26 モンスター討伐当日
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次の日の早朝。
まだ外は朝霧がもやっており薄暗い。
山の朝は寒くて、少し身震いした。
俺はのっそりと起きだして、辺りを伺いながらテントを出た。
アビゲイルとマキはすでにムヒタリたちとの打ち合わせを済ませた後だった。
しまった、と思った。
モンスター討伐の役に立たないんだから、せめて作戦会議くらいには参加したかったのに。
「す、すいません」
俺は痛みに顔をゆがませながら言った。
全身、筋肉痛である。
少し動くだけで体中に響く。
「今日はゆっくりしていなさい」
アビゲイルは少し険しい表情で言った。
「休むことも修行の一つです」
厳しいけど、優しい言葉。
それに比べて――
「ほんとあんたは無能ね」
マキの言葉は厳しい。
「私を見習いなさいよ。真のプロはね、体調管理も怠らないものなのよ」
さっきまで二日酔いでげーげーしてた癖に――。
喉まで出かかった言葉を飲み込んで、俺はもう一度「すんません」と頭を下げた。
◆
俺は胡坐をかき、コトトの寝顔を見ていた。
アビゲイルたちが出かけてから、やることがない。
一人でいても心配だから、コトトの様子を見に来たのだが――彼女はまだ夢の中だった。
あの二人ならきっと大丈夫なんだろうけど、それでも不安だ。
何しろ二人とも、見た目は普通の女の子だ。
どうか――無事で帰ってきてほしい。
「……なに?」
コトトの声がして、物思いから覚める。
彼女は寝ころんだまま、いつのまにか目を開いて俺を見ていた。
「おう、起きたのか」
「なによ。あんた、ずっとそこにいたわけ?」
「ああ」
「ああ、じゃないわよ」
コトトはなぜか不機嫌そうに体を起こした。
「ずっと寝顔見てたワケ?」
「え? うん、そうだな。ちょっと前から」
「それって……デリカシーなさすぎなんだけど」
「なんで?」
「なんで、って――分かんないわけ?」
「分かんない」
「バカ」
コトトはツンとそっぽを向いた。
「女の子の寝顔を見続けるなんてさ、悪趣味だよ」
「そうかな」
「そうよ。恥ずかしいじゃん」
「なんで? あんなに可愛い寝顔なのに」
「か、可愛いって――」
コトトの顔がぼっと赤くなる。
「そ、そういう問題じゃないんだけど!」
「じゃあどういう問題?」
「乙女心の問題よ! ほんと、あんたって最低だわ!」
コトトはそう言って、枕がわりに使っていたカバンを投げつけて来た。
「おはようございます」
とその時。
村の青年の一人がテント内に入ってきた。
背の高い、痩せた青年だ。
手足が長く、まるで蜘蛛みたいな感じ。
この青年――たしか、オンバメとか言う名前だった。
「昨夜はよく眠れましたか?」
「はい。おかげさまで」
俺は言った。
「それはよかった」
オンバメは柔和そうに微笑んだ。
「朝食が出来てるんですが、ご一緒にどうで――」
「ありがとうございます!」
コトトはオンバメを遮って、勢いよく手をあげた。
「実はもうお腹ペコペコなんです! ガビビ族の人たち、とても料理上手なのよね。ああ、どんな食事が出てくるかしら!」
デリカシー、ねえ。
俺とオンバメは目を合わせて、どちらともなく苦笑した。
◆
外に出ると、ドォォン、という鈍い、響くような音がした。
それに続いて、キンキンと金属がぶつかり合うような音。
「始まったようですね」
と、オンバメが山奥のほうを眺めながら言った。
「ほんとですね」
釣られるように視線を追う。
思わず、ぎゅっと手を握ってしまう。
「大丈夫だってば」
コトトは肩をすくめた。
「ユウスケってば、どうもあの二人――アビゲイル大佐と大魔法使い・マキのすごさが、イマイチ分かってないのね」
「ああやはり」
歩きながら、オンバメが言った。
「やはり、あのお方は天才剣士・アビゲイル様でしたか」
「知ってるんですか?」
「ええ、もちろん」
彼は頷いた。
「アビゲイル様の噂は国外にも轟いていますよ。なんでも傾国の戦闘力と美貌を持ち合わせているとか。いや、容姿の方は噂通り――いや、噂以上でしたね」
「へえ」
俺は目を丸くした。
やはり、俺はとんでもない人物とパーティを組んでいるんだな。
「驚いてらっしゃいますね」
オンバメが聞いた。
「ああ、すいません」
俺は頭をがりがりと搔いた。
「実は、俺たち、急場でこしらえたパーティで」
そう。
俺は、大佐のことをほとんど知らない。
「そうだったんですか」
と、オンバメは短く頷いた。
「しかし、それにしては仲が良い」
「そんなことはないっすけど」
俺は何故か照れた。
女の人と仲が良いと言われると、褒められた気がするのだ。
しかし、このオンバメという男。
とても気さくで、腰が低い。
未開の土地にすむ少数民族とは思えない。
なんていうか――優秀なホテルマンのようだ。
「では、アビゲイル様が戦っているところは見たことが無いので?」
「弱いモンスターと戦っているところは見ました。けど、それだけじゃあイマイチすごさが」
「そうでしょうね。このあたりの雑魚相手じゃ、本気のアビゲイルさんの力を見ることは出来ないでしょう」
「そうっすねえ」
俺はもう一度、大佐たちが向かった山奥の方へと目を移した。
出来れば、モンビーレと言う強敵との戦いを直で見てみたかった。
「やあ、着きました」
広場までやってくると、オンバメは俺たちを振り返った・
「とりあえず今は、アビゲイル大佐たちの話はあとにしましょう」
「そうね」
と、コトトが目を輝かせる。
「まずは腹ごしらえよね。なんにしても、有事に備えてご飯は食べておかなきゃ――って、あれ?」
すぐに、コトトは様子がおかしいことに気付く。
そうである。
連れていかれた場所には、何の用意もされていないのだ。
パチン、オンバメが指を鳴らした。
すると、ぞろぞろとテントから村の若者たちが出てきた。
その手に持っているのは美味しそうな料理――などではなく、物騒な武器や拘束具のようなものだった。
「えっと、オンバメさん、これ、どういうことでしょうか」
オンバメは俺たちを振り返り、肩を揺らしてくつくつと笑った。
「どうもこうもねえだろ」
「え?」
「まだ気付かねえのか。お前ら、本当に馬鹿だな」
「ど、どういう――」
「アビゲイルとあの魔法使いは厄介だからな。まともにぶつかっても勝ち目はない」
「あ、あの、オンバメさん。なにを言ってるんでしょうか」
俺はお伺いを立てるように聞く。
心臓がどくどくとうるさい。
これ――なんかすげー不味い状況じゃね?
「お前らは人質だ」
オンバメはどろりと澱んだ目で言った。
「大人しくしてねえと、首を掻っ切るぞ」




