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狼を狩る者  作者: 丙子
1章 出会い
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1章1話

 ――生命の恵み。

 そう形容していいほど生き生きとした日差しが降り注いでいる。こよみは金牛月(4月下旬)が訪れたばかり。レガイア大陸に存在する自然も、人も、魔獣すらも生命力に富んでいた。

 アラトリア帝国とグラン王国の国境にほど近いガルカタ平原。その丘陵に構えたアラトリア軍の兵営は、決戦を間近に控えながらも陽気な様相を呈していた。


 活況な兵営内にわらわらとあふれる人ごみを避けながら、黒髪の若い男が、かったるそうに歩いている。

 男の名はシラッド。

 シラッドはアラトリア帝国側の傭兵として、グラン王国との戦に初戦から参加していた。

 今は、兵営脇に設けられた傭兵隊の詰め所に向かっている。

 東方人特有の切れ長の黒目を一層きつく絞り、辺りの様子を、それとなくうかがいながら歩を進めていた。


 が、シラッドは兵営内に充満する緊張感のなさに辟易へきえきしていた。

 兵営内はどこも、勝敗が大方決した状況特有の“ゆるんだ空気”に満ちていた。

 騎士達は今まで手にしてきた武勲の自慢合戦を、傭兵達は今回の戦争後に訪れる売春宿はどこが良いか、と大声で話している。

 野営地に潜り込んだ商売人たちも負けじとたくましかった。

 教会公認ではない軍神マルドゥークのお守りを売る者、市場価格の3倍もする水を売る者、剣や槍を磨くエセ鍛冶屋など枚挙にいとまがない。

「……市場バザールじゃあるまいし、何だこの人だかりは」

 シラッドは舌打ちしながら構わず歩いた。


 人ごみをかき分け目的地である詰め所に着き、辺りを見回すと、既に千人近い傭兵達がひしめきあっていた。

 その光景を見て、何もこんなに集める必要があるのかと嘆息たんそくしたが、さして気にも留めなかった。

 それよりも、まずは雇用主との契約確認である。

 命を懸けて戦っても契約が成立しておらず、報酬がもらえないなど笑い話にすらならない。

 雇用主を探している最中、見知った傭兵仲間を何人も見かけた。目が合うと、その誰もがシラッドに対し、手を挙げるなり会釈をするなり軽い挨拶や敬意を示してきた。

 そんなやり取りを何度か交わしていると突如、背後から野太い声を掛けられた。

「――よう、シラッド。相変わらず細い図体しやがって!」


 呼ばれて振り向いた先には、ごわついた羊毛を乗せたような頭をした大柄な男がいた。

「……何だ、“熊”か。そりゃ、お前に比べたらみんな細いさ」

「ガハハ。良く言いやがる」

 豪快に笑う男の名はバラル。

 傭兵仲間での通り名は“斧使いバラル”。戦場では獰猛どうもうな野生動物さながら敵を斧でなぎ倒す様から、傭兵仲間うちでは頼れる男として一目置かれている。

 ただ、シラッドにしてみれば戦場での活躍ぶりよりも、バラルの身体的特徴が目についていている。

 見た目は人よりも熊に近いと思っている。だから“熊”と呼ぶ。


 シラッドの小馬鹿にしているとも取れる呼び方に全く気にした様子もなく、バラルは陽気に話してくる。

「しかしまあ、今回の戦は当たりだな。大当たりといっても良いくらいだぜ!」

「……熊ぁ。お前もかよ」

「そういうなよ! いつもは死神に命を半分差し出しながら戦場を駆けずり回っているんだ。たまには今回みたいな戦で“勝ち馬”に乗ったって、ばちは当たんねえぜ」

 バラルの言うとおり、すでに戦の形勢はアラトリア帝国側に完全に傾いている。

 はじめのうちこそは押しつ押されつの戦模様だった。しかし、次第にアラトリア帝国が誇る騎兵隊の騎槍が、グラン王国軍を蹂躙していったのだった。


 はにかみながらバラルが続ける。

「……それによお。上手くいきゃあ、今回の報酬で傭兵稼業からも足を洗えるかもしれねえんだ」

「そうか! なら母親を残している実家に帰る日も近いんだな。ハハ、そいつは良い」

 思いがけない告白にシラッドも相好そうごうを崩した。

「お、おう。ありがとよ。ただ、まあ生き残れたらだけどな」

「何だ、熊。さっきの威勢はどうした。弱気になりやがって!」

「う、うるせえ」

 もじゃもじゃ頭を掻きながら、熊のような男は照れていた。


 しばらくしたうち、バラルはすっと表情を引き締める。

「……けど、そうすっと。シラッド、オメェと戦場で肩を並べるのもコイツで最後になるな」

「……ああ。そうだな」

「オメェはこれからも傭兵を続けるのか?」

「まあ、そうなるかもな」

「……なあ、もうここいらで良いんじゃねえか。俺は図体がデケェしか取り柄がなかったけど、オメェはちがう。剣の腕だけじゃなく頭も切れる。何もこんなクソみてえな職業を続けなくてもいいじゃねえか」

「……」

 殺すか殺されるか――

 一言で言うなら、傭兵稼業とはそれに尽きる。

 そのため、自然と他人を損得勘定でみてしまう癖がついてしまう。

 ――コイツは戦場で裏切るヤツか、太いパトロンを持っているヤツか、などと。

 だからこそ、バラルのように真っすぐに心配されることは心に染みた。


 シラッドは、バラルの誠意をたっぷり味わったあと言い放つ。

「――バラル。ひとつ抜けてるぜ」

「……何がだよ」

「剣や頭の才気だけじゃなく、俺は、まだ若く良い男ってところさ」

 バラルはあっけにとられていた。

「……ったく。その様子じゃ当分死なねえな。怪我でもしやがったら俺の実家に来やがれ。怪我人だろうと容赦しねえ。こき使ってやるぜ!」

 そのあと、2人は旧友のように笑い合った。

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