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残酷な描写ありは微妙なので一応です。
戦闘シーンが割と淡泊なのと固有名詞が極端に少ないのは目指しているからです。
それで解かりにくいのでは意味がないので、皆様の意見と誤字脱字の指摘を御待ちしております。
やや薄暗い森の中を進んで行くうちに、木々の切れ目から道らしき物が見えた。
どうやら舗装はされてないみたいだけど、そこそこの幅がありそう。
それとほぼ同時に、周囲を囲んだ十五の敵意が動き始めた。
警戒するような動きではあるけど、こちらに気取られてるとは思ってないみたい。
対するあたしの見てくれはというと、言うほど背も高くないセミロングの女子中高生位って所で、フライトジャケット風の上着にジーパン姿。
…155cmはチビでは無い。断じて、無い。無いったら無いのだ。
傍目に見て装備といえるのは、右手に握られた灰色の棒。
長さはあたしの身長と同程度。
向こうに悪意があるのなら、この外見だけを頼りに判断されれば普通にナメられて当然。
よくある事と言えばよくある事。だとすればこの過剰な戦力配置はなんだろ。
一番近くで大体10m、右前方の木の影に二人、左右ほぼ正反対の位置にもう二人、更に10m拡がって二人ずつ、右側三人の後方に二人、割と視界の通る真正面、100m程先、森の切れ目付近で30度位に散って四人…んで左後方15mに一人。
というようにちゃんとお見通しなのはともかく、よくないというか、解せないのはちらちら見えてた向こうの得物が弓・槍・長剣。なんか違和感。
組織力的に調達できないとか、交戦痕跡的にとかで銃火器がないのはまあ在り得るけれど、弓・槍ならまだしも実用の鋳造長剣なんて非効率なシロモノ、どこに需要があって誰がリスク背負って製造・供給すんの?
あ、コスプレ用とか、あったりするのかな?
いやいやコスプレ用でも刃を付けれたらアウトでしょ。
短い木の棒を持って、若干離れた位置に居る二人は魔術とか使う?って事はあたしを知っていて敵対行動?
馬鹿なの?…いや、あたし個人を知っているわけでもないケースの方が確率高いよね。
あと解せないのは、故あって非常に高性能なあたしの耳が捉える言語。
あたしも地球上全ての言語を知ってるとは言わないけど、意味は解らなくても単語・文節・発音とかで大体どの辺かくらいの見当は付けられるつもりだったんだけどな。
その経験則でいえば最も近いのが英語というか、よりファジーな米語。
ただし単語はさっぱり。
心当たりもなくはないけれど。
とりあえずその心当たりの記憶領域をあさる…うあ、HIT。
無線ハンズフリーの小指ほどもない小型インカム的な端末を両耳につけてコール、欠片もレスなし。
一応記憶領域とリンク、サンプリング開始。
非常に面倒な事がほぼ確定。浮いているのはあたしの方だ。
これはあたしがここを知るお話。
国と街と町と村と巡り、ヒトと魔物を知る。そんなお話。
寒い季節か地方なのか全員がコートと言うよりローブ?
ちらりと見えるのは皮鎧っての?
一番近くに隠れていた長剣持ちの一人がなんか低い声で叫んだ。
ん、解んね。記憶領域をあさる…「武器を使えなくしろ」ってか。
この棍、無くても殺し合いといった意味では戦闘力に支障はない。
が、特別なモノではある。心当たりの記憶は百年二百年前の
可能性があり「壊せ」「捨てろ」と「仕舞え」のニュアンスが曖昧できびしいね。
「寄越せ」とかなら解ると思うけど。読心と自動補正の術式を絡ませて記憶領域に常駐させとこ。
「ここの言葉はよく知らないから『壊せ』なのか『捨てろ』なのか『仕舞え』なのかで対応を決めます」と心当たりまんまカタコトで異国人アピールしてみる。
「…ほんとカタコトだな、なんかフルクセーし、変な女。
細かい言葉は分からんし、いい。見りゃ分かる様にしてやる」
長剣持ちの後方から両手剣持ちのリーダー格らしい中年男が姿を現した。
間合いをゆっくり詰めながら右手を挙げて全員へ合図。
それに応じて肉弾戦担当の連中が前へ出る。
弓を引き絞る気配と槍がそれぞれ四本ずつ、そして中年男を筆頭に五本の剣があたしに向けられる。
うん、そっか、そーだよねー。
程度の低い軍隊なのかマシな強盗なのか判断しかねてるけど、後者っぽい?
ま、どちらにせよここで怪しいのはあたしの方で、怪しい奴はとりあえず捕獲、尋問、は既定路線だよね。
その後もあんま変わらないかもだけど。
ともかく捕獲のトコをなるべく招待に変更する手段をどうするか。
まず対話に失敗した時点でパッと思い付く手段の三割は潰れているし、あたしにとってどんな意味のある勢力なのか把握できてないから、殲滅はもとより殺傷も避けたい。
…んだけど、あちらの戦闘力というか耐久性能がなんと言っていいか、普通の日本人並?槍とか剣の戦闘職だよね?
一応全員が魔法的なシールド?効果を帯びているけど効果の程は正直よくわかんない。
まあ見た目が人ってだけでDNA的に同一の範疇に入るか分かんないもんね。
ある程度は仕方ない。
矢を放たれてからの目に見える物理のやり取りはしこりを残し易い。
あたしはスニーカー一つ分位軽く前に踏み出す。
これは直後の効果があたし由来である事を印象付けるため。
軽く、本当に軽く、最遠の百m先の弓のヤツに効く程度に
『威圧』。
あたしを中心に動物由来の音が無くなる。
彼らはといえば無理な体勢だった者は倒れ、他は指一本、視線すら動けない。
しかし汗だけはダラダラと吹き上がる。
ちなみにこの『威圧』という術理、日常的に危険に晒されている者に対しての方が効果が高い。
日本の一般人に少し重めの悪寒を感じさせる程度が、戦場の兵士だと気絶・心停止すら招く。
「よっし、絶妙!」
思わず日本語が漏れた。良くないね。反省。
「汗もかいてるし、誰も生理機能とか自律神経とか深刻なダメージはないよね!」
個々に視察すると短棒持ってた片方の魔法的なシールド?が半減した上、現在も微減進行中?
「なんで?物理でも法術でもないし、そもそも直接ダメージを与える類の効果もないし、最初の一瞬以降は放っとけば元に戻るはずなんだけど?」
ともあれ、一人だけどんどん顔色が悪くなってる様子。
仕方ないので大丈夫そうな連中はほっといて、つかつかと歩み寄り、体力と術力の回復術を込めて平手で頬を張る。
「ウッぐ、なにすんだ、おめぇ!」一瞬で復活、短棒を振りかぶる。
しかし最初からそこに突き立ててあったかのようなあたしの棍が握り手に当たり短棒を落とす。
「もう一度・先刻と・同じに・なりたい?」
正確な伝達と恐怖心を煽る為に、ゆっくり区切って宣告する。
「…いや。俺の負けだ。俺に何が目的だ?」
「それ、あたしが訊きたいんだけど?」
男は困った様な、もどかしい様な感じで言いよどむ。
…?俺に…?ん?あ!この場合、目的ではなく要求と訳すの…?
じゃあ、目的の意の確定語彙は?ああ、もう!
「…時間かけて丁寧にやらないと、すぐ決定的な誤解を生むなー」
「…動けなかった間の難し目の言葉は少し分かり易かったが?」
術者職っぽいもんねえコノヒト。
「まあ、専門技術的な単語とかパーツ名は比較的風化とか省略化しづらいと思う。
したとしてもルーツとなった言葉は習うか耳に入るんじゃないかな?」
そちら方面からアプローチしてみようかな。
とりあえず語彙を収集しないと情報収集もできないからねー。
「…むう?とりあえず時間かける余裕はなくなってきたかな」
「む?」
「奥からなんかデカイのが来るよ?
仲間助けたら?今ならキツ目にどついたら動けるようになると思うよ?」
軽めにかけてるんで効果時間も短いから、実は念のため何度か『威圧』し直してんだけど、流石に慣れてきたはず。
こういうのをハンズフリーで使えるのは結構重宝する。
「え?ちょっ!え!」
「あたし関係ないから」
男の反応も言葉も背をむけ、森の切れ目に向かい移動開始。
薄情と思うなかれ。
今一番誰より混乱しているのはあたしだ。
そして今一番派手な行動を慎むべき立場なのもあたしだ。
せめて心当たりの記憶領域の基本情報とちゃんと向き合う時間が欲しい。
なのに…
「…ヤバイ気配が森の浅いとこまで来てる。
お前すぐにD権限で最速の応援要請に走れ!
目視確定か脅威判定できたら追って伝令を出す!」
指示に従い、即座に駆け出す1騎の騎兵が、あたしの目の前をすっ飛んでいく。
そして声の主が離れる1騎に向けた視線の途中。
コソコソと気配を消して森を出るあたしがいた。
神は死んだ…。いや、ココの神は生きてたらあたしを神敵とかにするかもだけど。
「おまえ…?いや違う、失礼。貴女は?」
揃いのプレートメイル内一人だけショルダーアーマーの意匠が違うリーダー格?
…の初老の男が誰何してきた。
違うってナニと違とう思った?
現在進行形でヤバイのが向かってるでしょうが!
「ハンターのマツリと申します。兵隊さんですよね?つまり公務員さん?」
「公務…?細かく言えばリース公爵配下の王都私兵団だが、
事あらば容易に国軍に数え入れるから王国軍公務員ともいえるし、
公爵位自体、公務員といえる。
最低限、リース公爵配下の公務員ではあるな。
私はグリグス。これでも国軍統合時でも大佐だ」
よっし深い質問される前に質問で躱した!
名乗った本名は迷ったけど、未知の魔法的手段とか、
うっかりでボロを出す位なら偽名を使うメリットは無い様に思える。
どうせ何処に問い合わせようと、あたしの履歴も痕跡もないからね。
「あのグリグス様、あっちから…」と森を指差す。
「ああ。応援はそちら方面から来るが、誘導できそうなら反対方行に釣る。
どっちが安全か正直分からん。
我々もマツリに配慮する余裕があるなら応援が来るまでの足留め工作に使う。
好きにしなさい」
おそらくこの世界では勇退も近いであろう初老の大佐。
その言葉は誠実で、職務優先して怪しいあたしを切り捨てると忠告してくれている。
暗に見逃すとも。
だけど、王国、で、公爵、で、大佐、かあ。
公儀や公正公僕があたしにとって利するかな?
…五割ないかな。
公爵がこの王国での、王国がこの世界での立ち位置や姿勢も権勢もわかんない。
二割以下だね。
現状、あたしにとっての「利」が最も安全策なら一枚札切ってでも逃げ一択かな。
「グリグス様、応援到着までどの位を見積もっています?」
「三時間、は無理だな」
…ん?単語の発音はもちろん違うけど時間感覚はほとんど変わらない?って…あ!
「見えましたね、森の木の上に頭が」
まだ距離はあるけど、でっけー…熊?
「目視確定!十五級熊種!脅威判定E以上!二番伝令っ出ろ!
アルは俺とギリギリまでここに引き付ける!」
「「了解」」
また1騎が即座に駆け出した。あらまぁ4騎中、2騎も出しちゃって。
ああ、自隊より優先するものが固定だったり大量なら、そうなるのか。しっかし
「遅いですねアレ。脅威判定って、知ってるのですか?」
「知ってるさ。街道で四つ足になって直進すれば馬より早い。逃げ遅れたな、マツリ」
「これでもハンターなんですよ。逃げるのも隠れるのも得意です。
で、勝てますかアレに?」
先刻の連中に比べれば例の魔法的なシールド効果?を含めて二人とも4・5倍はデキそうだけど、
あのおっきなクマさんと比べると、ちょっと…ねえ?
「勝てる規模の応援を用意させた。珍しい規模だが例がないわけではない。
勝って当然の俺達の仕事だ。
棍一本持った熊種も知らん小娘がハンターを名乗るんだ、精々上手く逃げろ隠れろ。
面倒な所にうろついてたら囮にさせてもらう」
「このジジイ」
でも、ま、珍しい…兵隊の仕事。
仕事だから、ちゃんと高い勝算はあるだろうね。
珍しいから損耗率…死傷者数もちゃんと見込んではあるだろうね。
でも馬より早いおっきなクマから全力で逃げながら上手く釣れても、
『勝てる規模の応援』が追い付けるとは思えないなー。
…なんか確信しちゃったわさ。
「馬も無しでは囮もできんか。俺のを貸してやる」
はい確定!ダウト!アンタ達おいて逃げろってか!
「ちゃんと奥の手があるってば。
ねえジジイ、なんで大佐様がたった四人でこんな所に居たの?すっごい不運よね?」
「不運か。そうでもないな。
実際、演習帰りの歩兵師団がここを通り過ぎてんだよ、結構前に。
で、ケツのお守りしてたら突然すっげぇ悪寒がしてよ」
「ああ、やっぱりアレですか」
あたしか!
「ああ、マツリもアレの元を覗きに来たクチか。
疲弊して装備品の大半を馬車で先に帰した大量の歩兵がバッタリより百倍幸運だ。
まったく気付かずアレが街に近付かれるより千倍幸運ってもんだろ」
よかった探しは不幸な人のする事らしいよ?
あーっもーっ!
あたしか!
多分クマが奥から出て来たのも!
「ねえジジイ、確認だけどアレは兵隊さん達で討伐してる例があるのよね?」
「ああ?ああ、アレよりでかいのは三年に一匹も出ねーけどな」
前例があるのはいいね。人類による討伐未達成とかよりは。
「当然、被害はあったよね。
だけどあたしは、想定被害…殉職者をゼロにする手段を持っています。
手段を公開・報告しない条件でなら格安の投げ売り、糧秣1日分で使ったげる。
条件が飲めないなら、想定範囲の被害に抑えてキチンと報告。
今回は選ばせてあげる。
あなたの中の正しさはどっちを選ぶ?
飲むならアルさんをそろそろ帰して」
「何だ?いきなり。
一目で不審…てか恰好からして不審だけどよう、禁術でも使えるのか?
魔術師だったのか?」
「禁術ではないし、魔術師が本業でもないわ」
一部の構成に場合によっては禁術クサイのが絡んでるかもだけど。
「…まずの俺の中の正しさとかは関係ねーな、軍人だし。
んで、マツリの言う効果あったとしてソレは今回の想定被害を超える軍事的脅威だよな。
更にマツリ一人で出来るならソレは普通に禁術だな。
個人が独力で管理するには危険過ぎる。
失恋でもして自殺の道連れに自爆的な使い方されたら笑えん。
気が触れても可能ならそれだけでも怖い。今禁術でなくともすぐ禁術指定される。
そういうモノなら陛下にだけは報告せねばならん」
「…ここにも戦略k…魔術の概念、あるんだ…」
核魔法とか有るの?だとしたら確かに怖い。
「禁術は陛下でも単独使用はできない。それと、俺、大佐様。王国では一応将校だぞ?」
「あのえと、戦略魔術とか、そんなそこまでのモノでもないです。
戦略意識が浸透しているか確認できてない勢力に目立つのが嫌というか、
戦力認識されたくないとゆーのが最大の要因でして。
…なんせこの大陸には来たばかりなもので」
「そのちょくちょく外れた単語と外した会話感は演技ではできまいて。
判断材料が何も無ければ上っ面の情だけで戦力と呼べるものは貸せんか。
よく考えて提案してくれたと思うよ、スマンな」
やっぱり外してたかー。
「突拍子もない話につきあって、もらってありがと」
「この期に及んでこの場に王国民以外が居るのが突拍子もない話だ。
他人にはうかつには語れん。
あと、なんで着いて間もないマツリがやましさみたいなモノを感じている?
俺か俺達か王国にか知らんが気に…っ!
来た、アル!誘導方向で待機!
前足下ろす前に俺が一撃入れてそっちに擦り付ける!
後は互いに擦り付け合う!」
ジジイはコレだから嫌い!
ワザとかっ!ワザとなの?!
「了解!のんびり踊りましょう!舞台はまだ空いています!」
アルさんも馬鹿なの?それとも知っててジジイとつるんでるの?
「ははっ、クマと踊れ!か、少々語呂は悪いが、悪くない!」
…悪いの?語呂…ってか
「観客は大ブーイングよ!ジジイとおっさんのダンスなんて!
ゴーレム!召喚!」精一杯声を張り上げて奥の手の一枚目を切る!
でもホントは宣言なんていらない!
それらしく何もない空間を手刀で切り、空間亀裂の窓を広げて灰色のソレを引っ張り出す。
「召喚、って収納魔術じゃねえか、ソレ」
ばれるかー、やっぱり。
「だって本職はハンターだもん、狩猟だもん」
収納魔術が存在するならハンターは使えるようにするよね?超便利。
「で、ゴーレムってソレか?」チラリと微妙な視線のジジイ。
「これについては今の段階で言いたい事も解らなくないけどね。
これ、ちっと持ってて」とジジイに棍を投げてソレに跨る。
瞬間艶消しブラックに機体色にかわる。
一見、ゴーレムって言うには無理があるもんね。
ジェットスキーの両サイドには角ばったでかいブースターが張り付き、地上装備ならあるべき車輪の代わりに大き目のスキッドが4カ所。
しかもサイズのなりの小さ目の翼まで見てとれる。
ソレ、はココではナニ一つ見た事はないはず。
「はい。ゴーレムフォーム、ちぇんじ」
宣言と同時に、こちらの人には何かボスモンスターの変態じみた変形が始まる。
その間一秒と掛けずに異質な巨漢の漆黒騎士へ変貌しマツリの姿は全て隠れてしまう。
「マツリ,なのか?」
「グレイゴースト…GGとでも呼んで。
どう?ゴーレムっぽいでしょ?棍を」
うっかり機体サポートに依存しすぎて翻訳した発音をしてしまった。
灰色の幽霊と聞こえたはずだけど、どうなのかな?このペットネーム。
GGはそのままジージーと発音できた。
「おらよ。確かにゴーレムっていうにはなんかすげぇが、
その体格で十五mオーバーのクマに対する奥の手っつーには…どーなんだ?
俺達の踊りに混ぜろってんならやぶさかでもないが?」
確かに体高2.5m弱の黒騎士は、見た目に奥の手と言うには少々心許ないかも。
しかし棍を受け取ったあたしは、
「冗談!ハンターは獲物を狩るのみよ。
伸びろ!力棍」
あたしの一声で棍…力棍が三倍近く伸びる!
「生物である以上、どれだけ巨大化しようと弱点は弱点!」
DON!と音と風圧を残して今だ立ったままのクマの目の前に一瞬で移動。
「ていっ!」
棍を右目に突き込むけど、手応えがヘニャい…届いてない。
「Gruooouaa!」…と咆哮をあげるが、右目はまだ機能している。
「うっそ、届いてない…効いてないの?」
レビテートはそのまま、爆発的な超高圧圧搾空気の運動性能で背後に回る。
「いえ。効いてますよ!生体フィールドがごっそり減れました!」
アルさん声に冷静になる。
あ、魔法的なシールド?ってヤツ…確かに。ならとりあえず背後から乱打。
ん、効き辛い。
GGよかちょいでかい頭の毛を左手で掴んで右手で寸勁。
「脳みそシェイク!」
でかい動物だとそれでも多少動くやつもいるらしいけど、致命傷のはず。
「GAっ!」断末魔の悲鳴っぽいの上げて動きは止まるが、覚えのある感覚。
「待てイ!回復?再生?脳味噌を?」…イモータル?
理不尽な。他人の事言えないけど。
「もう色々諦めてタコ殴りにして全部挽肉にしてから考えよっかな」
「…俺の剣、貸そうか?」あたしのラッシュを呆然と眺めていたジジイ。
それでも距離を取って構えていた大剣を掲げ、ジジイが申し出る。
「大佐!大佐の…その、いえ、私のランスで十分かと?」
「ふーん。聖炎と業火、ね。それで再生は多少でもマシになると?」
「一瞥でそこまで見抜かれると本気で怖いな。要るか?」
「代替手段があるからいいよ。
とゆーか本気であわよくば援軍まで生きて保たせるつもりだったんだね、二人とも」
「何を今更。我等が生き延びたら全体損耗率がいくらかマシになる」
馬も含めた二騎に多重の付与魔術が見て取れる。
「まあヘイトがあたしオンリーに集中してるんだから、もうちょっと見ててよ。とうっ」
またしてもDONと!音と風圧を残してまだ立ったままのクマの目の前に一瞬で移動。
今度は口の中に力棍を突き立てて力任せに上を向かせる。
「伸びろ!本来の力で焼き尽くせ」
二十mまで伸ばされ、見た目の二十倍以上の重量、そして聖炎。
あっさり縦に串刺しにして見せる。
実はこの力棍、某組織が如意棒を再現しようと開発したモノ。
術力を注ぎ込めば量に見合うだけ自在に長さと質量を増減、聖炎属性まで付いている。
しかし燃費の悪さと棍と言う刃物のない形状が不人気でお蔵入りして居た物を、聖炎属性と相性の悪いあたしが、ソコをOFFにできるよう手を入れてもらい譲り受けた。
と言うか懐かれた。知性があるわけでもないのに。
そしてそのまま討伐完了となる。
経験値を得ました。って?
格闘戦フォームを解除…高機動フォーム状態にして右拳を振り上げる。
「あたし!無敵!」
無意味にテンションを上げてみる。
「ああ、そうかもな…」
無気力にジジイ。
「嘘です。
直接の知り合いだけでも勝てる気がしないのが2つほど…」
正直にゲロってみる。
「そういう問題じゃねーな、どーすっか」
興味なしか。
「あ、でもほら戦術クラスでしょ?超威力とか超範囲魔術とかでドッカーンとかしてないし気が触れたら使えませんし、戦は数です!これひとつで数に勝てるとは…」
呆けた様にアルさん。
「十五分以下…十分と経ってない?
我々が輜重隊含めて五百が二日かけて臨み、1割以上の損耗を覚悟すべき敵をです。
大佐、私は幻覚をみていた様です。これでは幻覚を見ていたと報告するしかありません」
…って、五百?二日間?一割?聞いてないよ?
「アルってめ!」
「では他にどうせよと?ゴーレムが二十mの槍か何かで串刺しにしたと報告せよと?
しかも私の場合リース公爵に」
「…公爵はまずいな。
信じなきゃお前の降格で済むが、信じたら信じたでマツリをどうにかしろって話になる」
「酷い話です。特に後者は無駄に私がマツリと敵対させられる可能性が…」
「いや、だから、禁術じゃなかったでしょ?戦術クラスでしょ?是非報告しない方向で…」
「いいか、五百の精鋭兵を温存して同等以上の戦果を挙げる…。
しかも俺達が見てなかったらもう一段か二段はあったろ?下手な禁術より怖いわ」
「だからジジイは嫌い」
「アルじゃねえが幻覚を見ていた事にしてぇが悪いな、陛下には報告する」
「ねぇ…あたしにはもう一つ選択肢が残っているとは思わない?」
「ああ、マツリに人が斬れないとも思えない。俺達を消して無かった事にできるだろう」
「そうね」
「報告して王国がどう動こうとも無視、あるいは報復蹂躙する事も難しくなかろう?」
「どうかしら?やってみようかな」
「下らない嘘と隠し事が山盛りで御世辞にも誠実とは言い難い」
「ひどい言われ様ねー」
「なのに最初から執拗に穏当な手段を提案し続け、誤魔化そうとする。
最初から逃げるも始末も可能だったはずだ」
「あたしだって追い詰められたら何するか分かんないよ?」
「マツリは弱者の、勝手な俺達の誠実は裏切らない。
戦力的な意味での余裕があり過ぎる」
「だからジジイは大っ嫌い。人を見透かしたみたいにさ!」
「正直、俺より二回り若い陛下がどうするか想像も付かん。
王国から見る以上の他国もよく知らん。
老い先の短い軍人には、王国の未来に係わる判断するには重い。
マツリの中の正しさはどこだ?俺は在りのまま最低限の職務を全うする」
…ズルイ。
あたしは色々『異物』だから現地のジジイに選んで欲しかったのに。
でも、言い訳より先に感アリ。
「まずあたしの中の正しさは関係ないのよね。異邦人ハンターだし、気分次第なの。
他にも色々事情があって、あたしの存在自体どーなんだって話にもなるしね。
とゆーわけで客観的な意見を広く求めているわけですね。
とりあえず今、包囲しょうと先刻あたしに武器を向けて武装解除を迫ったのが十二人ばかり。
武装して寄って来ているわけですが?
意見を広く求めたいと思います」
「っつ!アル!」
「は!」低く短く返すだけで馬を降りつつプレートを5秒でパージ、森に突っ込むアルさん。凄い。
「数的不利は街道より森の方がマシというのは分かりますが、
たださえ少ない人数を分断する意図は?装備もアレですし」
対巨大生物用と対森林複数人用では天と地の差があると思う。
「俺と、まあ、アルは囮だ。
あとは有能なハンターがここに居合わせているらしいから、依頼してみようと思う。
ギルドを通す暇がないから盗賊十二匹分前払いでどうだ?」
あ痛たたた、そーゆーのハンターの仕事なんだ?
今の所、窃盗と強盗の確定語彙を知り得てない。
ないの?区別。まとめて盗賊?『人を襲ってない』とかで修飾する?
「で、でっどおああらいぶ?」
「でっど?王国に限らずここらではキル推奨だ。
元々この辺りに盗賊のアジトがあると目されていて、ギルドに調査探索の依頼も出ているはずだ。
街から馬車で二時間、こんな何もない所に10を超える武装集団。
経費と手間をかけて生け捕って重労役に課しても脱走したり出所しても再犯率二百%を超える。
だからこの段階で盗賊と断言してキル推奨だ」
左様で御座いますか。盗賊は『盗賊』という害獣なわけね。
スタート地点からしてツいてなかったわけですか。
「引き受けないとハンターの沽券に係わる感じですかね?」
「専門によって身の丈に合わないと冷静に判断するのもプロだと思うがね」
それで退路を用意しているつもり?
蹴ってもどうにかするだろうけど。
ああもう!
何で最初から馬をおいてアルさんが森に突っ込む仕様になってんの!
受けるなら正直、邪魔!
「馬があるなら逃げる選択は残すでしょ?普通」
「このクマの死骸は複数の意味で国の財産だ。盗られるのも痕跡を荒らされるのも駄目だ」
つまり、あたしは証拠隠滅してくれる人達の討伐を依頼されてるわけよね?
この石頭が。
「だからジジイは嫌い!受けたわよ!」
グレイゴーストから飛び降りて森へダッシュ。
「ゴーレムは使わんのか?」
「せっかくの囮が2人、あたしまで目立ってどーすんの?
とゆーか、あんまりGGは見せびらかしたくない」
「そういえばそうか」
「依頼はハントだからね?油断しないでね」
さて、ま、やっぱ先刻の奴らだ。
数が合わないのは、流石にやばいと逃げたか…クマのエサか。
ジジイとクマの死骸を中心に森の中を扇状に展開。
右翼手前の気配はアルさんかー。森ン中の対複数人戦。
ジョブとかスキル的に向いてないよね。
と言っても数段格下。
囲まれたりしない限り死にはしないだろうと点で良い囮には違いない。
左端からサクサク行こう。
十mに伸ばして立てた力棍の天辺に立ち獲物を見つける。
とんっと跳び真上から棍を突き落す。
一つ目。
同様にしてトントントンと八つ。
…の間にアルさんが残り3人に囲まれてた。
「助太刀、要ります?」と手前五m地点に降りる。
1人は倒してるし、格違いで押し切れそうにも見える。
「不要…とカッコ付けて無駄に怪我を増やすマゾではない」
「どうしよ、先刻からおっさんがかっこいい」
「だからカッコ付けるつもりはないと…」
「COOLってコトだよ、破っ!」
デフォルトの百六十㎝のままの棍を片手に一瞬で五mを詰め、槍男の首を突き抜く。
空気が凍る。
誰も動けない。
「キル推奨って伺ってますけど?」
「…ああ良い仕事だ」
「このっ!」と槍男2が槍を向け、少し距離を取った弓女がぶつぶつ唱え出す。
おお、ここの魔術とやら?
槍男2の槍は体格も合わせてリーチで勝る…と信じている。
初っ端の威圧も今使っていない以上、何らかの制限がある…と思っている。
槍男2と距離を取りたくないのとアルさんの前で威圧を使いたくないだけ。
あたしは槍を両手持った棍で払い、逆側で鳩尾を突く。
「なまじ刃物が付いてると、こーゆー発想には至らないのかね。
今のは割と普通に槍にも共通の棒術の基礎なのに」
と同時に槍男2が炎に包まれる。
やっぱ味方を巻き込むつもりだったわけね。
あたしもそれがわかってて盾にしたわけだけど。
その間アルさんが何もしていないわけもなく、弓女改め魔術女を始末していた。
「お疲れ様です」
「助かった。ありがとう」
「早いな」
「腕利きのハンターですから」
「しかも派手な音を期待してたが、殆どなんも聞こえんかった」
「ハンターですから!物音厳禁!なんだと思ってるんですか!」
「禁じ…」
「置いてったでしょ!アレ!」
「大佐、武装こそハンターと言うには無理がありますが、彼女はハンターでした」
さすがアルさん!ハンター魂をかぎ分けてくれた!
「具体的に言えよ。刃物を持ってないハンターがどーやって解体すんだ?」
「…雰囲気と申しましょうか…」
そこで弱腰にならんで下さいよ。
でもココでハンターが刃物を持ってないと解体出来なくて不自然なのね。
それはそ-か。解体はともかく、あたしもずっと前は刃物がメインだったね。
同業者内がハンターで準じていたから狩猟者という単語を使っていたけども、
討す者、討伐者だね、あたしは。
倒す方が主。
もうハンターで通すけど。
「えっと…持ってますよ、刃物」
ジャケットの背中の自作ホルダー内から日本では無理な大型コンバットナイフを取り出す。
実は左右のショルダーホルスターにはM93R官給仕様が居るのは秘密。
ジジイは受け取って「抜くぞ」
「あーはい、どうぞ」コレの本質が解るならソレはソレ。
「大きさの割に軽いのが気になるが、なんか凄ェもん持ってんじゃねーか。
何で使わない?リーチか?」
「それもあるけど、刃物だと血脂とか欠けで鈍ったり戦闘中性能が安定しません。
なにより返り血対策が必要です。
アクシデントも起こり易くなります。
そういったものに対処心得も含めて武の道だとは思いますが、生憎あたしはハンターです。
用心深く隠れて相手の周り・群れも含めて良く見て行動パターンを探り、
弱点・急所・隙といった情報を集めます。
そして行動パターンを利用して弱点・急所・隙を突き、
可能な限り少ないリスクとこちらの手札を見せない手段で攻撃します。
悪徳商人殺すに刃物は要らぬ、スキャンダルで塗り固めてやれば良いのですね。
要は弱点・急所を的確にって、トコです」
………安易に血祭とか呼ばれるのが嫌だから…とは説明しづらいし、する必要もないよね。
「聞いた事ねえハンター論だが、返り血の臭いはハンターとしては連戦し辛いか。
それであの魔棍か」
「力棍です。魔力を込める事で伸び縮みしますが」
灰色のコインを取り出し、術力を込めてデフォルトサイズに戻しジジイに放る。
「どうぞ魔力を込めてみて下さい」
「いいのか?ふん!…伸びんな」
「…棍ちゃん、その人に力を貸して…もう一度魔力を込めてみて下さい」
…普段、棍ちゃんとか呼んでないよ?声出す必要もないし、分かり易くパフーマンス。
所有者設定が魔法的に固定されてしまっているけど許可は可能。
「ふん?おっ伸びた…小指の先ほど」
「某研究施設で試作された物なのですが、戻れ」との言葉通りにあたしの手に戻る。
「痛って。なんだぁ?」
「…と、この様にあたしに懐いてしまいまして。
原因究明まで実験動物になるか、買い取りか選択を迫られたのですね。
法外な借金を背負うハメになりました。
こうなると使わないと大損じゃないですか。
つまらない理由もあって少々意固地になっている事は否定しないけど、
スタイル的には合ってるから割り切ろうと」
「そいつはまた…」
「ゴーレムも似たような経緯があってデータ取りに貸し出されている実験機です。
あたしの物じゃないんです。
なのでここはひとつ御内密に…?」
…そーいや、データリンク切れてるよね。
捜してくれてるかな…いや、捜さねーな奴らは。
せめて一言彼女達に…いや、アテにすまい。
「それはそれだ。棍はともかくゴーレムは…ってか本当にゴーレムか?アレは」
ギクッ。いや、ゴーレムですよお…。
「やだなーゴーレム以外の何だって言うんですか」
「少なくとも『今は』ゴーレム以外の何か」
ああ、ソコ、ツっこむ?ジジイ大人げない!
「いや、ゴーレムですよ?ただゴーレムの防御力の中に術者を格納して、
安全性やら色々求めて改良を…って聞いてます」
いや嘘でなく。本当に。最初の基幹POはそうだったと聞いてる。
だからグレイゴーストもブラックウィドウもグレイゴースト2もゴーレムです!
「まあ、個人が独力で作れるわきゃないし、実験的に借りているなら守秘義務もあるだろう。
隠したいのも当然。マツリを今ここでどうにもできない以上、その勢力が俺達の敵でない事を祈るのみだ」
「勢力はまあ問題ないと思うよ」
介入手段がほぼないし。
「なんでだ?根拠を言えるか?」
「んー、勢力全体としてはあたしの味方ではないのに、
アレを持ったあたしがこんなに遠くにいるのに捜さないだろうから?」
「なんだそりゃ」
イカン。
考えながらぼかそうとしたらわけの分からない言葉がでた。
ま、異邦人だし!
「んと、アレは特別な魔力がないと動かない、兵器としては欠陥品判定されてるのね。
んで、それでも動かせるあたしを敵ではないのだからと考える一部が貸し出した。
だからアレとあたしは極めて重要度が低い。ので、遠くまで捜さない…かな?」
「なんだ?わかり難い、苦労してるアピールか?」
「実際苦労してるんだってば!
今だってどうやって来たかも帰る方法も見当も付かないとこで、一人で兵器とかモラルなんか語って!
あたしはハンターなの!
細かい事なんて知るか!」
「そう投げやりになるな。
今の話だと何のアテもないのか?」
「そーよ、悪い?
でも王様にも公爵にもジジイにも世話になるつもりはないからね」
「路銀は?」
「ないわよ…って、先刻の報酬!」
「前払いと言っているのに勝手に飛び出しただけだろうが。
ほれ」
言われて差し出された金っぽい硬貨十二枚。
………価値がわからんのですね。
「後で書類を用意するから受け取りのサインすればボーナスも出す」
「む」
「睨むな。
想定以上の働きをしたハンターにコネを付ける程度、普通だろ。
後、書類を通さないと俺の自腹になるだろうが。
しがない公務員だぞ、俺」
「…サイン、あたしの母国の文字じゃ駄目だよね」
「…社会人はどんなに識字力が低くても自分の名前くらい書けるからなぁ…。
代読代筆屋も契約書のサインまでしねーし意味ねえもんな…」
「覚える。多分識字率九十九%を超えてる文明人の力見せてやる!」
「ならじっくり腰を据える時間がいるよな?
王都が嫌なら少し外れた所に下宿先の心当たりがある。
先刻のボーナスはそこの一月分の家賃でどうだ?」
「くう…先刻から誘導されまくりな気がするけど…飲み込む。
でも、いざとなれば強行突破するよ?」
「それでいい」
「それはそうとして」
「まだ搾取したい情報があるの?」
「そう噛みつくなって。
じきに本隊先触れが来る。
マツリはもちろん、公爵に伏せるなら俺もこの状況の説明ができない。
よって速やかにこの場を離脱して、五百の兵に見つからずに王都に向かう必要がある。
ちなみに先触れが付いたぐらいに本隊のケツが門を出るくらいのはずだ。
街道は丸々使えねえ。
あと、あの辺に見える海からも船で回り込んで来る。
そこで腕利きのハンターに依頼だ。
なんかいい方法ねえか?」
「ジジイ、ハンターを何だと思ってんの?」
「こまけーこたぁいいから。
困るだろ?お互い」
「重要なトコ!
それはハンターに対する依頼ではなく怪しいマツリさんへの相談!」
「そういう自覚があればそれでもいい。
それで、何かねえか?」
「えぇ、えぇ、分かってますとも、あたしが怪しい事くらい。
恰好だって凄い浮いてるわよ。他だって、あたしがあたしを見ても怪しさ大爆発よ!」
「拗ねんなよ。面倒臭せーな」
「あーっ!
面倒臭いって言ったーっ!
女性に言ってはいけない禁断のワード!」
「ガキが女性?ああん?」
「ジジイ、女性と長続きした事ないでしょ」
「くっ、いいんだよっ!兵隊の女なんぞそれでっ!」
おっと、これは地雷?
兵隊の殉職率高かったら面倒だし、折れとこ。
「ごめん、ごめん。それでなんだっけ、王都、王都よね…むう。
…海かなぁ、船ってどれくらい来る?」
「大型船2隻」
「強襲揚陸なんて概念すらあやしいし沖からボートで往復よね?」
「なんかわからんがボートで往復だな」
「邪魔だけど大迂回すればいいか。
ジジイはあたしの後ろに乗って」
「…やっぱりソレか。
どう見ても浮いてたもんなあ。
アル、後は頼む」
「…何をどう頼むと?」
「…おまえが具体的な指示を乞うたのは久し振りな気がするな。
しかしここを短時間でも完全に放棄するわけにもいかん」
「では、幻覚・気絶の方向で」
「すまん」
さて、SFとかでよくあるエアバイクとは如何なるものか?
まず『浮く』
重力制御とかなんとか謎パワーで?ホバークラフトみたいに何かを吹き出す?
ホバーは完全には浮けてないよね?実は以下の問題はホバーも当て嵌るし。
GG・BW・GG2からなる23シリーズの場合、浮遊法術。
次に『進む』、小型ジェットとかロケットとか?
23シリーズの場合、法力を燃料に見立てたジェットっぽいモノ。科学も混じる。
次は『止まる』
推進器の逆噴射?
23シリーズもそれ+数か所に配置された小型超高圧圧搾空気法術器(以下、バーニアに略)。
それでも市街地をバイク感覚とはほど遠い。
問題は『曲がる』
SFではまだ推進器の方向を変える、申し訳程度の安定翼による空力等の描写が見られるけど、
市街走行で角を左折とかは無理。
少なくとも魔法術と科学の融合の最先端機関では再現できなかった。
23シリーズの場合、前記を取り入れた上で超圧法術器での何かに衝突したかのような衝撃を伴う転進が限度だった。
更なる問題は『真っ直ぐ進む』これはお手上げであった。
空に在る、というのは基本的に速度がないと安定しない。
市街走行でこのサイズが浮遊という状態は非常に不安定で、浮遊法術だから墜ちないないにしても衝突が危険。
『止まれない』『曲がれない』では速度が出せず不安定。
飛行よりはるかに風に敏感で、風を読む法術を編み出して定着させるくらいしか展望もなかった。
結果としてゴーレムにエアバイク機能を付与しようとした23シリーズ。
航空機寄りの走行環境を航空機寄りの性能で飛行(笑)させる事となった。
「ぐ!ぎゃ!ぶっ!で!あっ!げって…(以下ジジイの意味不明な声)」
そんな欠陥機でもあたしの技術(フィジカル込)にかかればこんな田舎街道にちょっとした森林程度、問題にならない。時速二百㎞程度、遅い位。
むしろこれより落とすと安定しない。やっぱ風にねぇ。
ほんとSFってどーやってんだろ?
あたしらは地球でもファンタジー側の住人なのに妙な所で物理に逆らえない。
ん?逆らえないのは風で自然だね、納得。
「高度取って目立ったら意味ないし、海までもうちょっと我慢してね」
「…ここまでは何の拷問かと思ったが…海は、いいな…」
「そうでしょうとも」
「しかも速い」
「これでも海面から2mくらいで波が目立たない程度に落としてはいるけどね」
海上なら多少風に乱されてもぶつかる障害物もない。
「灰色の幽霊だったか?また景気よく手の内を晒したな」
「ん…?飛行能力の事?これはまあ、灰色の幽霊自体もう見せた札だしね」
「こちらの方が脅威かもしれん」
む。基幹POが搭乗型ゴーレム絡み…ぶっちゃけ、『人が乗って操る法術で強化補完したロボットモドキ』と聞いていたし、『疑似憑依コントロール』凄いって素直に技術を感心してたからさあ。
脇道に逸れてガラクタと化した23シリーズの飛行能力の技術を無意識に軽く見てた。
「あたしも勘違いしてた。普通に考えたら騎馬兵より騎竜兵の方が脅威だもんね」
だってさ、23シリーズの23ってYFなんだよ?
『制式になれなかった不遇の機体なんだ』って、不吉過ぎる。
制式になる気がないんじゃないかと疑われる。
そんな開発者に対する不信感がなんか誤解を生んだ。
「むぅ、俺としては同意し難いが…まあ、そういうこった」
あ、このジジイ、騎馬兵だった。
フォローしてみるかね。
「ジジイは襲って来るなら先刻の格闘戦フォームと今の高機動フォーム、固定ならどっちが怖いかな?」
「先刻の奴だ」
「なんで?」
「アレは得体が知れん。まだまだ底を見せておらんだろう?
マツリの言うハンターの狩りとは明らかに違った。
コレもまだ底があるかもしれんがアレには及ばない。
今もだが先刻までの陸は特にアレ程余裕がない。
アレにはダメージを『当てる』手段も『入れる』手段も今の所思い付かん。
コレならまだ試す価値のある手段もなくはない」
確かにあの時は装備と自前の術抜きの縛りプレイの上、雑に演技・演出した。
異質なあたしを隠す為に。
コレの底がアレには及ばないのも正解。
「つまり、得体が『分からない』、底が『分からない』
当てる手段が『分からない』
ダメージを入れる手段が『分からない』から怖いわけよね?
それでコレは安定していない事を『知った』だけマシ。
まとめちゃえば『分からない』から怖くて『知った』だけマシでいい?」
「そうなるな」
「ならハンターは知る事から始めます。
クマも盗賊も危害を加えていいものか『分からない』から怖くて逃走しか選べませんでした。
でもジジイに確認する事で『知った』ので逃走以外の選択肢が増えだけマシになってたわけね。
故郷の言葉に『敵を知り己を知れば百戦殆からず』『愚者は教えたがり 賢者は知りたがる』
というのがあるの。分かる?」
「今のマツリは愚者、と言う理解でいいか?」
「あたしは賢者だから知られない様に隠してるでしょ!」
「冗談だ。空飛ぶコレの方が組し易い等と自分で感じたわけだ。
空飛ぶもので括って脅威と考えるのは情報が足りてないか?」
ジジイの誘導に従い人気のない陸地に入る。
「そんな感じ。
ちなみに、空飛ぶモノは基本的に何かを犠牲にして飛ぶ能力を得ているそうよ。
だから同様の種なら飛べる方が弱いね。大体脆いかな?
犠牲にしているモノも弱さにも色々あるし、例外だってあるだろうけどさ。
そこは徹底的に調べて臨むね」
「マツリのいうハンターの知識は怖くなってくる」
「ハンターに有効=兵隊に有効とは限らないよ?
『拙速は巧遅に勝る』って聞いたかな」
「それは似た言葉を俺も知ってるな。
そろそろだ、降ろせ」
街道からは直接見えないものの、車が通れる程度の道の先。
木造平屋4LDKって感じの住宅?
奥には生物の気配はないけど牧場を思わせる柵が広がる。
この家を中心に街道まで、いくつかの術が張られていたがジジイは意にすることもない。
「不在か…まあ、今日は日が暮れる前にはセリスと言う十六七くらいの娘が帰って来る。
俺の妹の養女だ。
俺の名を出してここで待っていろと指示されたと言えばそう邪険にはせんだろう。
悪いが俺がここで呑気に一緒に待っていると、アルが不利に流れると思う」
「ジジイの家ではない?」
「住んではいない。
所有権は俺だがセリスが住み着いて長い。
今更、家主面しても怒るだろうな。
だが前にも俺の手に余る小娘の保護を引き受けてもらった事がある。
例のボーナス候補だ。
明日中には、また来るか連絡を寄越す。
本は適当に読んでも構わないが、食料は…勝手に食ったら怒るかもしれん。
俺の携帯食を置いてく」
「それはいいよ。あたしハンターだってば。
けどいいの?セリスさんを割と酷い厄介事の傍に置いて」
「何、アレもその辺りのカンは俺よりいい。マズイと思えば見事に消えるから。
マツリが話せるだけ話して出て行けと言われたら、素直に出て行ってやってくれ。
この辺りで一度野営でもしたら、痕跡をこちらで見つける」
「一人で勝手に街に入るなと?」
「どちらかと言うとマツリの為だぞ?
俺はこの後どうするか、どうなるかで頭が一杯なんだ、じゃあな!」
言って背を向けトボトボと歩き去るジジイ…金属鎧を纏って。
さて本です。
一応話せるからには粗方は読めるし書けるはずなのだけれど。
しかしマツリと言う発音に対応する文字が解らない。
例の記憶領域の知識にしても文字が古いし、英語で例えるならFestivalの綴りが解っても仕方ない。
そこで文字数の多い本を三十冊ばかり持ち出し、最寄りの木陰にGGを格闘戦フォームにして座る。
その視界は今、実にデジタル。
疑似憑依コントロールというシステムは、本体のほぼ全てが機械か人工物の体を憑依法術で操るわけなんだけど、憑依法術自体そこまで万能術ではないのね。
なので、物理機械を電子的なプログラムでルールを構築した上で術を流す感じらしい。
ここであたしが感動したのは、五感や感覚的なものは憑依要素を高くできるのよ!
通常は見たままの形状の鎧を着た感覚で操作するけど、足の甲に機械的センサーなどない。
なのにあるのよ!触感が!しかも随時任意部位で。
実は嗅覚・味覚すらある!食べられないからどこかで触ってだけど。ホント感動したよ。
発勁とかも練習したらできた。笑ったね。
話を戻して視覚もPC的にアレンジしてまんまPCとしてに使えるから、本を読むリアル視野と例の記憶をリンク・ログ化させてまとめてデジタルストレージに放り込んで処理を待つ。
その間ここに来てからのログを流し読む。
「いやホント凄いよね、憑依。科学とハイブリッドさせてこそだろうけど…ん?」
今なんか見過ごせないセンテンスが…。
ログを戻す。
『経験値を得ました』
…文字化け?んなわけない。
処理前ならともかく日本語で思考するあたしのログだし。
バグ?怖いな。収納を少し開けて内のメンテベッドにはリンク…してるねえ。
一応向こうからサーチかけよ。
問題のセンテンスを関係性検索してみる。
『当該センテンスのサービスには専用ウィンドウスキンがあります。
展開しますか?』
はあ、一応システム内サービスのメッセージなのね。
展開してみる。
『祭/女性 LV最低
NEXT経験値-微
現在経験値 かなり
種族/ジョブ ヒューマン/ハンター
HP 無/無
MP かなり/かなり
肉体強化 LV最低
棒術 LV最低
急所攻撃術 LV最低
格闘術 LV最低
疾走術 LV最低
気功術 LV最低
浮遊術 LV最低
ゴーレム召喚 LV最低
ゴーレム操作 LV最低
・
・
・
経験値を消費してLVを上昇しますか?』
…。
「誰よ!勝手に屑ゲームアプリ突っ込んだ大馬鹿は!」
しかしそのスキン外からシステムメッセージ。
『該当プロセスは本メインオペレーションシステム内の拡張サービスにより生成されました、
ユーザーのコンディションエディットとインフォメーション用アプリケーションになります』
このっ、犯人はOSとかっ!…メンテベッドからレス…お前もか…?!
真っサラの正規OSと比較検証したメンテベッドの回答も正規の仕様だと。
しかもコレが今のあたしの身体診断って?最低とかかなりとか、雑い!
HP無/無って何?あたし今死んでるの?復活待ち状態?
あたしこれでもリアルチートだよ?向こうでハンターしてた頃から!
ふとHELPアイコンがポップアップ。
「読めと?」取説に丸投げかい!
OSにまでググレカス状態。
なんか、ここまで馬鹿にされた気分になった事は記憶にないね。
とりあえず一般人サンプルを指定する必要があるらしい。
一番の雑魚だった盗賊を指定。
『祭/女性 LV0
NEXT経験値 1
現在経験値 22032061
種族/ジョブ ヒューマン/ハンター
HP 0/0
MP 9999/9999
肉体強化 LV0
棒術 LV0
・
・
・
経験値を消費してLVを上昇しますか?』
あ、数値化した。でもHP0…。MPはカンスト?LV0で?
ってゆーかLVが0って何?
LVを1コ上げてみる。
「っつ!」急に生体フィールド?ってやつがあたしを広がり包んだ。
『祭/女性 LV1
NEXT経験値 2
現在経験値 22032060
種族/ジョブ ヒューマン/ハンター
HP 9999/9999
MP 9999/9999
肉体強化 LV1
棒術 LV1
・
・
・
経験値を消費してLVを上昇しますか?』
増えたねーHP。一気に上限?=生体フィールド?
だとするとHPとはイメージが違うくない?
バリアポイントとか…って思ったらHPがBPにエディットされた。
スキル表記されたタブの下のスキルっぽいのは大本のLVに固定かレベルキャップされてる?
スキルタブの横のパラメータータブを指定したら、力とか素早さ、気力、知恵…とズラズラっと4桁カンストしてた。
知性と運とが微妙にカンストしてないのはどーゆーイミかね?
試しにBPをHPに戻そうとしてみるけど、できない。
他も色々試してみるけど、違和感の修正はできても嘘は書けない。
自分に嘘は付けない?
問題は『種族』。ヒューマンか人にしかできなかった。
正直に言うとあの『クマ』、生身でもなんとかなったと思う。
絵的に無理があるからGGを使って演出して見せた。
自分で言うのもなんだけど人間辞めてるよね。
実際人間辞めて『あの記憶を持った魔物』を取り込んで魂を『喰った』から、このチート。
あたしは偽れないひとに人間ですとは言えない。
「硬い空気。こんなに血臭を振り撒いて、待ち伏せですか?
嫌がらせですか?家に帰るのが怖いのですけど」
銀に近い金髪、端正な表情から発するフラットな調子で剣呑な言葉。
馬上の姿はひ弱にも見えないものの、華奢な体躯にフラットな碧眼。
そして…長い耳。
街道を通っているのは気付いていたけどソコから家に施した術式で見られた。
確かにジジイより格上かな。
ミスった、色々と盲点だったなあ。
変に動くのも不審かと、声がかかるまで待ってみたら先程の御言葉。
「セリス、さん…よね?」
グレイゴーストもじっとしてればただの大きな真っ黒全身甲冑…に見えるはず?
胸部が異様に前後に張り出していて、傾斜した感じであたしを寝かせて格納している。
変形の為、装甲の付き方もおかしいし、翼まである。座っていると人型に見えないかも?
「あら女性?」
今の状態で肉声を発してるわけでもないけど、デフォはあたしの声のサンプリング。
「ジジイ…いえ大佐?名前なんだっけ…?」視界の端で慌ててログをまくる。
「グリじい?」ヒントを出してくれた。
「そう!グリグス…様!そのグリグス様が明日までセリスさんと話して待っていろと…」
ちなみに今あたし、大混乱中。
「そう、私がセリス・ダグウェルですね。
初めまして?」
「エルフじゃん!って、すみません、あまりにも事前情報が…でもなく、ごめんなさい。
驚くとは思いますから、馬も身構えさせて下さい。脱ぎますから。
除装!」
機能として言葉は必要ないけど、その場に居る者に配慮として相応しい言葉を宣言する。
見た事などあるはずもない、奇怪に見えるだろう変形を終えてあたしは地に降り立つ。
「遅れまして申し訳ありません。マツリです、呼び捨ててください。
初めまして。
あとソレの片方は手土産代わりです」
反対側の幹に吊るした二つの首無の大型野牛っぽい動物を指す。
最初に食料確保の為狩った。
現在絶賛血抜き中。
言葉は違っても口は『あ』の形になるんだね。
混乱具合は先刻あたしより酷いと思う。
当たり前か…何を競ってるの、あたしは。
最初にGGを見られた上に除装しないわけにもいかない展開。
もうジジイ視点で経緯を全部ゲロった。
だいたい何でエルフ?
希少だけど居る事は知ってたけど、ジジイが…何でジジイが…。
さも孫扱いみたいな言い方して!そりゃあ血が繋がってない発言はしてたけど。
「ハメられました。絶対ワザとです。こんな明確な確認情報を言わないなんて」
「私が孫扱いは本当ですよ?それと私は推定エルフです。血縁を知りません」
「えと、何か…ごめんなさい」養母関係はきっと全部地雷だろうし。
「いえ、グリじいには私も手を焼いています。
あの他人を怒らせる才能はどうかと思いますよ?
四年前に亡くなった養母も子供の頃からよく泣かされたと言ってました」
あら、そうでもないの?
情は感じられるけど、四年前なら整理も付くかな。
「あとあの肉も…」エルフは肉を好まないらしい。
「ああ、あの肉だけで一月分の家賃ですね?ボーナスは別に貰って下さい」
「え?あの、え?」
「確かに邪険にはできませんね。私は猪より断然牛派です」
「あれ?エルフは肉を好まないのでは?」
「好まない…らしいですね。
好き嫌いの範疇だと思いますよ?
私は人間育ちの推定ですから生活慣習全般が人間と同じと考えてください。
大体、狩猟民族のクセに何故肉を嫌うのか…想像もできません」
「そういえば弓とか得意なイメージよね。なんで?いや、同感です」
「それでは干し肉を作りますよ?心が躍ります。
下手したら近日中にここを出る可能性があるのですからたくさん作りますよ?」
「了解です。…って、待った。
何で当たり前みたいに一連托生みたいな感じになってんですか?
そこまで迷惑はかけません!」
「あのですね。グリじいがアルファームさんの立場を考慮して城に向かった時点で、少なくとも私とマツリはしばらくは一連托生がほぼ決まった様なものですよ?
マツリが私を見捨てるなら話は変わりますが、見捨てられないよう頑張りますよ?
情にだって訴えかけてもみますよ?」
「なら今すぐ出ますよ」
「それはマツリが私を見捨てるルートですね。
マツリにとって不利な判断をされた場合、グリじいがどうあろうと私の存在は知られてますから、逃走するしかなくなります」
「逃げずにばっくれたらいいでしょ」
「王が禁術を強奪しようと考えた場合の話ですよ?
しらばっくれられる手段を選ぶと思いますか?
貴族でもなく顔もはっきりしないような一領軍団長とその係累程度,考慮の余地なんかないですね。
私なら、薬拷問魔術セットで私の推測からマツリ人物感まで吐かせて、効けばもうけの人質にして使い切りますよ。
最悪な事に私は思ってしまいました。多分グリじいも。
マツリにこの手の脅迫は有効な気がする、と。
マツリがどう動こうが、私のその後にはあまり影響はありませんね」
「………ジジ…グリグス様はそこまで考えてセリスさんに預けたのかな?初対面の人を人質とか」
「それが有効な人ってそこそこ居ると思いますよ?
知り合った人が片っ端に…って怖いでしょう?
グリじいに関してはおそらくNOですね。
多分、『マズイもの拾っちゃった。小娘苦手だしセリスに押し付けよう。
何かあってもセリスなら逃げるだけならどうとでもするだろ』…くらい?」
OH…。
「…そんな様な事言ってた気がしますね。
マズイ思ったら消えるのが上手いとか何とか…」
「…グリじい、その信頼が痛いわ…」
ここまでトーンに変化がなかったセリスの声がちょっと芝居がかった。
「なにかあったの?」
「それはまあ、兎も角、有事に逃走一択なら一連托生の方が合理的でしょう?
仲良く干し肉作りましょう」
「…本当に酷い厄介事ね、あたし…」
うーん、だれかにあたしを討伐して貰う事を検討すべきかな。
「まあまあ、グリじいだと直の報告が許されるギリギリでしょうから、周りがごねたらあっさり無理で終ります」
「その場合アルさんは…」
「誰かが貧乏くじは引くのですよ?それが自分でない事は罪ではありません」
………あたし含めて今日知り合った全員が1回は引いてると思うの。
そして仲良く?干し肉作って晩御飯作って食べて、ようやく今日が終わった。
元々日本の一般家庭の生まれにしては波乱万丈の人生ではあるけれど。
直接的にあたしの命の危機があったわけではないけれど。
労働量も特別多かったわけでもないけれど。
しんどかった。
借りた部屋のベッドの違和感も野宿慣れした悲しい体には天国で。
深い眠りについた。