妄想結婚 改
年齢問わず男女の間で『妄想結婚』というものが流行しているらしい。テレビを点けると連日どのチャンネルでも『妄想結婚』という言葉を聞かない日はないというくらいの大流行である。これは妄想の中で結婚するというそのまんまの名称であり、実際には未婚である。
妄想の中で相手の名前と容姿、性格を自分好みに決めることができる。この要素が『妄想結婚』なるものが流行した要因であろう。
「括利ちゃん。妄想の相手ってどんな人なの?」
場所は教室。十ヶ崎飯は興味本位で聞いてくる。
「どういう人だと思う?」
九々括利は問い返す。
「そういうのいいから」
「だよな。優しくて頼りになる人だよ」
九々は簡単に答えた。
「ふうん。名前はなんていうの?」
「光黒虎冬だよ。イケメンでね。まあ、妄想の中で相手をブサメンにしたりはしないだろうがな」
同意を求めるかのように九々は十ヶ崎を見る。
「そうだね。虎冬って人はどういう時に頼りになるの?」
「そうだな。分からない問題の答えを教えてくれる。虎冬は本当に頼りになる」
ふと九々は遠くを見つめた。光黒が答えを教えてくれた時の妄想を思い出しているのだろう。
「へぇ~。答えを教えてくれるんだ。それってつまり、答えが分かってるんだよね? 括利ちゃん」
「ああ、分かっている。自分が分からない問題の答えを妄想の人物が分かるわけがないからな。答えが分かっているからこそ、この妄想は成立するんだ」
九々は至極当たり前のことを告げた。
「括利ちゃん。成績上位だもんね。私は成績中位だけどね。下位じゃないだけまだマシだけど」
「飯ちゃん。それは成績下位の人たちに対して失礼じゃないか」
「そうだよね。成績下位の人たちは下位なりに、地を這いずり回りながらも頑張っているんだもんね。失礼な事を言ってしまったよ」
さらに失礼な発言を十ヶ崎はした。
「そうだ。無駄な足掻きをしているが、頑張っているんだ。下位じゃないだけまだマシという発言はしてはいけない」
九々も十ヶ崎と同じくらい失礼な発言をしている。
「もう金輪際言わないよ。このことを忘れた時のことを考えて、神には誓わないけれど」
この先も言うかもしれないことを十ヶ崎は示唆した。
「ついでに聞いておこうか。飯ちゃんの妄想の相手はどんな人だ?」
「ついでという部分が気に障るけれど、そうだね。料理好きで自分のことをかっこいいと思っているナルシストな人だよ」
苦笑しながら、十ヶ崎は人物像を答えた。
「それってつまり妄想の相手はかっこよくないということか?」
「うん。不細工というわけじゃないけれど、特別かっこいいというわけでもない中途半端な人なんだよ」
妄想の相手をイケメンに設定しない人もいるのだな。
「名前はなんて言うんだ?」
「重石宮内だよ。私はナルシストな人が大好きでね。ナルシストにとって、私はたまらないだろうね。だって、私はすごく可愛いからね」
十ヶ崎は自意識過剰な女である。
「ナルシストにとって、たまらないかはさておくとして、確かに飯ちゃんはすごく可愛いよな。各言う私も負けず劣らず、すごく可愛いがな」
九々も十ヶ崎と同じで自意識過剰な女である。
「うんうん。括利ちゃん、可愛いよね。あ、そうだ!」
十ヶ崎は名案が思いついたかのように目を輝かせた。
「ねえ、今週の土曜日にダブルデートしようよ。恋人の気分を味わえるかもよ? 私は恋人期間を省略し、最初から結婚している設定だからね」
「奇遇だな。私もそうだ。中には妄想内で恋人期間を経て、結婚した人もいるようだがな」
二人とも最初から結婚している体で、恋人気分を味わったことがない。
「ダブルデートか。楽しみだな」
「そうだね。早く土曜日にならないかな」
九々と十ヶ崎は寸分の狂いもなく、同時に微笑んだ。
☆☆
それから数日が経過した土曜日の朝。場所は人気の遊園地。
「どこから行こうか? 括利ちゃん」
「そうだな。……お化け屋敷はどうだろう」
数秒ほど思案し、九々は提案する。
「いいね。まずはお化け屋敷でテンションを上げようかな」
言いつつ、十ヶ崎はお化け屋敷がある方向へと歩を進める。九々は十ヶ崎の後についていく。
お化け屋敷に到着すると、九々と十ヶ崎は怖がることなく堂々と進んでいった。
すると物陰から幽霊に扮した女の子が飛び出てきた。しかし、二人は驚かなかった。長い黒髪に白い服装というなんともありがちな恰好である。白い服装に血――正確には血糊――が付着していた。
「眼球がくり貫かれてるように見えるね」
十ヶ崎が感心したように言う。
「そうだな。その部分だけが空洞になっているみたいだ。素晴らしいメイクだな」
九々は女の子に近づき、眼球付近をジロジロと見る。まったく怖がっていないし、その素振りも見せない。
「…………」
女の子は困った表情をする。それも当然だろう。怖がられていないし、ジロジロと見られているのだから。
「困った表情してる。可愛い」
十ヶ崎は身体をくねらせる。
「確かに可愛いな」
九々も十ヶ崎の意見に同意する。
「先へ進もうか、括利ちゃん。ばいばい」
十ヶ崎は女の子に手を振る。困った表情をしながらも、手を振り返してくれた。
☆☆
辺りを見回しつつ、九々と十ヶ崎は先へ進む。
「あの子可愛いかったね。宮内は怖がってたけど」
「虎冬も怖がってたな。あんなに可愛いのに」
その二人は妄想の人物なので、怖がらせているのは九々と十ヶ崎である。
夫との惚気話を互いに披露しながら、歩いていたが、ふと通路の隅で泣いている女の子を発見した。
「どうしたの? お姉ちゃんとおしくらまんじゅうする?」
「泣いている女の子にかける言葉じゃないと思うぞ、飯ちゃん」
九々は十ヶ崎の肩に手を置き、言った。
「果たしてそうかな。『おしくらまんじゅう押されて泣くな』という歌詞もあることだし、これをすれば、何やかんやで泣かなくなるかもしれないよ?」
「何やかんやって便利な言葉だよな」
九々がそう呟いた途端に女の子は泣き止み、立ち上がる。
「泣き止んだね。大丈夫?」
十ヶ崎は女の子に声をかける。が、女の子は何も答えずにゆっくりと振り返る。その途端、首がガクンと落ちた。
「マジックの番組で観たことあるな。首が落ちるマジックだろ」
「私も何回か観たことあるよ」
九々と十ヶ崎はまたもや怖がらなかった。
「ねえ、種明かししてよ。どうなっているのか知りたいからね」
十ヶ崎は微笑んで、女の子に詰め寄る。九々も詰め寄った。
女の子は戸惑った表情で、九々と十ヶ崎を交互に見つめて、仕舞いには泣き出してしまう。
「ああ、すまない。泣かせるつもりはなかったんだ。本当に申し訳ない」
九々は女の子に謝った。
「ごめんね。泣かせちゃって」
十ヶ崎も女の子に謝って、その頭を撫でた。
「えっぐ、ふえん、ぐすん……この他に泣く時に使う言葉ってありますか?」
『……泣き止むの早っ!』
九々と十ヶ崎は女の子にかまうことをやめ、先へ進んだ。
☆☆
「あの子の首がガクンと落ちた時、宮内ってば腰抜かしてたよ」
「そうか。虎冬は口から泡を吹いて倒れたぞ」
九々と十ヶ崎はそれぞれ夫の怖がりに呆れかえっていた。
「明後日の月曜日にクラスのみんなに首が落ちるマジックを披露したかったんだけどね。種明かしをしてもらう前に、女の子にかまうのやめちゃったからね。骸骨の被り物でも被って、驚かせようかな」
「そいつはいいな。私も被るとしよう」
どんな骸骨がいいかを話し合おうとした時、ガタガタと上から何かが降ってきた。
「痛っ! 何事!」
十ヶ崎は上から降ってきた物体にぶつかった。それは骸骨だった。ワイヤーが骸骨に巻きつけられており、天井から吊り下げられている。
「骸骨の被り物の話をしてる時に、降ってくるなんてね。それにしても可愛い骸骨だね」
頬を緩ませて、十ヶ崎は呟く。見る人が見れば、リアルすぎると怖がっていたことだろう。
「そうだな。持って帰って、家に飾りたいくらいだ。怒られるから、持ち帰らないけど」
九々は少し残念そうな表情だった。
「ばれなければ、問題ないよ。……よし」
「よし、じゃないだろう。ばれたら、こっぴどく叱られて面倒だ。やめとけ、飯ちゃん」
骸骨からワイヤーを取り外そうとしていた十ヶ崎を九々は止める。
「……仕方ない。括利ちゃんを部屋に飾ることにするよ」
「私は人形じゃない。人間だ」
九々は十ヶ崎の頭を軽く叩いた。
「冗談だよ。止められた腹いせに言っただけだからね」
「腹いせときたか。骸骨の人形か何かを買ってやろう。止めた詫びとしてな」
「約束だよ」
骸骨の人形について話し合いながら、進んでいくと、出口が見えてきた。
☆☆
「全然怖くなかったね」
「ああ、可愛いくらいだ」
お化け屋敷のすぐ近くのベンチに九々と十ヶ崎は座っていた。
「宮内なんか骸骨が降ってきた時、情けない悲鳴を上げてたよ。どこが怖いのか理解できないよ」
「虎冬は骸骨が降った時、気絶していたな」
怖がりすぎだ、と九々と十ヶ崎は笑う。
「帰りに被り物を買わなきゃね」
「そうだな」
それから、九々と十ヶ崎は閉館間際まで遊び、帰宅した。
☆☆
月曜日の朝、九々と十ヶ崎は教室の前に立っていた。
「教室の真ん中辺りまで行ったら、即座に被り物を被るんだよ」
「分かった。どんな反応をするか楽しみだな」
九々と十ヶ崎は教室へ入室し、真ん中付近まで行く。そして、満を持して骸骨の被り物を被る。
『…………』
クラスメイトは無言で九々と十ヶ崎を見た。反応はそれのみだった。九々と十ヶ崎は悲しそうな表情をする。
「……せっかく高い金を出して、購入したのに」
「……誰も驚いてくれないとはな。悲しいよ」
九々と十ヶ崎は意気消沈したかのように、ため息をつく。
「……うちの旦那の健吾は驚いていたよ。涙と鼻水で顔がグチャグチャになってたよ」
「俺の家内の明菜は失神したよ」
「私の彼の良太は白目を向いていたよ」
「……僕の彼女の有紀は悲鳴を上げたよ。こんなに大きな声が出せるのかってくらい大きかったよ」
クラスメイトは口々にそんなことを言った。
「……まあ、それもそっか」
「……だな」
九々と十ヶ崎は顔を見合わせた。
☆☆
政府特別監視室にて。
「いやはや、まさかこれほどとは」
「妄想というものは素晴らしいな」
二人の男性が会話をしている。
「テレビで『妄想結婚』なるものが流行っていると嘘の噂を流す。すると若い奴らはそれを真に受け、実際に流行らせてくれる。そして……」
「本来持ち合わせている感情を妄想の人物が代わりに請け負う。あげく本人からは徐々に感情が失われていく」
「予算を使わずに兵士を育てる実験。とりあえず第一段階は成功した」
二人の男性は快活に笑った。
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