25 ユウスケとアビゲイル
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「モンビーレは夜行性です。ですから、動きの鈍い朝早くに叩くのが良いと思います」
ムヒタリがそう提案したので、俺たちは村の家を借りて一晩を明かすことにした。
釣り天井から動物の皮を鞣して作られたテントの中は、外から見るよりずっと広い。
その中に、乾燥した藁で作られた簡易のベッドのようなものが敷いてあった。
モンビーレ討伐は明日の朝一番。
やつはガビビ族が祀る世界樹に巣くっている。
双頭のドラゴンで、それぞれの口から火と雷を操るキメラらしい。
ガビビ族の青年団はかなり戦闘能力が高そうだが、それでも歯が立たないというのだから相手の力は推して知るべしだろう。
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「意外と広いっすね」
藁の上に胡坐をかきながら、俺は言った。
住居内には俺とアビゲイル、それから離れたところでダウンしているマキがいる。
コトトは秘密の多いガビビの生態を知りたいと、彼らに話を聞いている。
「しかし、一つ疑問だったんすけど」
と、俺は言った。
「さっきの村、年寄りと子供がいなかったっすね」
「……そうだな」
大佐はまだテント内を調べている。
「だが、避難しているのではないかな。先ほど、ムリタリではない男がそのようなことを言っていた。一度、この場所にやつが来たことがあるらしい」
「ま、マジすか」
俺はごくりと喉を鳴らした。
手に汗がにじむ。
だが、それはモンスターのことだけではなくて――
俺はちら、とアビゲイルを見た。
こうして大佐と二人きりで話すのは初めてだ。
改めて見ると――やっぱすげー美人。
俺は内心、ずっとドキドキしていた。
「大佐とマキがいれば大丈夫なんでしょうけど、やっぱりちょっと心配ですよ」
「大丈夫だと言っておろう」
アビゲイルはようやく警戒を解き、剣を鞘ごと腰から外しながら言った。
「心配するな。お前たちはここに残していく」
「え、でも」
「お前たちは足手まといだ」
「そ、そうですか」
はっきりと言われ、俺は俯いた。
返す言葉もない。
今のところ、俺とコトトは、仲間と言うよりは雑用係なのだ。
いつかは強くなりたいな。
漠然と、そんな風に思った。
「でも、マキは大丈夫ですかね」
俺は横でダウンしている彼女を見ながら言った。
「あんなんで、明日闘えますか?」
「問題ない」
アビゲイルは短く息を吐き、肩をすくめた。
「駄目なら、あいつも置いていく」
「ま、マジですか? 一人で勝てますか?」
「勝てる」
「で、でも、まだどんな奴かもわかんないのに」
「勝てる」
アビゲイルはもう一度言った。
「一対一で私が勝てないモンスターなど、この世に存在せん」
その顔には、微塵の衒いもなかった。
強がりではない。
確信しているのだ。
すごい――自信。
「アビゲイル大佐は、いつからそんなに強いんですか?」
俺は聞いてみた。
「さてな。物心ついたときから、人に負けたことはない」
さらりと言ってのける。
「物心ついたときから――って、大人にも、ですか?」
「ああ」
俺はごくり、とのどを鳴らした。
マジか、この人。
この人は――本物だ。
天才なんだ。
「なんていうか、俺とは住む世界が違いますよね」
俺はあははと乾いた声を出した。
「なんていうか、すいません」
「何を謝る必要がある」
「いや、なんか、俺、こんなんで」
「なんだそれは」
アビゲイルはくすりと笑った。
「お前にはお前の役目がある。なにを引け目に思うことがある」
そうっすかね、と俺は後頭部を搔いた。
なんか、心がちょっと軽くなった。
「大佐って、優しいっすね」
と、俺は言った。
「思ってた感じと違うって言うか」
「優しい――か」
アビゲイルは自嘲気味に笑った。
「それは私を見損なっているぞ」
「へ?」
俺は首を傾げた。
「それはどういう意味ですか」
「私は優しい人間ではない。むしろ逆だ。人を不幸にしてばかりの女だ」
アビゲイルは目線を強めた。
ぞくり、とした。
冷たい目だった。
「あ、あの」
「私の心には鬼がいる」
と、アビゲイルは一人ごちるように言った。
「恐ろしい鬼だ。あらゆる人間を監視し、疑い、そして追い詰める」
「あの、大佐、いったい何を――」
俺は眉を寄せた。
と、その時。
そう言えば――と、俺はその時、森にある温泉でのやりとりを思い出した。
『アビゲイル大佐は軍内部に敵が多い』
マキはそう言っていた。
「す、すいません。なんか、俺、まずいこと言っちゃいましたか」
俺は頭を下げた。
「……ああ、悪い」
アビゲイルは物思いから覚めたように俺を見た。
「今日は少し喋りすぎた。いかんな。お前が相手だと、なぜか口が軽くなってしまう」
「では、明日も早い」
アビゲイルは話を打ち切り、ごろんと横になった。
「お前も寝ておけ。山を歩き回って疲れただろう」
俺ははい、とうなずいた。
今日、少しだけ大佐と近くなれた気がした。




