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狼を狩る者  作者: 丙子
1章 出会い
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1章6話

「第一遊撃隊。彼の部隊は先の戦において森に潜むグラン王国の弓兵部隊の過半をせん滅せしめた。アラトリア帝国における正規軍ではないが、膠着状態にあった戦局を打破するという、はなはだ著しい戦果をわが軍へもたらした。そのため簡略的ではあるが、本式典をもって、同部隊、また同部隊を率いた隊長であるシラッド殿を讃えたい」

 進行役であるダッドが第一遊撃隊の武勲を堅苦しく読み上げる。さらに一拍おいて続けた。

「まずは相応の財貨を褒賞とする。それと貴部隊を“アラトリア帝国特別遊撃隊”と改名し、同部隊隊長に、第一遊撃隊隊長であるシラッドを任ずるものとする。なお同部隊は帝国軍司令室からの指令にのみ従う、独立部隊とする」


 ダッドが言い終えた。しかし列席者からの拍手や喝采はない。あるのは沈黙だけだった。

 天将軍オーランは目前の東方人の一挙手一投足を見ていた。が、祝福と賛辞を贈られたシラッドは無反応だった。ちゃんと聞いているのかどうかすら怪しい様子だ。

 それにしても、とオーランは内心で小さく侮蔑した。

(特別遊撃隊とは上手いことを画策したものだ)

 一見すると、栄えある部隊を授与されたようにも見える。ただ、目下一番の障壁だったグラン王国の弓兵部隊のほとんどを排した今、あとは騎兵隊による突撃で今回の戦は幕を引くだろう。

 これでは創設された特別遊撃隊に出番はない。上級騎士たちが目ざわりに感じている東方人も、これ以上武勲を挙げようがないのだ。

 それに本来なら、シラッド率いる遊撃隊が挙げた功績を考えれば、爵位を授けても良いほどの大金星である。むしろそうであってこそ、叙勲式の意味とも合致する。

 しかしそれを棚上げにして、一介の傭兵に華やかな新造部隊を与える。一兵卒や傭兵たちにとっては、傭兵あがりの者が正規部隊を持つことは一種の英雄譚そのものだ。帝国軍の面子と軍記も保たれる。

 そして部隊ごとシラッドを飼い殺す。


(ふん。選民思想が色濃いヒュームあたりが考えそうなことだな)

 オーランは参列している将軍のひとりであるヒュームに、ちらりと視線を送った。

 売春宿の店主のような風貌をしたヒュームの目は、てらてらと怪しく光っている。下賤な者と蔑む傭兵に、極上の飴と鞭を与えることに満足しているのだろうか。


 ダッドがそっと天将軍を見やり、終幕の祝辞を求めた。

 オーランは陰鬱な気分を押し殺し、了承の意を目で返す。そして、低いが良く通る声でシラッドに告げる。

「第一遊撃隊隊長シラッド。貴公の働き、誠に見事であった。よって先に申した通りの褒賞を授けよう。この場におわさぬが、カリナ総長よりの褒賞と同義。慎んで賜れよ!」

 総長であり皇女であるカリナの名を出したのはオーランの一存だった。それはアラトリア貴族たちによる搦め手で、足枷あしかせをはめられる東方人へのせめてもの手向けだった。

 お膳立てを濁されたヒュームは、苦虫を潰したように顔をしかめている。


 叙勲式が――

 アラトリア貴族たちが謀策した予定調和に収まるのは間近だった。そして。

「――有り難く辞退します」

 シラッドは、にべもなく断った。

 その一言で叙勲式場内が水をうったように静まりかえる。ヒュームをはじめ列席者の多くは、目の前の東方人が何を言っているのか分からず目を見開いている。

 どれくらいの間だったろうか。

 止まった時が動くと、場内は烈火のごとくどよめいた。

 ダッドが裏返った声で確認する。

「シ、シラッド殿。な、何を言っているか分かっておいでか!」

「だから、お断りすると言っている!」

 シラッドの言で再び、場内は波が完全に引いたような静けさに包まれた。やっと頭の中に言葉の持つ意味がおさまったヒュームは怨嗟を込め、目を剥いている。

 顔にこそ出さぬが、オーランもまた胸中で驚愕していた。

(辞すだと! この者。何を考えておる)


 ざわめく周囲をよそに、シラッドは構わず続ける。

「自分が要求することは二つ。ひとつは、獣や魔獣が徘徊する森を昼夜を問わず這いずり回った部下たちへの追加報酬。――ああ、失礼。これはどちらにせよ賜るのでしたね。あとひとつ。この場で自分の意見表明を認めていただくこと。加えて、この場に限り自分の言動や行動、またそれに準ずるすべてを不問とすること」

 黒髪の東方人は前代未聞の要求を、しゃあしゃあと突き付けた。

 すでに場内の喧騒は最高潮になっている。

 そして、この場での最も高い序列にいるオーランに“いかがです将軍閣下”とけい々たる視線で問いかけてきた。


 オーランは、初めてまみえた東方人の振る舞いに武者震いした。この場において、しがない傭兵であるシラッドに味方はいない。むしろ自身が挙げた戦果により、今まさに首を締め切られようとしていた。

 それがどうだ。今この場は、この男が制しているではないか!

 爽快に笑う代わりに天将軍は発する。

「宜しい。貴公の言を認める。外方がいほうである遊撃隊隊長として忌憚のない意見を申してみよ」

「――オーラン将軍閣下!」

 悲鳴に似たヒュームの声が聞こえた。

 シラッドはオーランの言葉に一瞬驚いたように眉を動かし、そして、にやりと笑った。

「……ありがとうございます。オーラン将軍閣下」

 黒髪をはらりと動かし、恭しく頭を垂れる。礼式に則った凛とする見事な礼だった。


 シラッドは頭を上げ一同を見渡した。

「……言を述べる前に、まず、うかがいたい。騎兵隊突撃の命を下した司令官はどなたか」

 静かな怒りがにじみ出ていた。列席者はみな、バツが悪そうにさっと目を伏せた。どこからも返答はない。

「……この場には、おられないということか」

 シラッドはもう一度、冷やかに確認した。

 列席者達が針のむしろのような圧力を感じる中。

 ……ぐり、と歯ぎしりで音が鳴った。

 音が聞こえた方から、鍛錬の欠片がどこにも見られない体を持つ男がシラッドを睨みつけていた。

「……私が命じたのだ」

 そして、ヒュームは絞り出すように口を開いた。

 シラッドは声の主に向き直り静かに続ける。

「……そうですか。ではうかがいます。何故ロクに斥候も出さず、敵地である森深くにまで騎兵隊を進軍させたのですか」

「――ッ! 貴公に言う必要はない!」

 ヒュームはまともに取り合わず一蹴した。

「いえ。自分には聞く権利があるはずです。功を焦った司令部のおかげで散々たる命令が下されました。それによりムダな死や被害がもたらされました。そして、その尻拭いをしたのは自分です」

「一介の傭兵風情が作戦を批判するつもりか! 身の程を知れぃ!」

 ヒュームは激昂した。


 その言葉を聞いたシラッドの肩が一瞬跳ねる。そして、わなわなと震えた。

「作戦? あれを作戦と言うのか貴方は!」

 シラッドは大きく片手を払い、怒りを発露させた。

「貴方が下した命令で果敢に突撃していった彼らは、どこに敵兵がいるのかも分からず、敵兵ひとりも討てず、森深くで無数の矢に貫かれて絶命したのだ! 彼らの骸はいまだ処理も間々ならない。そんな彼らの御霊みたまと縁者に、貴方はいかなる礼をもって報いるのか!」

 シラッドは鮮烈に言い放つ。

 ヒュームも顔を真っ赤にして言い返す。

「下賤な貴様に何が分かる! 騎士の死を愚弄するのか! 名誉の死を!」

「――ふざけるな! あれは名誉の死などでは断じてない! あの突撃は戦術ではなく、ヒューム将軍――いや騎士と称えられて良い気になっていた、貴方がた貴族の小さな矜持きょうじと功名心を満たすためだけの愚策ではないか!」

「「――ッツ」」 

 建前を論じることを許さない口上だった。

 シラッドの痛烈すぎる論で、ヒュームだけでなく名家出身が多くを占める列席者たちが、揃って絶句した。

(――若すぎる! 言い過ぎだ!)

 オーランは声こそ出さぬが、取り繕うこともせず顔をしかめた。

 オーランが危惧したとおり幾人かの列席者はすでに、暴言とも言うべき言葉を放った目の前の東方人に容赦なく殺意を向けている。

 自身の言動を不問とする旨を通していなかったら、上官侮辱罪を超え、国家反逆罪で死罪は免れないだろう。


 気が付くと、華やかを良しとするはずの叙勲式は、戦場を思わせるほどの殺気渦巻く空間へと様変わりしている。

 そんな中でひときわ大きく、カタカタと――

 ヒュームが、手に持った長剣と身に付けた鎧を気が触れたように鳴らしていた。

 そして、タガが外れたのか。スラリと白刃を抜き放ち叫び散らした。その眼はどす黒く淀んでいる。

「この下郎があぁぁぁぁぁ!」

「――ッ!」

 シラッドがヒュームの殺意に反応を見せた。すぐさま腰にある黒鞘の刀に手を添え、総身から刺すような黒々したはしらせた。 

 一瞬の間。場内の端々にまで尋常じゃない圧迫感がねばりつく。思わずオーランは身じろいだ。切り掛かろうとしたヒュームも本能的に、びくりと動を止め、彫刻のように固まってしまった。

 目先の東方人は、しん、とした空気をまとっていた。猛虎のように爛々とした双眸は、ヒュームが身じろぎひとつ取ろうものなら、刀を抜き放たんとするほど鋭利な色を帯びている。

 幾多の死線を越えた者だけが備える狂気じみた殺気だった。 


 そんな中、オーランは誰にも気取られぬよう生唾を飲み込み、ひとつの疑問に頭を巡らせた。

(――はたして。はたしてこの者と刃を交え、儂は勝てるのか)

 その疑問は、鬼気迫るこの場においては全くふさわしくないモノである。しかし、名門の嫡子と生まれ、今まで剣の研鑽をたゆまず積み重ねてきたオーランにとっては、ひどく純粋な問いだった。



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