1章3話
「……第三王位継承者だ」
シラッドは自分でも驚くほど、するりと吐き出した。言い放ったあと、幾ばくかの重しが心中から抜け出た気がした。
国を出てからこのかた、出生について他人に言ったことはない。
自身の所在が故国にいる縁者・関係者にバレないよう、ひた隠してきた。
故国の情報すら入ってこないレガイア大陸西部で、傭兵稼業を続けているのもそのためだ。
おそらくバラルは、シラッドの生まれを中級貴族の三男坊ぐらい、とあたりを付けていたのだろう。
バラルはシラッドの言葉に、ビクッと体を震わせ目を丸くしている。
その驚きぶりにシラッドは、内心でほくそ笑んだ。
さっきのお返しだ、と。
「家名は――」
「ああ、いいって」
先を続けようとしたシラッドを、バラルがデカイ手をヒラヒラさせながら制した。
「……さすがに皇子ってのはたまげたけど、別に細けえことを知りてえわけじゃねえし、俺は頭が良くねえから家名なんか聞いても分かんねえよ」
「……そうか」
シラッドはそっと目を伏せた。
本当に興味がなかったのか気遣いだったのかは分からない。
ただ、好んで語りたくはないシラッドには、それはありがたかった。
シラッドも気になったことを聞いた。
「……なあ。何で俺が平民じゃないって思ったんだ」
「んあ? ……そうだなぁ」
バラルは首を傾げ、そして元に戻し言った。
「まずオメェが持つその刀。あと戦場での剣捌きも結構目についたな」
バラルはシラッドの脇に置かれた、艶やかに黒光りする刀を指差した。
刀が周囲の目にとまることにはもう慣れた。
レガイア大陸西部で過ごしてみて分かったが、東部とは好まれる武器が違うのだ。
考え方が異なるとも言える。
東部では、“一刀入魂”の考えのもと、一振りの剣を鍛え抜く鍛造製法が主流だ。
一方の西部は、頑丈さや汎用性を求めたうえでの鋳造製法――量産に重きを置いていた。
そのため自然と、細かい形状があまり求められず、かつ鋳型に鉄を流し込みやすい形状の武具が好まれた。
レガイア大陸西部において一般的な武器といえば、長剣・槍・斧などだ。
そんな中、東方人の風貌を漂わせ刀を携えるシラッドはなかなか目立つ。
刀自身も存在感がありすぎた。
――ダマスカス刀。
一般に流通している鉄鋼とは比較にならないほどの硬度を持つダマスカス鋼で鍛造され、刀身が反った片刃の刀である。
鋼材でありながら木目状の模様を持つ刃紋は、独特の一言に尽きた。
ただ、自分の戦い方については見当がつかず、思わずオウム返しをしてしまう。
「剣捌きが目についたって?」
「おう、そうよ。オメェ、どっかで剣を習ってただろ」
「ああ、そうだが……」
ふと師範役だった初老の男の顔がよぎる。
「だろ。俺もそうだが、ふつう傭兵やってるヤツなんざぁ、オメェみてえに敵の攻撃を受け流すなんてこたぁしねえよ。言っちまえばケンカ殺法よ。相手にペースを握られる前に、いかに一撃を叩き込むかってな」
と、身振りを交えてバラルは話す。
「……ところがオメェと来たら、剣戟をいなし、相手の態勢を崩したところに、雷みてえな一閃をかますんだもんな。あんなの我流で剣を覚えたヤツのすることじゃねえよ」
剣鬼だ、剣鬼、と大仰に肩を竦めながらバラルは軽口を叩いた。
言われてシラッドは得心がいった。
「……確かに戦い方には気を払わなかったな」
バラルは続ける。
「けど、ほぼ確信したのは、ほらアレよ。オメェが遊撃隊の隊長をしたあん時よ」
アラトリア帝国第1遊撃隊。
同部隊は、神出鬼没だったグラン王国の弓兵部隊をせん滅するために急造された部隊だった。ただ、役目を終えた今はすでにない。
「――あ! 思い出したぜ、熊。そういえば、あの時、俺が隊長をやることになった一番の原因はお前じゃねえか!」
当時のくだりをを思い出したシラッドは、バラルをなじる。
「……まあまあ、細けえことはいいじゃねえか。確かにオメェを隊長に推薦したのは俺だ。けど、オメェを隊長と認めることに、他の傭兵連中が異を唱えなかったのも忘れるんじゃねえぜ」
バラルは真面目な顔で傭兵代表としての弁を並べている。が、その目は笑っていた。
「――分かった、分かった」
周囲の期待をなぎ払う必要はあったが隊長役を断ることも可能だった。ただ、シラッドは受け入れた。
ならバラルに文句を言っても始まらないか、と思いシラッドは不承不承にうなずいた。
「さすがシラッド隊長! 物分かりがよろしいことで、元部下としても助かります」
「熊、この野郎――」
調子に乗るバラルを小突こうとシラッドが立った。
と同時。
傭兵隊の詰め所の方から突然、号砲めいたどよめきが雪崩のように沸いた。
一瞬、グラン王国の奇襲かと思い、咄嗟に刀に手を置き身構えた。しかし、どよめきは歓喜や動揺といった調子で緊迫感を欠いていた。
シラッドは念のため周囲を見渡した。やはり馬蹄音や敵兵の気配は感じられない。敵襲の線がほぼ消えたことが分かったところで、シラッドは警戒感を解きほぐしていった。
そして、騒ぎの中心が何なのかと思い視線を詰め所の方に送った。
騒ぎの元が何だったのか一目で分かった。
傭兵たちが一人の人間の周りに群がっている。
女だった。
女は、見る者すべてを嘆息させるほど華やかな金の髪をたなびかせ、威風堂々と歩いている。
遠目で分かるほど存在感が突出していた。
そんな女の心当たりは、アラトリア帝国兵役内で一人しかいない。