。
こいつ――なんてデリカシーがねえんだ。
「パンパンなのか?」
アビゲイルが小首を傾げた。
「どこか、膿でも溜まってるということか? どれ、見せてみろ。私が抜いてやる」
そう言って、アビゲイルが近づいてくる。
俺はいよいよ硬直した。
……大佐。
大佐がそんな言葉言ったら駄目っす。
思わず、体をくの字に曲げた。
すいません。
どうやら俺――
たまってます。
「ま、マジで大丈夫っすから! みんなと同じ部屋でいいっすから!」
「そうか? しかし、化膿すると厄介だぞ。痛くしないから、見せてみなさい」
アビゲイルはしゃがみ込み、上目遣いで俺を見る。
うわ、と俺は思わずごくりとつばを飲み込んだ。
大佐は普段から絶世の美女だけど――
このアングルだと、いつにも増して……鬼可愛い。
「いいっす! まじで、これ以上はもういいっす!」
これ以上は本気でヤバイ。
俺は逃げるように廊下の隅に駆けた。
ケタケタケタ、という笑い声がして、目を移す。
すると、マキがお腹を抱えて笑っていた。
……この野郎。




