第一話 「零」
風のように澄んだ声が響く。
血に塗れた廃墟に響くその声は、小さな歌い声だった。
小さな歌い声ながらも死んだ男たちを魅了してやまない。
悪魔のような音色とでも言わんかのように美しかった。
その声は金貨の間を抜け、愛に悲しみ、憎悪と嫉妬に顔を歪ませる人々を通り過ぎた。
永遠にも続くかと思われた時間が、暗闇に落ちていった。
一面の闇のなかでは沈黙が続く。
長い長い静寂だった。
人々は果てもなき闇に葬りさられたように嘆き悲しんだ。
彼女の姿はどこにもない。
今となってはただの夢と等しかった。
欠伸をしつつ、寝台から起きる。
寝たりないのか視界が霞む。
手を伸ばしコップをとると、おもむろにコップに入っていた水を飲みほした。
穿き慣れたズボンを手に取り、足に通す。
もう、初春だというのに冬の名残で少し寒い。
裸足で床を歩く、電子端末に電源を入れ朝の報道番組に合わせる。
報道の声を聞きながら、冷蔵庫に手を伸ばした。
朝はパンとコーヒーと決まっている。
それ以外の選択肢はないと思いながら
トマトと燻製された肉の挟まったパンを取り出した。逆の手で扉を閉めながら居間に向かう。
椅子に座るとパンが切れていないことに気付いた。
周囲を見渡す。目当てのものがあった。
椅子に立てかけておいた剣で切る。
我ながら不衛生!と思いながら切れていくパンを眺めていた。
端末からの声をが耳に届く。
「今日のラッキーアイテムは~♪」
興味がないので別の番組に切り替えた。
こちらの番組では立体映像に映る報道官がまるで謹厳実直の見本のような顔で
「本日、各皇国の会談が行われるモレスティアーナ大聖堂の前に来ております。今回の会談では各皇国の聖地ラディアス分割線を巡る第七次聖地紛争は混迷の度を深め…」
またやってるのか、と報道を横目に見つつパンを齧る。
しかし、そんな大物たちに街角の片隅に生きる俺が合うことなどないだろう。
パンをコーヒーで流し込むと仕事の時間が近づいているのが目に入った。
急いで靴下を履き、使い慣れている靴に足を入れる。
椅子にかかっている上着を取り、歩き出した。
マンションから出ると、モレスティアーナの街が目に入る。
道を行く人々。道路を忙しなく行きかう車の群れに俺も車を走らせようとした。
車に乗ろうとすると修理に出していたことに気付いた。