17 少数民族が祀る世界樹
◆
これから初めての冒険が始まる。
俺はドキドキしながら、ダーダリアンの城下町を出発した。
町の外にはまず、見渡す限りの草原が広がっていた。
強い風が吹いて、思わず目を細める。
地平線の向こうには高い山々の稜線が見えた。
俺たちはここから、ダーダリアン国の領土を出るまで川沿いに南下し、さらに広大な密林を抜け、その向こうにある山脈を目指す。
そこは地図上はどこの国にも属しておらず、少数民族が暮らしている未開の土地だと言う。
アビゲイルの話では、お目当ての「天佑世界樹」はそこにあるらしい。
5分も歩かない内に、モンスターが現れた。
鱗粉をまき散らす、巨大な蛾のような魔物だった。
俺は身構えたが、初戦闘は一瞬で終わった。
あ、と思った時にはもう奴らは真っ二つになって落ちた。
俺の出番、ねえや。
俺は安堵するとともに、張り切っていた自分がちょっと恥ずかしかった。
そして俺は、アビゲイルやマキがあまりにあっさり倒すので、やがて戦闘にも慣れていった。
◆
「まだ発見されて日が浅い世界樹だ。小さな部族が守っているようだが、油断は禁物。あの辺りはモンスターも強いと聞くからな」
川沿いの道なき道を歩きながら、アビゲイルはそのように話した。
「余裕っしょ。私とアビちゃんがいれば余裕っしょ」
マキは茶化すように言った。
たしかに、余裕だろうな。
俺は必死に二人について歩きながら思った。
この二人は全く底を見せていない。
直感的にそう思った。
この二人の後ろにいる限り、俺とコトトに危険な目に会うことはまったくない。
◆
日が傾きだしたころ、一度休憩をとった。
俺のための休憩だ。
ほんと、俺は一般高校生と比べても体力がない。
みんなについていくだけでひぃひぃ言っている。
俺は岩場にしゃがみこみ、背を丸めて項垂れた。
「あの」
木陰で休んでいると、コトトがマキに聞いた。
アビゲイルは水を汲みに行っている。
ぶっちゃけ、三人にされると困る。
コトトとマキはなんつーか……
微妙な空気なんだよな。
マキはやっぱり、コトトのことを認めていないみたい。
「その杖って、どう言った品物なんですか?」
コトトがマキの杖を見ながら言った。
どうやら、距離を詰めようとしてるらしい。
がんばれ。
俺は心の中でコトトを応援した。
「これ?」
マキは持っていた杖を軽く上げた。
杖の胴に葉っぱのような意匠の紋章がある、金属で出来た杖だ。
先端には、黒い球体が誂えてある。
「うん。ちょっと見ても良いでしょうか?」
「別に良いけどー」
マキはちょっと口をとがらせて、それをコトトに手渡した。
「やっぱり……見たことも聞いたこともない武器だわ」
コトトはひとしきり鑑定すると、そう呟いた。
「特に、この黒い球体。金属でもないし、鉱石でもない。少し魔力も宿っているみたいね。一体――どこで手に入れたのでしょうか?」
コトトは未知の道具に目を輝かせながら聞いた。
世界の武器防具に明るいコトトが「見たことがない」と言うのだから、相当レアなものなんだろう。
そう言えば、ゴードンも似たようなことを言っていた。
「どういう品って言われても――物心ついた時には持ってたから」
「代々、家系で受け継いでいるものってことですか?」
「ううん。私が今の親に拾われたときに、持っていたんだって」
「拾われた?」
思わず、俺は口を挟んだ。
「そ」
マキは肩をすくめて、俺たちから目線を外した。
「戦争孤児ってやつね。子供のころの記憶はほとんどないんだけど、気付いたらこの国の孤児施設にいたわけ」
とんでもないことを、さらりという。
「ご、ごめんなさい」
コトトが謝る。
「謝ることないってー」
マキが頬をほりほりと掻いた。
「だからやなのよねー。こういう空気になっちゃうからー」
「でも」
と、コトトが自嘲気味に笑いながら言った。
「でも、それじゃ、私と同じですね」
「え?」
マキは思わず目を開いた。
「あんたも、孤児なの」
「うん」
「……ふーん」
マキは短く頷いた。
値踏みするように、コトトを眺めている。
「ただ私の場合は、お金に困った両親に捨てられただけなんですけどね。マキさんと違って、両親の記憶もばっちりある」
コトトはあはは、と笑いながら言った。
両親の思い出がある分、そちらのほうが残酷かもしれない。
俺はずきりと胸が痛んだ。
――商人がお金を稼いで何が悪いの。
つと、以前コトトが言っていた言葉を思い出す。
きっと、お金には特別な想いがあるんだろう。
マキは「そう」とだけ言って、黙り込んだ。
すぐに背を向けてしまったので、表情は伺えなかった。
「待たせたな。では、進むとしよう」
やがて、アビゲイルが帰って来た。
「うぃっす」
「はい」
俺とコトトは返事をした。
「コトト」
マキが、コトトに向かって言った。
「なんですか?」
「今日から、敬語はなしにしましょ」
「え? でも――」
「同じ仲間なんだから」
それだけ言い、マキは歩きだした。
そしてその途中、一度振り返り、
「ユウスケ。あんたもだからね」
と言って、指をさした。
「ああ、わかった」
と、俺は言った。
ふと横を見ると、彼女の背中を見ながら、コトトは微笑んでいた。
◆
「さて、そろそろお目当ての世界樹がある山が見えてくるぞ」
アビゲイルが地図を見ながら言った。
「……その地方に住んでいるのは、ガビビ族ですね」
神妙に言ったのは、コトトだった。
「うむ」
と、アビゲイルは頷いた。
「知っておるのか」
「はい。あの地方からはよい防具の材料となる石が採れるのです。師匠から、一度教えてもらったことがあります」
コトトは淀みなく答えた。
こいつはやはり物知りだ。
商売のノウハウではゴードンには負けるかもしれないが、知識量は負けてない。
「ならば、私が憂慮していることも分かるな」
「ええ。おそらくは」
コトトは神妙な声音で言った。
「憂慮……ですか」
そこで、俺が口を挟んだ。
「えっと、何か問題でもあるんでしょうか」
なにを心配することがあるんだろうか。
アビゲイルとマキさえいれば、どんな危険も楽勝に思われた。
「ガビビ族は、別名『首狩り族』って言われてるんだよ」
と、コトトが言った。
「く、首狩り族?」
驚いて、思わず声が裏返った。
一気に背筋が冷えた。
恐ろしく、強烈なワードだ。
「そうだ」
と、アビゲイルが後を継いだ。
「やつらはかなり好戦的な部族だ。敵と判断したら容赦はしない。全力で襲ってくる。噂では、戦闘能力もかなり高いと聞く」
「余裕だってば」
マキはのん気に答えた。
「アビちゃんがいるんだから」
「むろん、私たち二人だけなら問題はない。だが――」
アビゲイルはそう言って、俺たちを見た。
「ああ、こいつらね」
マキは苦笑した。
「うむ。相手はモンスターでは無く人間だ。奴らには知恵がある」
「まあね。人質にとられたりしたら厄介だし」
俺とコトトは目を合わせた。
どちらともなく、ぶるっと震えた。
「ユウスケ。コトト」
と、アビゲイルが言った。
「とりあえず、やつらの縄張りに入ったら、私たちから離れぬように」
言われなくともそうさせていただきます。
はあ――と、俺は背を丸めた。
いきなり、すんげー怖い。




