99 メーティスの魔石
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それから。
俺たちは遊覧船の中に設えられている駄々広いワークスペースへ移動した。
「この魔石は『神裁』というの」
木製の椅子に座ると、コトトは早速、魔石の鑑定結果を話し始めた。
「『神裁』?」
「そう」
コトトは頷いた。
「さっきも言ったけど、これ、メチャメチャヤバイ魔石みたいなのよ。おそらく、全ての魔石の中でもトップレベル」
「詳しく話せ」
と、アビゲイルが前のめりになった。
「具体的に、どう危ないのだ」
「分かりました」
コトトは幻想図書館から借りた本を広げ、このページに書かれているんですが、と言った。
「まず、『神裁』の最大の特徴は、その効果が無作為に発露するというところです」
「無作為に――?」
「はい。それも、発動者にとっていいものが出るか悪いものが出るか、それすらも全く読めないんです。福音書には、発動させると「大地震が起こり国が滅びた」やら「原因不明のウィルスが発生し民族が悉く滅した」やら、実に恐ろしい記述が残されているそうです」
俺はごくりと喉を鳴らした。
国を一つ滅ぼすほどの威力――か。
こいつはマジで使い方を間違うととんでもないことになりそうだ。
「それ以外にも、”術者が突然死”したとか、”パーティーの全員が突然存在を消された”とか、物騒なものがつらつらと書かれていました」
コトトはそういって目を伏せた。
「はっきり言って、不吉な魔石と言わざるを得ないですね」
ふむ、とアビゲイルは顎に手をあてた。
深刻そうな顔で何やら思案している。
「良いほうの効力が出ることもあるのか?」
と、俺は聞いた。
「もちろん」
とコトトは頷いた。
「味方のHP・MPが完全に回復したとか、一時的にステータスが向上したとか、ね。そういうことも起こるみたい」
「なんだそれ」
俺は眉をひそめた。
「良い効果と悪い効果のバランスが全然とれてねーじゃん」
「そうなのよね。ぶっちゃけ、これはただ単に危ない魔石だわ」
コトトはそういって口を曲げた。
「絶対に発露させてはいけない魔石」
「ふむ」
アビゲイルは頷いた。
「どうやら、我々が使用する機会はなさそうだな。だが、知性のある魔物などの手に渡ると非常に危険だ。ポチの中に入れて、厳重に保管しておこう」
「分かりました」
と、コトトは頷いた。
「間違って使うと大変ですもんね。他のメンバーにも、魔石は全て、私とアビゲイル大佐の許可がないと使用できないように伝えておきます」
「うむ」
アビゲイルは短くうなずいた。
「その辺りは徹底しておけ。万一が起こってからでは遅いからな」
分かりました、とコトトはもう一度、今度はことさら大きく頷いた。
「しっかし、魔石って必ずしもいいもんじゃないんっすね」
と、俺は言った。
「そりゃあそうよ」
コトトは肩をすくめた。
「ミカエル様も言ってたでしょ? この世界は人間のためだけにあるんじゃないって」
「なるほど、なあ」
俺は背もたれに体を預け、うん、伸びをした。
「ちょっとなんか、考えさせられるなぁ」
つまり、魔石とは人間にとって便利なツール、というわけではないのだろう。
例えば草や木、風や雨などと同じ。
それを人間が都合いいものだけ利用している。
世界には善も悪もなく、ただそこに存在しているだけ。
ふと、ミカエルの言葉が頭をよぎった。
「アビちゃーん」
その時、マキとアリスが入室してきた。
「もうすぐ着くみたいよー。船長が、アビちゃん呼んで来てってさー」
「分かった。今行く」
アビゲイルはそう言って立ち上がった。
それから最後に「では、くれぐれ慎重に保管するようにな」とコトトに言った。
◆
「もうじき、幽霊島が見えて来る」
と、船長が言った。
「もう一度確認しておくが、俺たちは幽霊島には入らねえからな。小型の船を貸してやるからそれで入島しろ」
「分かりました」
とアビゲイル。
「では、どれくらいこの場に停泊していてくれますか」
「2日――いや、3日はここにいてやる。それを超えたら、俺たちは勝手に帰らせてもらうぞ」
「十分です」
アビゲイルはそういって頷いた。
こうして。
俺たちはいよいよ『幽霊島』に入ることになった。




