OPENING#3
女の子の部屋ってのは元いた世界ではだいぶ敷居が高いものだったが、この世界ではそういうこともないらしい。
簡単に女の子の部屋、しかも一国のお姫様の部屋に入ることができた。
半ば強制的に連れ込まれたのだが。
部屋はほんの四畳半、ベッドと鏡台が置いてあるだけで生活感が全くと言っていい程感じられない。
お姫様の居場所を敵に知られては困るということから敢えてこんな貧相な部屋にしているらしい。
団長室の奥の元は物置として使われていた小部屋だ。
こりゃ退屈もするわ、と心の中で思いつつ、子守を任された俺は華に瓜二つのお姫様とこの部屋で二人きり、話をしているわけだ。
「だーかーらー、お前が俺の元いた世界の死んだ彼女にソックリだから何か知らないかって聞いてんだよ!」
「わっけわかんない!元いた世界もあんたの彼女も、これっぽっちも興味ないっつーの!」
いや、口論しているわけだ。
「興味の問題じゃねえんだよ。全く同じ顔なんだぞ!?関係ないはずないだろ!」
「ちょっと団長さーん!もう無理なんですけどこの人ー!」
姫がわざとらしい大声で叫ぶ。
団長が聴こえないフリをしている姿が容易に思い浮かんだ。
「はあー、何で同じ顔でこうも性格が違うかねえ。華はもっと清楚でおしとやかで可愛げがあって...
ガンッ!!
・・・暴力的じゃなかった。」
俺は鏡台に置いてあったアルミの容れ物を姫に投げつけられて鼻血と愚痴を垂らしていた。
「どーでもいいけどムカつくからその華ってやめてくんない!?私はリサ・アルトダフネってちゃんとした名前があんのよ!姫って呼びなさい!」
(・・・結果名前関係ねえじゃねえか。)
「じゃあリサって呼ぶわ。とりあえずお前の子守をしないと俺はここに住まわせてもらえんからな。よろしく。」
「姫って言ってんでしょ!それと子守じゃなくて暇潰し!あんたの名前は?」
「クロだ。」
「クロね。分かったわ。不本意だけどほーんの少しの間よろしく、クロ。きっとあんたもすぐに代わるわ。」
勿論声も同じだ。
華と同じ顔の美少女に同じ声でクロと呼ばれた時少しドキっとしたのは心の中に留めておこう。
「そんで、暇潰しって何やるんだ?」
心を落ち着けて冷静に問う。
「私、外の世界が見てみたいの。」
「はー、なるほどー。地上ってことか。」
・・・って、ん?
「お前、まさか産まれてからずっとここにいるのか・・・?」
「正確には産まれる前からね。ここで産まれたのよ、私。」
信じられない。
生涯ずっとこの地下で一切太陽の光を浴びずに育ってきたというのだ。
「私ね、後悔してるの。お姫様として産まれてきたこと。普通の女の子ってお姫様になることを夢見るんでしょ?本当、何も知らないのにね。」
「お前...。」
「死ぬ前に一度だけでもいいから外の世界、見てみたかったなあ...。」
リサは独り言のようにそう呟き、低い天井を見上げた。涙を浮かべているようにも見える。
「よ、よーし!俺が連れてってやる。地上が良いとこだって教えてやる!」
今日まで一ヶ月間全く外に出なかった者の言葉である。
「本当!?じゃあ行きましょう!」
リサの涙はスッと引き、輝かせた目をこちらに向ける。
しかしどうしたものだろうか。
スガワラと呼ばれる化け物は簡単に倒せるものの、まずここパルティカから出なければいけない。
建物内を徘徊している魔法使いは常識では考えられない能力を持っている。
誘拐犯と判断されれば弁明の余地も無く殺されるかもしれない。
「しかし、脱出の方法が思いつかないんだが...。」
「それなら大丈夫よ!」
リサは自信満々に親指を立てた。
「・・・なあ、これすごく賢くないよな。」
俺たちは団長が部屋を出た時に人一人入れるサイズの段ボールに身を潜め、魔法使いがいない時を見計らって少しずつ長い廊下を移動していた。
「あんたも私も人間でしょ。だから魔法使いのみんなに能力細胞を感知される心配もない。段ボールに入ってるなんて誰が気付くもんですか!ふふふふふ...。」
隣にいる段ボールが不気味に笑っている。
「とりあえずさっさと出ちまおうぜ...。」
すると廊下の向こうから人が近付いてくるのが段ボールの取っ手の孔から見えた。
「リサ待て...!まだ動くな!」
俺は小声で主張したが隣の段ボールは全く気付かず魔法使いであろう者の前を横切ってしまった。
魔法使いはジーっと段ボールを見つめている。
リサも気づいたのだろうか、固まって一切動かない。
そんなシュールな状況が10秒ほど続き、とうとう魔法使いが段ボールを持ち上げた。
「姫様、何をやっているんですかこんな格好で。」
魔法使いは黒髪でオールバック、赤い目をしていて、何とも美形だった。
「あ、ハヤトね...!」
ハヤトという名前らしい。
リサは段ボールの中にいた時と同じみっともない姿勢でうずくまり、ハヤトを上目で見つめている。
すると何か閃いたように目を大きく開き、指を指して叫んだ。
「次はハヤトが隠れる番よ!ほら、早く逃げなさい。見つかったら今晩の夕食抜きにさせるから!」
・・・それは通じるのだろうか。
見た目はとても真面目で頭が良さそうに見えるが。
「なッ!10秒お待ちください!ただいま隠れてまいります!」
そう言うとハヤトは一瞬で消え去った。
ニッと笑って俺が入った段ボールの隙間に向かって親指を立てるリサが見えた。
(どうなってんだ魔法使いたちは...。)
しばらく歩いて、来た時と同じエレベーターに乗って一気に最上階まで昇った。
天井まで上がるとリサが呪文のようなものを唱えた。
レイが言っていたのと同じだ。
「とうとう地上に出れるのね!」
リサが目を輝かせている。
天井に人一人入れる穴が現れる。
リサが躊躇なくその穴にジャンプすると、あっという間に吸い込まれた。
「おい!先に行ったら危ないだろ!」
俺も慌てて後に続く。
ーーーすると案の定だった。
「ふぇえ...。クロ助けてぇ...。」
泣きながら一体のスガワラに捕まっているリサがいた。
「どんだけ早く捕まるんだよ...。」
俺はやれやれと溜息をつく。
「おい、お前!そいつ別に魔法使いじゃないから離しちゃくれないですかねえ?」
何とも無機質な生物に話し掛ける。
だが勿論反応がない。
するとスガワラはリサを抑えていない方の手をこちらに向ける。
そして手が微かに光り始めた。
(・・・何だ?)
疑問に感じている俺の顔の横をギリギリすり抜けて光線が走る。
「え?」
何が起こったのか気付いたのは、遥か後方の丘が大きな爆発を起こし、目の前のスガワラの手から煙が出てるのを見てからだった。
「まさかお前が・・・?」
すると息つく間もなく再びスガワラの手に光が灯る。
「まてまてまて!!!」
俺は手が向けられた方向からダッシュで逃げる。
先程までいた場所が爆発によって吹き飛ぶ。
「うおおおおおおおおおおっ!!!」
スガワラからリサを奪い取り抱き上げ、逆方向に走り抜ける。
「ちょちょちょ、あれ何よ!聞いてないんだけど!ていうか自分で走れるわよ!」
「俺だってあんな攻撃してくるとは思わなかった!そんでお前は動きづらそうな服着てるんだから黙って担がれてろ!う、重...っ。」
「いらんこと言うなっての!」
リサが顔を赤らめる。
ただそれを見てる暇はなく、次々と放たれる光線を避けるために走り続ける。
スガワラはいつまでも追いかけてくる。
「うおっ!」
足元の小石に躓き、リサ共々地面に倒れる。
「痛っ...!ちょっとあんた!何してんのよ!」
「悪いが謝ってる暇は無いぞ...。」
スガワラが3m後ろくらいに迫り、手を翳す。
(くそ!どうする...?)
「あー、最期に地上に出れて良かったわ。」
リサが拝むように両手を合わせ目を瞑り大量の涙を流している。
スガワラの手が光り、光線が発射される。
(もうダメか...!?)
その時、目の前にあった草がみるみるうちに急成長し、スガワラと俺たちの間に1/4の球体のような形を作って立ちはだかった。
ものすごい音の後、俺たちが無事だったところを見ると、どうやらこの草の防御壁が守ってくれたようだ。
「な、なんだ?」
「全く、いきなり問題とか勘弁してよね。一応僕に責任があるんだから。」
聴いたことのある声。レイだ。
「レイ...。」
「別にお礼なんていらないよ。それより今はこいつを...
「お前スガワラがこんな攻撃するなんて聞いてねえぞ!」
レイの言葉を遮り、怒鳴る。
「クロ、まさかさ、それを知らずに3体のスガワラに突っ込んだわけ?死ななくて良かったね。」
そう、あの時スガワラの攻撃を受けなかったのは偶然だったのだ。
「・・・ていうかそこにいるのは姫!?どうしてこんなところに??」
「いや、あの〜、この男に無理矢理...。」
リサが目を逸らしながら応える。
「おい!嘘つくな!その嘘は結構マジでヤバイだろ!」
「まあ、処罰は団長が決めることだよクロ。とりあえず僕はあのスガワラと相手をしなくちゃ。」
そう言い残すとレイは草の防御壁から抜けてスガワラの方へ走っていった。
「だ、大丈夫かよ!」
「あまり舐めないでよね!」
レイが手を上げると再び草が急成長してスガワラの追撃を防いだ。
すると今度は根っこのようなものが伸び始め、レイはそれを乗りこなす。
それと同時に草の蔓がスガワラの脚に絡みつき自由を奪う。
最後に腰に付けていた木刀をスガワラの頭上から振り下ろし、貫く。
スガワラは光っている目を最大限に開き、服だけを残してサラサラと消えていった。
「スガワラは決して弱い生物じゃないよ。クロが勝てたのは運が良かっただけ。これから気をつけな。」
レイが先輩風を吹かしていて少々いけすかなかったが、要領良くスガワラを倒した姿は確かに格好よく見えた。
「ねえ、あんた...。アレ...。」
リサが横で呟く。
指を指した方向には何やら人がこちらに歩いて来ているのが見えた。
レイの後方だ。
「なかなか質のいい魔法使いを育てているじゃないですか。これは楽しめそうですねえ。」
レイも気付いて振り返る。
「お前...!黒...ッ!!」
レイの額に一滴の汗が流れる。
「なんでこんなところに...。」
「あなたスガワラの機能知ってます?監視カメラなんですよ、こいつら。」
眼鏡の男はスガワラの服を拾いあげて笑う。
知的で清楚だが、話し方から嫌味っぽさが伝わってくる。
「お姫様が何とも弱そうなやつらとお外に遊びに出てるんでね、私も混ぜてもらおうかと思いまして。」
すると眼鏡はレイからリサへ目線を移した。
「姫様、はじめまして。3級魔法使い、ベル・レインと申します。」
3級魔法使いという言葉に表情を変えたのはレイだった。
なんとなくマズイ空気は伝わってくる。
眼鏡の目が怪しく光る。
「これから仲良くしましょう。」