プロローグ
本書が発禁処分とならず、世に出回り、読まれているとしたら幸いである。
まずは、数奇な縁で本書を手に取った読者諸氏には、深い礼を述べたい。
さて、レガイア大陸西部の歴史をひも解くと、ある時期だけ、ある戦争に関する文献が極端に少ないことを知っているだろうか。当時の人々が記録を残す余裕がなかったのか、同戦争に関する本が発禁処分になったのかは定かではない。著者はおそらくその両方だと考えている。
該当するのはレガイア大陸西部史上、最も多くの被害を出した戦争のことである。けれども、当時の文献がほとんどないため同戦争を表す名称すらない。
そのため、便宜上“アラトリア戦争”と呼ばせてもらいたい。
アラトリア戦争が続いた期間は短いにも拘わらず、戦争に端を発する犠牲者数の多さが異常だった。犠牲者はある時期を境に急激に増え出した。ただ、それは当時の通常兵器や戦術を用いただけでは、どう考えても計算が合わないのだ。
端的に言えば、人を殺す能力と、それによりもたらされる死人の数が理にかなっていないのである。
しかし、戦争下におかれたレガイア大陸西部の住民にはどうでもよいことだったろう。重要なのは、自分たちに暴力の魔手が伸びてこないことである。住民たちが日々、いつ終わるか分からない戦争に戦々恐々としていたのは間違いない。
――果てなく続く死の連鎖。
そう言わずにはいられない。そんなアラトリア戦争を終結へと導いたのは、ひとりの若い男である。
けれども、彼の名は決して表舞台に上がることはないだろう。
ただ、著者は真実を知っている。
よって本書では彼の言動や行動を記すことで、戦争の真実を伝える記録としたい。
著者の所感が長くなってしまい申し訳ない。
まずは戦争を起こした国やことの背景から記していきたい。
戦争を行った国はそれぞれ、アラトリア帝国とグラン王国という。
レガイア大陸西部にあるアラトリア帝国は、“太陽が昇る国”と評されるほど繁栄を謳歌していた。そのことは『世界中の名品・珍品・傑物・美女はアラトリア帝国に存在する』と、記された書簡からも分かる。
アラトリア帝国は建国してから早く、他国への領土侵略を推し進め版図を拡大してきた。まさに帝国主義の雄たる大国だった。帝都ブランブルクは交易の要衝のため、連日のように各地より人・物・金が集る。それに、同国は馬の放牧に適した広大な平原を領土に持ち、良馬の産地としても名高い。
レガイア大陸西部で圧倒的な国力を備えていたアラトリア帝国――
当時、同国に従属していない国といえば、グラン王国しかなかった。
一方のグラン王国は、周囲を荒々しく切り立った山々で覆われている。領土の起伏は至るところで激しい。そのため、ほとんどの領地は田畑を耕したり馬を飼育するのに適さず、食料や繊維などが潤沢ではなかった。名品・珍品といった類の産出も、険しい山中で採れる鉱石を除けば貧弱といえる。
つまり、同国はアラトリア帝国を脅かすほどの国力は有しておらず、財政事情も芳しくない地方国家という位置づけがふさわしい。
だからこそ、アラトリア帝国の侵略の手が伸びなかったと考える。言い換えれば、気にも留められなかった、ということだろう。
ただ、そんな両国間で10万人近い死傷者を出した大戦が起きた。ことの発端は、グラン王国の騎士が、アラトリア帝国の馬商人を切り殺したことだという。
グラン王国が軍馬を調達するためには、アラトリア帝国の馬商人より買い付けるしかない。
それが市場価格の2倍以上だとしてもだ。
真偽のほどは不明だが、事件発生時の軍馬の取引価格は従来に比べ3倍近かったという。
はじめは、地方都市の一事件に過ぎない小さな火種だった。
しかし、国の面子や人間の思惑が加わり、気が付くと大きな火勢へと転じ、国家間の戦争へと発展していったのだ。
――『レガイア大陸西部史書』ナナリ・ミラー著/「狼を狩る者」冒頭部一節
ファンタジーや戦記の要素を上手く絡めた物語にしたいと考えています。
週1投稿を目指し、執筆していきます。
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