Breed [Hollow] Blooms 4
どんな手段を用いたのかはレイには分からないが、後見としての権利を手に入れたジョナサンとレイの共同生活が始まった。
サンタバーバラにあったジョナサンの家はごく平凡な物であったが、その中に用意されていた物はそれとは程遠い物だった。
人の物とD.R.E.S.S.の物である銃器。
D.R.E.S.S.用のハンガーや整備用の機器。
そして軍を辞めて民間軍事企業H.E.A.T.の代表取締役となった際に、スポンサーからプレゼントされたジョナサンのクラック改修機インヴィジブル・エース。
それに囲まれながらレイは優秀な傭兵となるための訓練を受けていた。
どちらの手でも武器を扱えるように、両手を利き手にする訓練を続けた。
食事には麻薬や少量の毒を混ぜられ、禁断症状の中でのた打ち回りながらそれに抗った。
そして7歳にして、レイはH.E.A.T.の施設内でD.R.E.S.S.を纏い始めていた。
内外からレイを蝕む耐え難い苦痛と、床から立ち上がれない体を踏みつけられる屈辱の中でレイは確かに現実を感じていた。
ロサンゼルスにあったブルームス家は国家機密の漏洩阻止という名目で全てを国防軍に奪われ、両親の写真1枚も持っていない。
そんな何もかもに現実味が持てないでいたレイに、その苦痛達だけがレイの生を感じさせていたのだ。
そしてレイから利き手がなくなり、麻薬への渇望も消え、D.R.E.S.S.による模擬戦が形になり始めた頃、ジョナサンはサンタバーバラの家に1人の子供を連れて帰った来た。
ジョナサンが以前自身に買い与えた趣味の合わないシャツに顔をしかめていたレイは、それから逃避するように2人のほうへ視線をやる。
ジョナサンが連れていたのは、レイとそう歳が変わらないであろう少女だった。
「紹介しましょう。今日からレイ君と暮らす事になったアネットです」
「アネットよ、よろしくねレイ」
レイと違い正式にジョナサンの子供となったその少女はアネット・I・スミスと名乗り、 インナー、パーカー、ミニスカートを纏っている少女は、短髪の赤毛、色の暗い緑色の瞳を飾る整った顔に人好きをするような笑みを浮かべていた。
そしてジョナサンはレイにその少女をエスコートすることで、護衛に必要な物を身につけるように命令した。
レイの欲しがる物を厳選して与え、父としても将来の上官としても厳しい教育を施していた育ての父の命令が傭兵として必要なことである。
そう判断したレイは、ようやく慣れてきたジョナサン以外の人間と触れ合うことに忌避感を感じるも、その命令を拒む事は出来なかった。
その次の日からレイは訓練に費やしている時間以外の自身の時間を、アネットと過ごすようになった。
早熟であったアネットはいろいろな物をレイに教え、レイはその過程で護衛としてアネットに付き添っていた。
ただ隣に居る事を望まれれば寄り添い、街でケンカを売られれば代わりに買い、唇を求められれば抵抗をしなかった。
自身の何かが犯されていく嫌悪感と、ソレとは裏腹に何かに満たされていく充足感。
それらに苛まれながらレイが5年の時を過ごして13歳の誕生日を迎えた頃、夜中に喉が渇いてキッチンへと向かっていたレイは明かりがついたままの居間に気付く。
普段ならジョナサンもアネットも寝ているはずの時間についているその明かりに不審なものを感じたレイは、音を立てないようにして居間の扉へと近付いて扉の1部を飾っているガラスから中を覗き込んだ。
そこに居たのはソファに腰を掛けているジョナサンと、そのジョナサンの足元に座り込み水音を立てて何かをしゃぶっているアネットだった。
その光景に吐き気を催したレイの胃は重くなり、体中には鳥肌が立っていた。
ジョナサンはこんな事のためにアネットを連れてきたのだろうか。
吐き気の中で震える自らの体を両手で抱きしめていたレイは、そんなことを考えているとジョナサンが唐突に喋り始めた。
「レイ君の方はどうですか? そろそろ良い成果を聞かせてもらいたいのですが」
「んぅ……ようやく心を開いてくれたようには思いますが、お望みになられている成果にはまだ程遠いかと。子供の"悦ばせ方"なんかアタシは知りませんし」
口に布を当てて何かを吐き出したアネットは、どこか冷たい笑みを浮かべながらジョナサンにそう返した。
そのいつもと違うアネットの様子に戸惑い、荒れだす呼吸をおさえ込むようにレイは口に手を当てながら今の会話に耳を澄ませる。
「それよりも約束は守ってくださいよ。アレを篭絡して旦那様――ではなく、"父さん"の手札に加えられるようにしたら500万ドル」
「ええ、君が仕事さえ果たしてくれればすぐにだって払いますよ。ですがもしレイ君がデビューするまでにソレが達成できなければ、君にも傭兵になってもらいますよ」
ここに来て予想もしていなかったジョナサンの提案に、アネットは戸惑いと不愉快さに一気に顔を歪める。
元軍属の民間軍事企業の代表取締役という資産家達を除けば有数の好条件に引かれてこの件を請けたアネットには、そこまでのリスクを負う覚悟はなかったのだ。
「傭兵? 冗談でしょう?」
「いいえ、本気ですよ。レイ君が傭兵となれる年齢である15歳の誕生日を迎えてしまえば彼の世界は一気に広がってしまい、君はただ1人の親しい女性からただの家族となってしまうかもしれません。こうやって暮らして今でさえ、綱渡りの状態なのですから」
そこから先を聞いていることは出来ず、レイは足音を立てないようにトイレへと歩き出した。
脳裏ではジョナサンとアネットの言葉が繰り返され、吐き気を堪えるのはもう限界だった。
トイレに駆け込んだレイは便器へと顔を近づけ、その中へ胃の内容物を一気に吐き出す。
それでも吐き気は止まず、レイは胃液だけの嘔吐を繰り返す。
――分かっていたはずだ
両親にすら疎んじられていた自身が赤の他人であるジョナサンとアネットが無条件で受け入れられる理由などなく、ジョナサンが求めていたのはヘンリー・ブルームスの息子であってレイ・ブルームスではない。
思えばH.E.A.T.施設内でレイに貸し与えられているD.R.E.S.S.は、ヘンリーのワイルド・カードに酷似した装備を擁しており、ジョナサンの意思など考えれば分かるはずだった。
しかしレイは自身の本質を忘れ、形ばかりの愛情に惑わされていた。
――もう誰も信じてはいけない
胃液がこびり付いた口を手で乱暴に拭い、レイは狭いトイレの中で小さな舌打ちを響かせながら1つの決心を固めた。
利用されるのはここまで、これからは自身が2人を利用していくのだと。




