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狼を狩る者  作者: 丙子
1章 出会い
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1章8話

 無愛想。慇懃無礼。傲岸不遜など――

 自身が他人に与える印象は、おそらくこんなところだろうとシラッドは思っている。他人に素姓を知られたくない者としては、初めてまみえる人間には半ば無意識的に身構える。

 だから初見で好印象を持たれることはない。それが普通だったし、また自らそう仕向けることもあった。


  ――それが一体どういうことだろう。

 目前にいる金髪の皇女は、真円のような青い眼を爛々とさせながら、警戒するどころか興味深々といった眼で真っ向から自分を見据えてくる。

 酒場で働く町娘とは言わないが、ほんのり熱っぽい眼は、貴族特有の居丈高いたけだかな冷やかさを感じさせない。

 ただ、自身が備える類稀なる容姿を分かっているのだろうか。稀代の美女にじっと見つめられていると、心がさわさわとして落ち着かない。邪心がないのもやりにくい。


 シラッドとカリナは2人だけで相対している。さきほどまでお互いの脇に控えていたバラルと近衛兵は、カリナの願いで少し離れた場所にいる。

 何とも言えない居心地の悪さからシラッドは視線を外し、ふぅと息を吐くように言う。

「……殿下。あなたは叙勲式について、どれほどまで知っていたのですか」

  ――あなたはヒュームの行為を了承していたのか、と暗に聞く。

 相手から寄せられている小さな好意に対し、無機質な壁を設けるような、無粋で単調直入な物言いだった。

(……我ながら嫌になるな)

 さすがに疑いをかけられたのが不満だったのか、カリナはやや唇を尖らせつぶやく。

「……それも……そうですね」

「……ではまず叙勲式のことを少し話しましょうか」

「ええ。お願いします」

 そうして、カリナは絹を思わせるほどしなやかな金髪を両手で軽くなでつけ、柔らかな声で語り出す。


 ――どうやら、カリナが事前に聞いていたことは戦時下のため叙勲式を簡略的に執り行うことと、第一遊撃隊を率いたシラッドに財貨と新造部隊を褒賞として授けることのみだったらしい。

 シラッド自身ある程度は予想がついていたが、式典でのぞんざいな扱いはヒュームをはじめとする上級貴族同士で口裏を合わせ、カリナに知らせず独断で行ったことのようだった。

 腹芸とは無縁そうな目前の皇女は、どうやら一切関わっていない。疑惑をかけたにも拘わらずシラッドは少し安堵した。

 いやむしろ、この皇女の潔癖を証明したかったからこその辛辣な問いだったのだが――

 そのことにはシラッド自身気付いていない。


 カリナが話を続ける。

「実は、貴方のことを初めて知ったのは、叙勲式の議事録を閲覧した時です」

「……まさか議事録を作成したとは思いませんでした」

 おそらく、あれだけ式典が乱れたというのは前例がないだろう。体面を気にして、表向きには叙勲式がなかったことにすることも考えられた。そのため議事録を作成していたことは少し驚いた。

「良くも悪くも官僚的ですから彼らは。全く記録を残さないというのも、後々問題になると思ったのでしょう」

 カリナが辟易したように吐き出した。斬り捨てるような所作だったが、その顔から愛らしさは損なわれていない。

「……なるほど。それも一理ありますね」 

 十分納得できる内容だった。

「それで、自分のことは一体どのように記録されていたのですか?」

 シラッドは問う。実際、少し興味があった。

「東方人である遊撃隊隊長が褒賞を無下に断り、意見表明を求めたと書いてありました」

「……それだけですか?」

 シラッドは、やや拍子抜けした声を上げた。もっと散々に書かれていると思っていたのだ。

「ええ。ただ逆にそれだけしか書いていなかったので、何かあると勘ぐる気がおきましたけどね」

 すでに全てを知っているカリナの目が一転し、いたずらっぽく笑う。

 そして表情も、ぱあっ、と明るくなり、やや興奮気味に話し出す。

「オーラン将軍から式典の詳細を聞きましたが、痛快そのものでした。きっと思い通りに“こと”を運べなかったヒューム将軍たちの顔は見物だったでしょうね。――あ。それと、まるで剣劇のような立ち振る舞いをしたとも聞いたのですが」

「……要望されるなら、もう一度ご覧に入れますが」

 シラッドらしいひねくれた冗談を述べる。

 それに対しカリナが、まあ、と目を丸くした。


  しばらく小さく笑い合う。

 そうして気がつくと、カリナが沈痛な顔に転じていた。重々しく口を開く。

「……正直、ヒューム将軍をはじめとする名家出身貴族たちの振る舞いには言葉を失いました。貴方や命を散らした者たちへの畏敬が感じられない愚かな行為です」

 話しながら目前の皇女は憤慨していた。双眸にも力がこもっている。

(……ずいぶんと忙しいな)

  実はさきほどからシラッドは、コロコロ変わるカリナの表情には感心していた。

 皇族や貴族生まれの者が、ここまで自分の立ち位置や考えをハッキリと表に出すことは珍しい。権謀術数けんぼうじゅっすうが渦巻く王宮や政治の場での自己防衛のためからか。普通はもっと言質げんちを取られることを避けるものだ。

  そのことを嫌と言うほど経験してきたシラッドにとって、金髪を華やかに揺らしながら憤慨する皇女の様子は微笑ましかった。


「叙勲式では我が国の恥部をさらけ出し、貴方には嫌な思いをさせてしまいました」

 叙勲式のことを、カリナが詫びようとしていた。

  シラッドが先手を打つ。

「――殿下。先に言っておきますが、叙勲式について、あなたにとやかく言うつもりはありません」

 カリナは一瞬、驚いたように目を見開き、薄く笑う。

「……貴方の心遣いはありがたく思います。……ただやはり、私には帝国騎士団総長としての責があります。そのため貴方の言葉を甘んじて受けるわけにはいきません」

 皇女はぴしゃりと言い放つ。

 自分を厳しく戒める凛としたカリナの態度に、思わずシラッドは気圧される。おそらくカリナにとっては、誰が何と言おうと譲れないことだったのだろう。

 やや強情なキライこそあるが、皇女の振る舞いからは皇族としての片鱗がのぞいていた。

 シラッドは二の句をつげるのをやめた。これ以上の気遣いは彼女の誇りを傷つけると思ったからだ。それに経験上、ここまで強い意志を放つ者は信用に足る。

(飾り物ではないということか)


 シラッドが内心で小さく感嘆していると、カリナが大事モノを扱うようにそっと告げる。

「……『為政者が眼を向けるべきは家名や誇りではない。国民ヒトだ』でしたよね。貴方が叙勲式で述べたのは」

「……ええ」

 唐突な言葉に意図を掴めず、シラッドは短く応える。

 つれないシラッドの態度もどこ吹く風で、カリナが明瞭に言い添える。

「――良い言葉です」

「……」

 シラッドは黙した。

  けれども、次第にバツが悪くなり口を開く。

「……以前読んだ本に書いてあった文句です」

「そうなのですか」

「ええ」

 優しい目をしながらカリナが問いかける。

「それは褒賞を辞退してでも、口上したかったことだったのですか」

「……まあ正直言えば、遊撃隊隊長っていう貧乏くじを掴まされた者の皮肉ですよ。あと何も知らない貴族のお偉方えらがたに、ひと泡吹かせたかっただけです。今は、たんまりと財貨を賜っておけば良かったと後悔しているところです」

 シラッドは言い終え、言葉通り皮肉めいた笑みを浮かべた。

 カリナは柔らかい表情を浮かべつつ、子を叱る母のように優しく言葉をつむぐ。

「――いいえ。それは嘘です。もちろん貴方は後悔などしていません」

 軽口を叩いてこの場を濁そうとしたシラッドを、カリナが真っ向からたしなめた。


 叱られた子供のようにシラッドが吐き出す。

「……何故そう思うのですか」

「あの口上には義があったからです」

「義……ですか」

「ええ、そうです。国民ヒトを憂い仁を知る――性根が正しい者の言葉でした。それはどんな良著にも載っていないはずです」

 違いますか、と澄んだ碧眼が問いかけてくる。

「……」

 肯定も否定せず、シラッドはただ黙した。

 そして。全てを受け入れるようにカリナがゆっくり締めくくる。

「――だからこそ、深く、深く心に響いたのです」

  目前の皇女の振る舞いは、二十歳前後の娘のそれではない。空気までもが浄化されるほど清廉とした態度からは、まるで世の事象をすべてを包み込む聖女を思わせたというのは言い過ぎだろうか。


 シラッドは何度もこれ以上踏み込むなと言わんばかりに邪険に線引きをした。それにも拘わらず、カリナは我知らずといった態度で、ぐいぐいとシラッドの内面に迫ってきた。

 強引な干渉だった。しかし悪い気分ではない。

 さしあたって――

 シラッドの胸を包んでいるのは不思議な高揚感だった。


 しばらくしたあとシラッドは涼やかな声を放つ。

「……殿下。あなたは変わった人だ」

「……そう、なのでしょうか」

 金髪の皇女は少し心配げな表情だった。

 さきほどまでの凛とした態度がどこかへ行ったしまった目の前の皇女は見やりながら、自分でも気づかぬうちに優しい笑みを浮かべていた。

(ええ。十分に――)



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