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狼を狩る者  作者: 丙子
1章 出会い
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1章5話

 三週間ほど前。

 冬が明け春が訪れたばかりの白羊月(3月下旬)のことである。

 アラトリア帝国とグラン王国の両軍は、激しい鍔迫り合いをしていた。両軍ともに一進一退の攻防を続けていたが、軍神マルドゥークは、どちらの国にも勝利の杯を傾けていなかったのだ。

 敵地に攻め入るアラトリア帝国軍は、深い森を進軍して防衛線の突破を図る。それをグラン王国軍は、真っ向勝負にならぬよう地の利を活かし上手くいなしていた。


  アラトリア帝国の名家出身の騎士たちは、長引く戦役に焦っていた。地方にある小国相手に手こずるなど、騎士としての面子や誇りに関わるということだ。そのため一気に勝負を決めようと騎兵隊を何度も戦局に投入した。彼らにしてみれば、今まで幾たびの会戦で他国の兵士や国土を蹂躙してきた騎兵隊を用いれば、勝利は約束されていたはずだった。

 けれど思いは叶わず、グラン王国の弓兵部隊が放つ鋭い矢に騎馬を射抜かれ進軍を止められていた。降り注ぐ矢は小雨ではあったが、いかんせん、深い森や複雑な地形に潜み姿を消した場所からの一斉掃射は、歴戦の騎士たちをもってしても脅威そのものだった。


 グラン王国軍は弓の扱いや地形を活かす戦い方に長けていた。同国民は険しい山岳地形に住むため狩猟の機会は必然的に限られる。だからこそ、一撃必中の名の元に弓の腕が秀でているのかもしれない。もしくは、財政事情により重装備を揃えられないのかもしれない。

 ただ、そのどちらにせよアラトリア帝国騎兵隊は、グラン王国弓兵隊による獅子奮迅の活躍により、その武力を発揮することができなかった。


 しかし、ここまで戦役が長引いた要因は、アラトリア帝国側の怠慢・安直さが大きい。

 そもそも騎兵による縦列突進に対し、その進行を止めるため弓を穿つのは常套手段である。確かに騎槍を構えた騎兵が行う突進の衝撃力は凄まじいが、騎馬には防御力がほとんど備わっていない。つまりは時と場の使い分けが重要なのだ。

 にも拘わらずアラトリア帝国軍の上層部たちは騎馬に最適な用途も考えず、騎士道精神あるいは選民意識というべきか、猪突猛進の言葉そのままに突撃を繰り返した。

 アラトリア帝国軍上層部は、騎士・騎馬の被害が見流せないほどに増大して、やっと戦術の見直しに思い至った。 

 そうして、森に潜むグラン王国の弓兵部隊を討つために、アラトリア帝国第一遊撃隊が急造された。


 遊撃隊隊長には傭兵隊の者を据えた。傭兵隊から任用した理由はひとつ。森に潜んだ敵兵を夜盗のように各個撃破するのは、騎士がすることではないという凝り固まった考えからだ。そのためアラトリア帝国では今まで、遊撃隊が制式採用されたことがない。

 上層部の中には「遊撃隊の起用はあくまでもかく乱のためである」「戦況を決するのは騎兵隊をおいて他ならない」という声が多数を占めていた。

 そんな中、同遊撃隊が敵国の弓兵部隊をせん滅するという値千金の活躍を見せた――


 *  *  *  *  *  *  *  *


 冬の乾いた日差しがなりを潜め、春の富んだ陽光がアラトリア兵営地にそそいでいる。

 アラトリア帝国兵営内の司令室近くでは、個人用に設けられた小さな天幕が等間隔に張られている。天幕は約20~30張あり、上級騎士隊長以上の者にあてがわれた。

  総長専用の天幕に次いで立派な造りである天幕内で、壮年の男が頑丈な木製の椅子に腰かけていた。

  アラトリア帝国騎士団将軍のオーランである。オーランは、将軍の中で最高位である“天将軍”を冠している。事実、歴代の将軍と比較しても傑出した名将軍との呼び声が高い。

  短く切り揃えた髪やたくわえた顎鬚は白いが、日々の鍛錬で練り上げた肉体は並みの騎士を軽く凌駕するほど隆々としている。

  よわいは60手前を迎えているが、まだまだ後進に道を譲る必要を感じさせないほど気力も充実していた。


 オーランが眠るわけでもなく眼を閉じたまま休んでいると、天幕外より従者から声が掛かる。

「お休みのところ失礼いたします! オーラン将軍、そろそろ刻限になります」 

「……分かった。すぐに向かおう。ご苦労だった」

 オーランはそう短く返した。

 ハ、と従者も短く発し、足早に立ち去っていく。

「さてと」

 とつぶやきながら、式典用の外套を羽織り、名工に鍛え抜かせた長剣を手に取る。顔をきゅっと引き締め、一歩を固く踏み出す。

 向かう先は司令室。叙勲式を執り行うため、今は簡易的ではあるが式典の場となっているはずだ。


 内外を隔てる布幕をめくった衛兵が、声を張る。

「天将軍オーラン閣下、御参上!」

 列席者一同は一斉に席を立ち稀代の名将を迎えた。会場に足を踏み入れたオーランは、軽くうなずき彼らに応える。

  そしてすぐ内心でもらした。

(やれやれ。随分な造りではないか)

 即席で整えられた叙勲式場は粗末なものだった。常時、司令室の中央に置かれている机を外し、雑草のようにあちこちが毛羽立った絨毯を敷き詰めているだけだ。

 上座には一番上等な椅子が配置され、場内脇には列席者用の椅子をずらっと並べている。

 これから祝われる者への扱いが、ひしひしと伝わってくる“ぞんざい”な仕立てだった。

 天将軍は辟易の色をおくびにも出さず、肩を張りながら堂々と上座へと向かい、椅子に腰掛けた。列席者一同もそれに倣い一斉に腰かけた。


 本来、叙勲式における表彰は、皇族もしくは総長が行うものだ。だから将軍であるオーランが上座に座るのは、誤った作法のはずである。

  しかし、列席者の中で誰一人、それを不思議に思う者やオーランの振る舞いを正そうとする者はいない。

  なぜなら――

  今回の表彰者はアラトリア帝国に席を連ねる貴族ではないからだ。しかも正規兵ですらない傭兵だ。

 列席している名家出身の将軍や騎士隊長のほとんどは、どこの馬の骨とも知れぬ傭兵を祝いたいとは思っていないだろう。ましてや皇族直々に表彰することは悪夢に他ならない。

  けれども、突出した武勲を挙げた者を称えないことは軍記に関わる。なので、しぶしぶ執り行うといったていだった。

  オーランが列席者一同を見回すと、不承不承な表情を浮かべた顔が溢れていた。

  天将軍は苦笑した。

(これでは祝われる方も堪ったものでないな)


 オーランがそんなことを思案していた矢先、布幕が開かれ衛兵の声が響く。

「第一遊撃隊隊長シラッド殿、御参上!」

 列席者の誰もが席を立たない。ただ、侮蔑の念と値踏みする眼を向けるだけだった。

  しかし、足を踏み入れた遊撃隊隊長である男はそんなことを全く異に返さず、顔色ひとつ変えず淀みなく歩みを進めてきた。

  オーランは内心で嘆息した。

(ほう。これだけ侮蔑混じりの視線を浴びても、眉ひとつ動かさぬとは)

  齢は二十歳前後にも拘わらず、傲岸不遜な雰囲気を発し、精悍な面構えに備えた双眸は射抜くように鋭い。簡素な革鎧をまとった体躯は、野生動物を思わせるほどしなやかに引き締まっている。

 腰に添えられている黒塗りの刀にも目を惹かれた。特異な存在感を放っている。

(――刀か。とするとこの者は東方人か)


 シラッドが会場の中ほどまで進んだところで、オーランの脇に構えていた進行役であるダッドが発した。

「そこで止まられよ、シラッド殿」

 黒髪の東方人は、ゆらりと歩みを止めた。そして立ったまま微動だにしない。

 作法にのっとるのなら、ここで片膝をつき上座に座る者に叙勲式への礼を述べるのである。そのことは事前に伝えているはずだ。ただ、シラッドは立ったままだ。

  式場内の空気が一気に冷たくなる。

  進行役のダッドはたまらず、呻くように促した。

「……シラッド殿。オーラン将軍に礼を」

 シラッドはダッドを一瞬見据えた。そのあと緩慢な動作で片膝をつき、一応ではあるが礼の形をとった。

  けれども東方人の男から、礼の言葉を発することはなかった。

 ……ぁ、とダッドが声にならない呻きをあげている。

「良い良い。堅苦しいことは。シラッド殿、立たれよ」

  見かねたオーランが助け船を出した。

  ダッドが安堵の顔を浮かべる。

 オーランに声を掛けられたシラッドは、結局一言も発せず、何でもないようにスッと立ち上がった。


 オーランはダッドに、続けろという意志を込め軽くうなずいた。

 ダッドは気を取り直して告げた。

「そ、それではこれより、遊撃隊の勲功を称え叙勲式を執り行います」

  祝いの場に相応しくない異様な空気に包まれる中、叙勲式がはじまった。



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