文学少年
学校帰りに古本屋に行って、本を一冊買って帰るのが少年の日課だった。
気になったタイトルの本を手に取り、表紙を見て、裏返してあらすじを見る。慣れた一連の動作を繰り返し行い、少年は推理小説を購入することにした。
「ふへへっ」
魅力的な本が出合えた少年は少しニヤけた表情をしてレジで会計をする。家に急いで帰り、ご飯と風呂を済ませてベッドに寝転ぶ。読書をする時はベッドの上が少年にとってベストポジションである。
準備は万端。少年の読書タイムの始まりだ。
物語の内容は一般的なもので、とある豪邸で密室殺人が起こり、事件を解決していくというもの。主人公と同じ目線で、少しずつ情報を把握していき、一緒に推理していくのが少年なりの楽しみだ。
少年はページを開き、物語を読み進めていく。するとあることに気付いた。……ページの隅に蛍光色の斑点がいくつか付いている。
前の持ち主が誤って付けてしまったのだろうか???――少し気になるものの、物語に何の影響はない。ページの折れ目や汚れは古本の証拠だ。定価よりも安いのだから我慢しなければならない。少年は頭の片隅で気になっていたものの何とか意識を文字に集中させる。――しかし。
「……!」
次のページを開くと、なんと文章にピンクのマーカーが引かれていた。
少年は落胆する。本の中身を確認して買取するのが古本屋の仕事だろうと少年は思った。しかしちゃんと確認していない自分にも非があると気持ちを切り替える。一部の文章を強調して読む羽目にはなるが、気にしなければ問題はない。少年は気持ちを落ち着かせ、次のページを開く。
「……!!」
次のページを開くと、なんとボールペンで犯人を予想をするメモが本に直接書き込まれてあった。これには流石の少年も動揺する。……メモする気持ちはわかる。犯人を推理したい気持ちもわかる。しかしだ。なんで本に直接書くんだ。チラシの裏とかでいいじゃないか。少年はなんとか気持ちを落ち着かせ、改めて次のページを開く。
「……!?」
次のページを開くと、今度は大きなイラストが現れた。画力は低く題名に『私のお父さん』と付けたくなるような顔だけが異様にでかいイラストだ。
小説にイラストを描くなんて頭おかしいだろ……!一体その体でこの大きな顔をどうやって支えているんだ……!そもそもこいつは誰なんだ……!
物語とは何の関連性もない疑問を少年は抱き始める。少年は何か意味が隠されているのではないかとイラストをまじまじと観察する。そしてあることに気付く。……頭に探偵帽のようなものをかぶっている。……これは主人公だ。前の持ち主が主人公を想像してイラストを描いたのだ!
少年は物語とは何の関連性もない謎を解き、難題事件を一つ解決した気持ちになった。イラストの謎も解け、すっきりとした少年は気持ちを新たに次のページを開く。
「……?」
今度は思わず少年の頭にクエスチョンマークが浮かぶ。次のページにはなんと、先程と全く同じイラストが描いてあった。……どういうことだ?理解しがたい状況に少年を困惑する。なぜ同じイラストを描く必要があるんだ……?
試しに次のページも見てみるとまたしても同じイラストが描いてある。描いてある絵を比較してもやはり何か変わった個所はないように思える。しかし、じっくりと目を凝らすと絵が微妙にだが変化していることに気付く。……これはもしやと思い少年はイラストが描いてあったページから順番にパラパラと本を捲っていく。
――パラパラ漫画になっている。
「エキサイティング!!!」
少年のテンションもよくわからない方向に上がり、思わず普段使い慣れない英語を使う。約50ページ分使い、ただ手をパタパタさせている何の意味もないパラパラ漫画を前の持ち主は作ったのだ!なんて面白い本なんだと少年は物語の内容そっちのけで落書きに夢中になる。
ページを捲るために少年の予想を裏切る謎が現れるのだ。こんなに小説を読んでワクワクするのは初めてだ。
――パラパラ漫画の部分が終わり、少年は期待を胸に次のページを捲る。
……しかし、次のページを開いても何も描いていない。ただの小説。落書きの形跡は何もない。少年は焦る気持ちで再びページを捲る。何もない。次のページも、その次のページも。何も描かれていないのだ。
「……!!!」
少年は本を布団に叩きつけ、声を荒げる。何も描かれていないことに対して腹が立つのだ。無理もない。これだけの謎があったんだ。もっと更なる謎が楽しませてくれるとワクワクしていた分、少年の気持ちは裏切られてしまったしまったのだ。
少年は本を拾い上げ、何かを期待するような気持ちで最後のページを開ける。
――しかし最後のページには何も落書きはなかった。
少年は次の日、何も書かれていないページに新たな落書きを加え、本屋で本を売り払った。