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狼を狩る者  作者: 丙子
1章 出会い
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1章10話

 カリナとの出会いから数日後。

 アラトリア帝国兵営内の司令室近くに張られた2番目に立派な天幕内――


 シラッドは、それなりに趣がこしらえてある来客用の椅子に遠慮なく腰かけていた。座ったまま首だけを動かし、天幕内を軽く見まわしてみる。

 幕内は楕円形のような造りになっており、入口からみて一番奥に簡素な寝台、その横には3本の脚が交差した鉄製の杯に水が張られている。顔や手を洗うためのものだろう。

 他には、5~6人は取り囲むことができる木製の丸テーブル、鎧・剣立てなどが主だって目についた。

 印象は質素剛健。無駄な備品や無意味な装飾は見当たらない。居主の人柄を良くあらわしているな、とシラッドは率直に思う。


 幕内を見渡していると、低いが良く通る声が投げかけられる。

「何か目を引くものでもあったか」

「……いえ、特に。ただ」

「ただ何だ。申してみよ」

「何も物まで実直にしなくてもと思っただけですよ。オーラン将軍」

 シラッドは、思ったことをそのまま伝えた。

 オーランは楽しげに言い返す。

「ふん。好き勝手言いよるわ。何を置こうが儂の勝手よ」


 丸テーブルの対面に座っているオーランが、たくわえた顎鬚に手をあてながら砕けた調子で聞いてきた。

「それで近衛兵となった心地はどうだ」

「……別にどうというわけでも。まあ、変わった点を強いて言うなら、寝台と食事が格段に良くなり軍馬を支給されたことぐらいですね」

 シラッドは、感慨もなくしれっと答えた。

「騎士隊長並みの待遇にもかかわらず、良く言うではないか」

 まあ良い、と一言置きオーランが続ける。

「馬はどうだった? もう乗ったのか?」

 

 シラッドにあてがわれた軍馬は、黒いたてがみを猛々しく生やした牝馬ひんばだった。頑強であり気も強い。その点だけをみれば上等な馬なのは間違いない。しかし。

 じゃじゃ馬もいいところだった。馬番によれば、この黒馬に惚れ込んだ帝国騎士たちはごまんといた。彼らはこぞって、愛馬にしようと足繁く通い詰めていたらしい。

 けれども男たちはすべて袖にされた。シラッドが初めて手なずけたという。

「ええ。素晴らしい馬です。地を蹴る脚は力強く、それに聡明です。ただ、上品なエスコートしかできない帝国騎士の方たちには、いささか手に余るかもしれませんね。彼女は」

 シラッドは皮肉混じりに感想を言った。

 昨日。シラッドは黒馬を手なづけようと悪戦苦闘していた。振り落とされそうになったり、後ろ脚で蹴られそうになったことは数知れない。ただ、手なづけてしまえばシラッドの肩を甘噛みしてきたりと、じゃれついてくる。可愛いものだった。


 こらえきれなかったのか。オーランが破顔しながら豪気に言い放つ。

「だからこそ、お主に相応しいのではないかっ」

「……」

 目の前の将軍からは、叙勲式での振る舞いとは随分違う印象をシラッドは受けている。式典時の厳粛な雰囲気はなく豪快に構えている。多分こちらが地なのであろうが、シラッドはこういう人物が嫌いではなかった。

「それとな。あの馬は、カリナ殿下直々に推挙されたのだよ。『わがまま同士。きっとシラッドとは相性が良いでしょう』とな」

 シラッドは苦笑した。

「殿下がですか。……そうですか。それはまた、随分と評価していただいたことで」

 おそらく先日の一件で、「わがまま」と叱責したことの仕返しの意味もあるのだろう。ささやかな反撃を試みたカリナの得意げな顔が目に浮かんだ。


「それはそうと。お主、姫を泣かしてくれたようだな」 

「……」  

 一瞬、シラッドは戸惑う。

 オーランがバツが悪そうに言い直す。

「……カリナ殿下のことだ……」

 私的の場ではカリナのことを姫と呼ぶ。オーランはカリナ側の人間とは思っていたが、どうやら相当近い間柄なのだろう。

(さしずめ、幼少時からの教育係――爺やといったところか)

 シラッドは得意げに言う。

「姫、で構いませんよ。将軍閣下」

「……ふん。面白そうに言いよって」

 今度はオーランが苦笑する番だった。


「でもまあ、礼を言っておく」

 天将軍は椅子に座ったまま、頭を下げ礼をとった。

「……礼の意味が分からないのですが」

 そう。仮にも一国の皇女であるカリナを泣かすほどに叱ったのだ。普通に考えれば無礼極まりない。何故、オーランは自分に礼を言うのか。

「……姫はな。生まれてこのかた、他人に叱られたことがないのだ。無論、皇族生まれということが大きく関係する。しかし何より、あの真っすぐでひたむきな性格を目の当たりするとな、つい……」

 つい応援したくなるのか。甘やかしてしまうのか。続く言葉こそは分からなかったが、オーランが言わんとしていることは分かった。

 あの清廉とした美貌に純朴な性格だ。嫌いになれ、という方が難しい。だからこそ人々は、あの皇女を白の至宝と褒め称える。

 ただ、彼女の性格を考えれると一抹の不安がよぎる。おそらく彼女は他人に称えられるほど、「人々が求める人物たろう」と自身を厳しく律してきたのだろう。

 シラッドは初見時、カリナにどこか痛々しさを感じていたが、オーランの話を聞いて符に落ちる。


(一種の偶像崇拝だな)

 偶像が偶像たるゆえんは、その神秘性である。通常とは異なる存在であるからこそ人は敬う。

 けれども元来、人というのは無責任だ。偶像には期待や希望だけを押しつける。練達した人物に対しての期待ならば、まだ良い。

 しかし、カリナはまだ二十歳にも満たない。絶対的に場数が足りていないのだ。皇女の細い双肩にかかる重圧がどれほどだったかは、想像するにかたくない。

 ――どれほど良質な鉄でも叩きすぎると割れる。何も刀剣の製造に限った話ではない。

 そのことを間近で見つづけてきたオーランは、カリナの無理を痛感していたはずだ。そのような中。シラッドが、カリナを1人のわがまま娘として扱い遠慮なく叱りつけた。

 オーランの立場上、さすがにみなまでは語らない。が、言外から放つ対応や雰囲気から感謝の意が伝わってくる。

 ――ひとりの娘として接してくれたことに感謝する、と。


「礼を言われるほどではありません。自分への対応が面白くなかったから叱りつけただけです」

 シラッドは淡々と言った。

 オーランが目尻にしわを寄せながら、含みを持たせる。

「……あい分かった。クドクドするのも性に合わん。お主がそう言うなら、そうしておくか」

 ええ。そういうことで、とシラッドは目でうなずく。

 オーランが満足そうにうなずく。そして椅子に座り直し居住いを正した。一転。

 顔からは微笑が消え神妙な面持ちとなる。叙勲式の時と同じ雰囲気を発していた。

 シラッドも構える。

(……さて。いよいよ本題か)


 低い声が鋭く響く。

「単調直入に聞く。お主は何者だ」

「……」

 シラッドは黙る。バラルの時とは違う。相手を信用するしないの話ではない。シラッドの言動次第で、どう転ぶかは分からない。どこか政治的な匂いすら漂う。

 オーランの鋭い目は、淀みなくシラッドを捉えている。

「……自分は故国を捨てた東方人であり、今は傭兵稼業で生計を立てている。――それだけです。逆にうかがいたい。将軍、貴方は何を知りたいのです」

 シラッドも負けじと鋭利な視線で返す。

 オーランは少し辟易したように問う。

「……お主の言葉をそのまま信じるのは、いささか無理がある。では聞く。お主は遊撃隊を率いたが、指揮官としての教育はどこで受けたのだ」

「あれは自分ではなく部下たちが優秀だったというだけの話です。別段、自分が優れた手腕を振るったわけではない」

 

 オーランの顔が一瞬歪む。そうくるか、という表情だった。そして発する。

「遊撃隊につけた“草”からの報告では、彼の部隊は一矢乱れない方陣隊形で進軍し、グラン王国弓兵部隊との戦いでは、慣れない地形にもかかわらず臨機応変に戦ったと聞くが。――方陣も部下たちが勝手に組んだというのか」

 シラッドは心中で盛大に舌打ちした。斥候を出さなかったくせに、遊撃隊の監視のため草を放っていたとはな。

「……さて。どうだったか。あまり覚えていません。なにせ、自分たちの頭上を覆いかぶさるように取り囲む森は日中でも暗く、深い茂みからは敵兵や魔獣がいつ飛び出してくるか分からない状況でしたので。そんな中、自分たちが身を寄せ合い進軍したことが、それほど不思議でしょうか。もしかしたら自分たちを内偵していた者は、それを方陣隊形と勘違いしたのでは」

 シラッドは言い放った。それを受けたオーランの口端が少しつり上がる。

「……まあ、それは良い。ならば、その腰にあるダマスカス刀はどう説明する。市場で手に入れた、などとは言わせんぞ。その刀は金でどうこうなる類のモノでない。もっと言うなら、その刀を持つと聞く東部の国は――」

「オーラン将軍っ」

 シラッドはオーランの話を強引に断ち切る。これ以上踏み込むな、と双眸には冷たさを込める。


 しん、とした沈黙が両者の間に漂う。

「……いささか、無遠慮に踏み込み過ぎたようだな。そのことは詫びよう。悪かった。ただ、可能な範囲で教えてはくれんか」

 申し訳なさげにオーランが言った。

「……」

 叙勲式での抜刀が悔まれる。オーランが式典時にみせた反応から、ある程度まで目星をつけられたことは覚悟していた。しかし、ここまでレガイア大陸東部の事情に詳しいことは誤算だ。

 素姓をすべて伏せるのは難しそうだった。かといって下手に煙に巻き、勝手に素姓を調べられるのも面白くない。シラッドは息を深く吸い込み、そして吐き出した。ならば――


「……察しの通り、自分は“印国いんこく”の者です」

 オーランは特に反応を見せない。シラッドの続きを待っているのだ。

「印国が東部で一番古い国ということは知っていますか」

「いや、そこまでは知らぬが」

「そうですか。印国は歴史が古いだけあり、他国にはない技術やまじないごとを、いくつも備えています。刀の鍛造製法の独自性などが、一番分かりやすいでしょう」

 シラッドは告白した。

 得心がいった顔で、オーランが問う。

「印国以外では、ダマスカス刀が決して叩き上げられない理由がそれか」

「ええ、そうです」

「それで、お主がその刀を持つ理由と、どうつながる」

 オーランの矢継ぎ早の質問に、シラッドは苦笑する。

「まあ、最後まで聞いてください。その独自技術は家門ごとに受け継ぐ形を採っています。家名は明かせませんが、自分は“刀”を継承した家の者です。

 ……今、自分がダマスカス刀を持つ理由は別段深い理由はありません。故国と家を捨てる際、勝手に拝借してきただけです」

 シラッドは言い終えた。

 技術継承のくだりは真実だ。けれど、自身の家柄やダマスカス刀を持っている理由は嘘だった。自身が皇族出身であることは、どう考えても良い方向に転ぶとは思えない。明かすつもりはなかった。

 耐えうるだけの論陣は張ったつもりだ。

(……さて、どう出てくるか)




 

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