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この世界に名はないみたい。
強いて地球流に呼ぶなら「地面」となる。英語がアースと呼ぶ理屈で。
英語がアースの意味を指す星の概念を含まないらしく、
世界の概念でそう呼ぶ人はいない。
他の星や世界と区別する必要がないんだろうから、そうなるっぽい。
国名大陸名で事足りるし、その全てを指したいなら「全大陸」となり、名前ではないよね。
この名無し世界、よくあるゲーム的中世ヨーロッパよりは大分進んでると思う。
上下水道に水洗トイレもあるのよね、ここ。
酷くアンバランスに見える文明水準。
その世界は魔法魔術が平均的に高く発達していて、「キャッシュカード」が存在してた。
「なんだ、これ」
男、ギルドの受付が手元の端末とフード付きローブを着たGGを見比べる。
やっぱりこうなるよね。
というか『ディスプレイ』あるんだ…。液晶とかではなさそうだけど。
受付は何度か同じ操作を繰り返す。
「そういわれても。
怪我と呪いを魔道具や魔装備でフォローしているうちにそうなった。
ソレに出ているなりの実力はあるつもり。
問題ある?」
「いや。ない…はず。ちょっと待っててくれ」
既にカウンター内外で視線を一手に集めている。
その一つ、上司らしい男と話始める。
そりゃ端末出ている生体データ、パラメーターの数値がおかしいもんね。
「待たせた。それで作った」
思っていたよりはすんなりと発行してくれた。
「手間を取らせたな」
「仕事はどうする?なんならアンタ向きのをみつくろうぞ」
あたし向きって何だろう?興味はあるね。
でも声は別人の女性に変えてるけど、演技的にキャラが固まってないから辛い。
「いや、今日は用がある。これで終わりならこれで失礼する」
少々の名残を絶って立ち去った。
セリスに色々便利というか無いと困る事が多いからと勧められ、キャッシュカードと身分証も兼ねたギルドカードを手に入れようとして問題が浮上。
極所的に無駄にやたら高い魔道具技術は生体認証でセキュリティを確保していると。
しかもオンライン!いや線はないよね。オンライン的に使えると。
問題はあたしの容姿とチートなパラメーター。
本当のズルではなく相応の苦労と災難をいくつか潜り抜けてるよ?
ただやはり絶対的な無理がある。あたしは目立ちたくない。
怪しさは怪しさで包み込む。
登録時の詳細な生体サーチをグレイゴーストとして、
前述の設定で無事クリアしました。
普段使いはプライバシー保全や簡易端末の回線的な太さみたいなものの関係で、最低限の情報開示で済む仕様らしい。
「なぜそこまでしてパラメーターを隠したいのですか?」
セリスに概要を教えて貰ってる時、うっかりソコを相談して誤魔化し切れずに「あたし凄いよ?」などとうっすらバレた。
GGをコソコソ仕舞い、昼食にしようとセリス合流。
セリスの行き付けに向かう。
年中ローブが必要なこの大陸ではそれだけでそうは目立たない。
…のに。
目立つ。主にセリスが。
「やっぱり目立つねーセリス」
あたしがセリスを見つけられるようにフードを外していたからだけども。
あたしもゆったり目のフード付きローブを買って着ているから、大分マシになってるはず。
「私はこの辺りでは面が割れてますから。
…マツリは武器を持たないのですか?」
不思議げなセリス。
「持ってるよ、ほら」するっと手の平にコイン状の力棍を見せる。
「ああ、かなり攻撃思考なのですね、防犯思想がないのですか?」
「ちょっと攻撃思考って」
「無害を装って隙を誘って反撃する為か、武器の脅威度を見せるのを嫌ってでしょう?」
「…そうだけど。単純にデフォの長さだと街中は邪魔なのよ」
「周りを見て下さい。みんな武器を持っているのが分かりますね?
これでかなり治安は良いのですよ?」
「ああ、抵抗できなさそうだと逆に絡まれ易いのか。魔術師は?」
「私も魔術師ですが持ってますよね?
持っていないのは『やれるものならやってみろ』にもなるのです。
マツリはこのタイプでもありますね。
あと、棍は女の子が持っても弱い感じがします。
一般的には棍は槍の練習用です」
確かにセリスもローブの下は皮鎧だし、ごっつい槍を背負っている。
「むぅ。分かったよ、ハッタリも必要か」
背中に隠し持ってた大型コンバットナイフを腰に分かる様に帯剣する事にした。
「カラスや野良狼みたいな小動物も武器を持っていれば寄ってきません。
ここです」
質より量的な大衆食堂にさらっと入る。
セリス、全体的にすっごく上品で気高い佇まいなのに…。
残念エルフっていうの?あ、推定エルフだった。
長テーブルの端っこに対面で座ると、通りより目立たない。
むしろあたしの方に視線が来たよ。
メニューを見ても固有名詞がかなり怪しいのでセリスと同じ物を頼む。
昨日の晩ご飯で知る限りセリスはアテになる。
肉肉言ってたし、ほとんど肉だったけど。
「隣、いいかな」と、セリスに声がかかる。
む、ナンパ?見ると中年男性。ナンパって感じではないね。
「アルファームさん、お久し振りです。どうぞ」
………アルさんだった。
鎧着てないし戦意がないから一瞬分からなかった。
「どうも。昨日は色々…」なんと挨拶していいか…?
「あははは。セリスは久し振りだね」
向こうも同じらしく、苦笑いで注文してから座った。
「偶然ではないですよね」
「そうだね、セリスは目立つからね」
「捜していた?」
「捜したかったけどね。
やっぱりグダグダになっていて、私も大っぴらに動けなくてね。
家内と息子と親しい友人に頼んで、私が普段動いてもおかしくない範囲が限度だと思っていたが、良くここに居てくれた」
結構な苦労に思えるけど、人口三十万とか言われてる王都では捜した内に入らないのかな。
「悪い知らせですね」良い知らせならそんな苦労もしないよね。
「どうかな?私にとっては悪い知らせだが、君達にとっては未定だが先手を取って安全策の提案かな?
昨日の夕方、大佐は公爵配下に在りながら公爵に報告せず、陛下のみ先に報告するのは職分に合わないと、退役を申し出たらしい。
第一報を待つ会議中にリース公と陛下が居る前で」
「はあ?なにやってんのあの石頭!」
「その通り、石頭なのです。グリじいは」
「そう、石頭なので私も退役を口にして何らかの交渉の後、最終的にという可能性は考えていました。
しかしまだ私と本隊が現場で大混乱している時点でとは考えていませんでした。
取り敢えず明日…今日ですね…まで待てという事になったそうです。
ですが、公爵は独自に追加を動かした様です」
「あ、ご飯来るよ。早いね」
給仕が寄って来たらマズイくだりっぽいから早目に声をかける。
「じゃあ先に渡して置こうか」
意図を理解してさらっと話を変えてくれた。
あたしに紙と鉛筆?、日本のと比べてもちょっと物足りない程度に上質。
セリスには金貨五枚。
運ばれて来る料理。
「鳥の丸蒸し焼きですか」
「ええ家では蒸すのが面倒なもので」
肉だった。トリだけど。
「で、なんだろ?」紙、書類に目を通す。
「盗賊の報酬の件だ。頼まれた。ちゃんと読んでサインしてくれ」
「結構余裕あるなー、ジ…グリグス様」
「実際、余裕でしょうね。辞めたがってたわけですし」
セリスも契約書に目を通して金貨こちらに追いやる。
「大義名分を付けられると私達が困るのですが」
本当に困った様子のアルさんだった。
トリ肉、大変美味でした。
経験値って何なの?
ゲームなら最初に大物を倒したあたしは増えにくいはずよね。
でも気が付いたらソコソコ増えていた。
生身で大型とは言え牛狩っても、かなり増えた。
2頭目は多少、少なかったけれど。
23シリーズ由来ではなさそうではあるかな?
「経験した事を自分の技能に反映させる為に必要なリソースでしょう?」
思いっ切ってセリスに質問してみたら、
いつものフラットな疑問形ではあるものの違和感を覚えていない返事。
どうやら此方の人は任意に技能を反映させて付与効果を得る事が当然らしい。
ふむ、異世界経験そのもがあたしの経験値になってる?
ふと思いたって例のアプリを探すとセリスのタブを発見。
パーティメンバーという事?やっぱり推定エルフなのね。
横のタブに、鑑定偽装、鑑定など色々あった。
鑑定偽装とか鑑定スキルも持ってた。
これでパラメーター偽装できたの?鑑定…できるねレッサー竜種。
見辛いし面倒過ぎるこのスキン!
と思ったらスキン外にショートカットを置いて簡易表示できるようになった。
…取説はちゃんと読めという事かね?
なんなの、この屑ゲーム感。
…ゲーム?パワーレベリング・養殖。魅力的な言葉よね?
更に思いっ切って試しにセリスに火力装備を持たせたブラック・ウィドウを又貸して、竜の巣とやらに放り込んでみた。
…一応、あたしもサポートしたよ?基本稼働魔力はあたし持ちだし。
「非道い目にあいました。
酷い目にあいました。
絶望を見ました。
でも無傷です。
凄いです」物言いたげではあるがやはりフラットなセリス。
魔術付与を施した20㎜30㎜の徹甲弾に榴弾。
GGサイズの小銃とチェーンガンから放たれる弾丸の嵐の前には、レッサー種如き、すぐにセリス無双になった。
逃げるのを追うのはやめさせた。
殲滅してピラミッドを崩すのは、今の所躊躇われるから。
この名無し世界にも銃は在る。
風魔道具の、まあ強力なエアガンみたいな物らしいけど。
似た装備もあるけれど、敢えてライフリングが刻まれた銃の火薬の弾丸を使わせたからか?
下位竜種の討伐経験はソコソコ有ったらしいけど、
一度に三十のレッサー種討伐とBWの使用経験だろうか?
劇的に経験値が増えた。
十数匹いた上位種から三匹だけ、狩らせてみた。
秒殺。
生身でレッサー種を狩らせてみる。
魔術付与した槍一閃、瞬殺。
上位種を生身で一匹。
瞬殺、は流石にできなかったけれど危なげなく立ち回り、何とか討伐。
「…人類最強レベルになったかもしれません、
マツリに勝てるとは欠片も思いませんが。
このレベルになってみて改めて感じます『マツリは凄い』のですね?」
さておき。
セリスのジョブ表示がガンナーに成ったのはどうしよう?
別に意味も無くにセリスをおもち…実け…も違う、そうっ、ドラゴンスレイヤーにしたわけではありません。
公爵と王国の動きがこっちに向いた場合に備えて強くなって欲しいのと、一応王国から離れとけ、との指示通り遠出の為です。
欲しい資源も採れそうだったから一時制圧してメンテナンスベッドのコンテナを収納から出して生産開始。
弾、わけても火薬はそれなりに備蓄しているけれど有限なのだし。
十機の採掘用の四つ足ゴーレムが採掘に向けて去るのを二人で食事の支度をしながら見送る。
コレこそロボットよねぇ。
「もう、なんと言っていいか分かりません。
公爵とか王国の脅威程度から逃れる先が竜の巣とか?
酷いスパルタでいつの間にか単独ドラゴンスレイヤーとか?
でも竜肉です。
上位種です。
干し肉を作りますよ?
心が躍ります。
たくさん作りますよ?」
強いなあ。
セリスとはWIN-WINの関係で居たいと思う。
収納法術内は時間が一万分の一ぐらいしか経過しない。
そのせいか単なる仕様か生物は入れない。
故にメンテベッドを収納法術で収納しての生産活動は無理なので滞在三日目。
「座るのです」
セリスが黒竜をテイムし始めた。
………連れて帰れないよね?
「セリスは順応が早いね」
「収納魔術は私も持っていましたが、マツリが便利過ぎてここでも永住できそうです」
収納魔術はかなりレアなのだそう。空間系はねえ。
セリス場合、推定種族特性の高い魔力と、人間の生活慣習からの必要性と学習で習得できたのでは?とのこと。
「そこはコンテナと言って欲しいなあ。
あたしお風呂作った位で何もしてないよ?」
「メンテナンスベッドのコンテナは確かに寝所としては優良ですが、それだけの話でもないですよ?」
「というかあたしの居る環境に順応してるよね」
「マツリの居る環境は楽しいですよ?」
「あたしは異物だよ?怖くない?」
「ああ、猛獣と同じ檻の中に居る的な?」
「故郷じゃあ普通の人達は無暗に嫌いこそしないけど気の使われ方がね。
あたしの方が居辛くなったものよ」
「マツリの故郷はマツリみたいな人ばかりというわけではないのですか?」
「ああ、そうね、魔物や魔術師が居ない事になってるから」
「よく解りませんね。
魔物や魔術師が居ないのにマツリの様に成長するのですか?」
「実際はここから漏れて来るのが居るし、術師が少数で秘匿主義で表に出てこないのよ。
あたしも少数のハンターで親しいのとしかつるまなかったし」
「それで普通の人達と云う言葉が成立するのですね?
魔物や魔術師が居ない場所ですか?想像できません。
それで産業は成り立つのですか?」
「産業?そうね、普通に存在してる家電的魔道具も、魔物素材と錬金と魔術加工に結構依存してるもんね」
「ぶらっくういどう?等を見せてもらう限りでは、高度な魔道具はある様ですが?」
今度は気を付けました。
ブラックウィドウが何を意味するかは言えない。
「ああ、そこからね。
信じて貰えるなら別に秘密というわけでもないけどねー。
ちょっと簡単に説明できないのがねえ…。
疑似憑依コントロールシステムの映像とか見てもらうのが早いかな?
でもいきなり切り離されたから資料になる映像のストックなんかあるかな?」
「よく解りませんが、そのような場所なら私達も猛獣の側でしょう?
それならば強い猛獣か弱い猛獣かの差でしかありませんね?
私も今や単独上位ドラゴンスレイヤーですよ?しかも推定長命種の。
王国にとっては立派な猛獣ですね。
外見的にも異物なのだと思いますよ?」
………なんだ。
セリスの言葉が心に沁みる。
あたしはココの方が…セリス側の方が馴染み易いの?
セリスをじっと見てみるけど、きっと明確な答えなんかないのでしょうね。
チョロイね、あたし。
「あたし、ヒトじゃないんだ」
セリスいつだってフラットだ。
「そうなのですか?」
そこにいつものフラットなブルーアイがあった。
滞在を二日伸ばした。ただ語りたかった。
「こんな量の竜素材、一体どうしたんだ?」
とある街のギルドにて。
「これらの余りですよ?」
二人して色々作った竜装備の内の一つ竜の牙の槍を翳す。
正しくは上位種が四つもあれば他は要らない、ということで売りにきた。
「自分で作ったのかい?」
「ええ。半分はこちらで食べてましたから」
「ん?推定さんかい?」カードを確認して受付。
「ご存知なのです?」
「なんか二つ名みたいになってるのねセリス」
「いや二つ名だよ、本物…いや本物だよな『推定ダグウェル』。
錬金もやる凄え討伐者だって聞いてる」
本当に二つ名なの?
確かにセリスだと間違えようもないだろうね。
色々討伐したとは聞いてたけど、目立つし自称でもインパクトあるもんねー『推定』。
「呼ばれ方としては不本意なのですけど?確かにそう自己紹介したことはありますが」
分かる。あたしも血祭とかいらない。大体は不本意なのかも。
それにしても『血祭まつり』ってヒドくない?何のイジメか!
ちゃんとした苗字あるよ!あたしにも!使わないだけで!
一度日本の協会で定着してキレて暴れて、海外で棍持って地道に火消し活動に勤しんださ。
それでも呼ばれたら行ったよ?
協会だってあたしなんか使いたくないのに呼ぶんだから、拒否ったら大惨事とかやだし。
イジメカッコワルイよ?
「そうなのか。そりゃ済まねぇ。
しかしこの量を一度に捌くと妙な目立ち方するかもしれんが、いいかい?」
「それは少し困りますね」
「なら収納魔術まで持ってるんだ、四分の一程度にしときな。
相場が荒れるから高くも買い取れねえ。
こっちも客が悪目立ちしたら信用に係わるし、ここは何とかする」
確かに現時点で目立ってるもんねー。
そこそこ広いギルド内の視線が痛い。
いや、あたしもか。見た目十六七の女子二人。浮いてるよね。
いっそセリスがBW…は無理か。GGで来た方が『後知らね』が出来たかも。
いや、良くない思考傾向の気がする。自重、自重。
ちなみにBWは飛行安定性能に寄った設計で各翼とシルエットが大型化したせいで、入口が大き目でも厳しい。
元々屋内行動可能が前提の搭乗型ゴーレムの基幹プロジェクトのコンセプトオーダーのはずなのに、23シリーズってホント、ガラクタ。
「ではそうします。相方と折半で御願します」
セリスの『相方』発言になんか込み上げるモノが…。
そこまでボッチだったわけでは…ない、はず。
「分かった」
それでも一財産をそれぞれカードに受け取りギルドを出る。
…竜素材だもんね。それは高いよね。
向こうだと業界規模が小さすぎて色々ダブついてたから麻痺してたね。
「有名人だねー」
「私は物心付いて以来なので鎮めようも有りません」
ちなみに二人とも実年齢は二十代半ば。なのでその意味は重い。
「よく頑張ったねー、うん」
「なぜかマツリがウザいです。マツリもどうせすぐ隠しようもなくなりますよ?」
抉るなあ。上げて落とされた気分。
否定もしきれないね。
「そういえばこのカード、偽名でも大丈夫とは言ってたけど、なんでなの?
身分証も兼ねるのに」
街への入行証として使ったよ。
「入っている金額に価値と信用があるのであって、名前等調べようもありませんよ?
複数人と共有も出来るので複数持っている人も多いのではないでしょうか?」
「戸籍システム、…ないね」
シビアで杜撰な事情だね。
セリスは馴れないのか豊かな銀糸で隠れてはいるけど左耳の辺りに手を添えて目を瞑る。
「…ありませんね」
疑似憑依CSの搭乗時外のアシスト用にゴーレムに付随してたもの。
あたしのと同じ、例の無線ハンズフリーの小型インカム的な物を着けて貰ってるから、戸籍の概要がされた情報支援されたと思う。
片耳だと音声のみ、両耳だと映像支援も受けられる。BW搭乗時の様には無理だけど。
馴れない内は目を瞑る事でリアル視界情報をカットしてマシになる。
とりあえずギルド指名手配とかはされてないらしいけども。
一度様子を見に行こうか。
セリスの家は色々術が施してあるので、何か有ればレスポンスされる仕組みなので平気。
宿舎も含め軍事施設内に居る可能性の高いジジイに直接連絡は危険な気がする。
領軍を辞めてると連絡先がさっぱり分らないらしい。
なので、申し訳ないのだけどギルドでアルさんの家に郵便を依頼する。
「セリス・ダグウェルさんですね。少々お待ち下さい郵便があった様です」
カードを返した女性職員さんが席をたつ。ジジイかアルさんだろうか?
妙に閑散としたギルドで一応注文できる軽食を注文して座って待つ。
ここでの通信系の魔術は基本的に相手の位置が解らないと成立しないので、基本固定電話。
しかも待ち受けの為にも魔力を食うから魔力バッテリー的な物に六時間毎に、平均的魔術師の魔力半日分を込める必要がある。
各家庭には無理なのでギルド依頼に郵便と伝言があるのだそうです。
「セリスの術のレスポンスは普通にラディエーションなのに、何で公共とか軍事通信がレーザー?」
ラディエーション、ラジオ通信の方が、当てにゃ通らん技術より簡単だよね。
直線障害物なしでないと使えないレーザーではないはずだけれど。
「待って下さい。
…特定の誰かに届けるのに魔力を全方位放射はイメージし辛いですね、通信に限らず。
魔力の無駄にも思えますよ?
単一情報を放射レスポンスするより情報密度が高いので段違いの魔力が必要ですしね」
目を閉じて返答するセリス。インカム、使いこなしてきたね。
「そっか、あたし達も電波を絡ませられない所は知った相手のみ力任せの念話だもんね」
「このインカムの技術はラジオと魔術の混合ですね?なんとなく解ってきました。
一応、魔道具製作者なので心が躍りますよ?」
「ダグウェルさん、こちらになります。
こちらにサインを…っと、今回の宛先と差出人が被るようですが、このままでよろしいでしょうか?」
職員さんの声にセリスはインカムの仕様書でも読んでいたのか、目を開けてサイン。
「アルファームさんですか?すみません、一旦郵便依頼は取り消します」
「かしこまりました。
ご存知なさそうなので申し上げておきますと、現在王都は三級警戒状態ですよ?」
「「はあ?」」
ドラゴンが飛来したと言う。
幸いではない気もするけど王都までは入って来ずに、手前の北の森に居付いたとか。
地元生物はたまったものじゃないよね。
脅威判定F以上が複数、動きが確認されたと言う。十級まで確認されたとか。
今の所王都に被害は出ていないものの、六日程三級警戒状態とやらが続いてるとか。
門も通らず直接ギルド裏に飛び込んだあたし達はまったく気付かなかった。
アルさんの手紙は連絡とその時と場の指定を請うものだった。
国軍総動員、交代で警戒状態を維持してると言う。
ギルドも可能な限りの人手を掻き集めて協力していると。
あたし達も協力を求められたが、今傘下に入って身動きできなくなるのはマズイ。
有名人セリスが本当に知らなくて、独自に行動したい旨で躱した。
元々強制されるものでもなく、普通に割の良い仕事のはずらしい。
「あたしかっ!またあたしかっ!」
セリスの家にて。
普通に割の良いはずの仕事をするわけにもいかないよねえ。
けど、ご飯は食べる。
「私達は普通に経済活動をしていただけですよ?」
それでもいつものフラットなセリス。
「あたしがセリスをけしかけた」
「討伐したのは私ですね?」
「あたしが逃げるヤツの討伐をとめた」
「素材を売却した時、これ以上は相場が荒れると言われましたよ?
追撃は経済活動にもならないですよ?
大体、ドラゴンのくせに怖くて住処に戻れないとか、笑えますよ?」
「あたし達が居座ったからでしょ」
「戻ってきた竜とは仲良くしてましたよ?」
「主にセリスがね」
「食物連鎖はまあ解ります。生態系という概念も理解したつもりですが、まだ私達はそれをどうこうする立場に在りませんよ?」
「あたしは異物だから傲慢なのよ。あたしはあたし荒らした跡が怖いの」
「異物ですか?」
「少なくともここでは異物よね」
「こちらから流れたモノ由来ならマツリの故郷で異物なのは解りますが、王国の歴史と伝承だけでも、ここでマツリが異物というのは違和感がありますよ?
ユニークではあると思いますが?」
「え、だって…故郷には…。
うん、異物でかたまってただけか…」
「マツリのような力ある者が魔王とかになった話が結構ありますよ?
マツリになれますか?」
「なろうと思えば多分なれると思うよ、一瞬なら。
でも統治とか無理、部下とか要らない、面倒臭い」
「そこは傲慢なら魔王にでもなって
『あたしがルールよ』を暫くやって面倒臭くなれば引退、とかで?」
「後どーすんのよ。恥ずかしくて死にたくなりそう…」
「マツリは結果が怖いのとか恥ずかしいのが嫌なだけで、誰でもですよ?
それに、そんな感じで引退した魔王とか、いそうな気がしてきましたよ?
今居ないのですし。
まるっきり前例のない話でもない気がしますよ?」
「そうかなー」
「私は一応ここが故郷で、怖くて恥ずかしい結果が嫌なので、力の限り殲滅しようと思いますよ?」
「それは…駄目、とも言えないなあ。
でも英雄とか、それこそ魔王とかいわれちゃうよ?」
「…それは恥ずかしいですね。知恵を貸して下さい」
「知恵かー。うん、都合のいいのはないね,今まで通りでいいよ。
力の限りがんばろ?
怖くて恥ずかしい結果になったらまた逃げよ?」
『みなさーん、応援に来ましたよー』
夜闇に駐屯する軍団全てに轟く術拡声された声。
そして降下してくる大きな影。
『敵ではありませんよー!撃たないでくださーい?』
照明に浮かび上がる上位黒竜を騎竜としたブラックウィドウと長大なランス。
男性とも女性ともつかぬ緊迫感のないフラットな声。
『危ないですからねー、近付かない方がいいですよー』
いわれなくとも誰も脅威判定B以上の十五級上位竜なんかに近付かない。
『少し下がって貰った方がいいかもしれませーん』
可能な限りゆっくりと降下。
「下がれっ!」指揮官の声。
言われるままではないが、上位黒竜騎相手に迂闊な敵対はできない。
敵対するにしても編成を変える必要があるだろう。
『行って参りまーす』
低空で見せ付けてそのまま森へ。
「なんだ、あれは…」
「敵ではないとか、応援だと自称しておりましたが」
暗い森の上空に魔術と思われる光がちらほら。
時折竜の姿が浮かび上がり徐々に離れて行く。
「心当たりはあるか?」
「…。」
あるわけもない。
「勝手だけど悪いとは思わないし、迷惑をかけられたのはこっちだと思う事にするね」
一応GGで、レッサー竜骨で大量に作ったスロウランスを投擲。
飛ぼうとすると蹴り落とす。
的のレッサー種はほどなく沈黙。
やっとまともな死体ができた。
あ、多少は魔術の痕跡があった方がいいかな?
折角監視を抜いたのに、術力的に目立って探知されるのもどーかしらね?
搭乗時に黒くなるのはダテではない。
法術ステルススキン。
術力的に目立つゴーレムの術力も電磁波も駆動音も遮断吸収する。
隠密行動に最適。
ステルス戦闘機等の塗料吸収材はそれだけで結構重くなるそうな。
んで法術。だからって基本で重い搭乗者の術力負担増やしてどーすんの。
小さいんだから塗料で解決できるならそれでいいでしょうが。
これだから23シリーズは…。
ちなみにBWは最初から黒。
法術で定着させたから重量はないらしいけど、趣味くさい。
魔術の痕跡は脱出間際に地味にしましょうか。
血塗れのスロウランスの回収が面倒い。
セリスは上手くやってるかな。
しっかし、ホントにテイムしてたんだ…。
上手く行くといいなー。
「クロさんの出番ですね?」
言い出した時はあたしでも何を言い出すかと思った。
でもすぐ来た。そろそろ、ここぞと待機させてたそうな。
驚いた。
「初期段階の召喚契約で念話が可能なのです。
召喚陣で瞬間呼び出しまでは遠いですが?」
最初はBWで殲滅する勢いでダメージの怖さで追い立てるつもりだった。
それだとかなり右往左往してもらう一人包囲作戦になり、穴が出るかも…な感じだった。
クロさんとコンビなら殲滅は面倒でも追い立てるくらいは簡単なはず。
レッサー種に怯える程度は上位種黒竜が逆から追えばいい。
あたしは裏でこっそり元凶のレッサー種を狩る。
それで元に戻らないならまた考えよう…という安直な作戦。
「今はセリスも余裕の自力でBWを操る人類最高かもレベルだもんね」
「それで曳光弾くらいは撃って良いでしょうか?」
「できればその手の痕跡、残したくないね。今回は駄目」
「そうですか」珍しく芝居臭くトーンを下げる。
意識はガンナーへと進んでいるのかもしれない。
…本当にどうしよう?