Dearest [Death] Dealer 6
「ではレイ兄さん、また後で」
荷物を全て預けた侍女を連れ立って自室へ向かうフィオナに笑顔で手を振り、レイはフリーデン邸2階のフィオナの部屋とは正反対に存在する自室へと歩き出した。
――マジで疲れた
1日分の面倒を受け入れる許容量を越えたフィオナの告白に、手すりにまで流麗な彫刻が施された階段を上るレイは深いため息をつく。
おそらくそのクラスメイト達と同じ状況であれば、レイもフィオナとの接触を極力避けただろう。
世界有数の武器流通組織の1人娘と接触するというリスクを、わざわざ冒す必要などないのだから。
現にフィオナ・フリーデンという人間は世界を動かしかねないファクターとなり、その身柄を巡ってフリーデン商会、テロリスト組織ラスール、そしてエイリアスが互いを探り合っている。
――まあ、しょうがねえよな
その瞬間に生まれてしまった。
その立場に生まれてしまった。
そのフィオナ・フリーデンとして生まれてしまった。
それらは覆せない事実であり、そして少女がフィオナ・フリーデンである証なのだから。
自分には関係ない、そう思考を切り捨て自室の扉を開けたその時、携帯電話が安っぽいメロディーを鳴らして着信を告げる。
ディスプレイには知らない番号、もっともレイはこの携帯電話の番号も知らないが、ダミアンとフィオナとダミアンの信頼するタクシー会社の番号というレイにとって必要な番号は記録されており、その知らない番号は面倒ごとの到来をレイに感じさせた。
1つ大きなため息をついて、レイは通話ボタンを押した。
『貴様、一体どうい――』
「どういうつもりだ、なんてまた同じような言うんじゃないでしょうね? タクシーの手配をしていただけた事には感謝していますが、あなたは私との接触を禁じられているはずですよ」
レイは怒鳴るような声色で凄む電話の相手、ホロパイネンにそう苦言を呈す。
それまで捕まらなかったタクシーが、あのタイミングで都合良く捕まった状況にレイは作為的なものを感じていた。
レイのミスをフォローする事にホロパイネンは忌避感を抱くも、フィオナを守らなければならない為仕事を忠実にこなした。だからといってホロパイネンがレイに心を許すはずが無く、ホロパイネンは怒っていた。
『その事もだ! 貴様は会長とお嬢様に取り入ってどうするつもりだ!?』
「私は私の仕事をする、それも言ったはずですよね」
『黙れ! お嬢様を貴様のような奴にくれてやりはしない!』
どうにも会話する事自体が出来ないホロパイネンに、レイは右手で顔を覆い嘆息する。
――あんな面倒くせえガキはゴメンだって言っちまうか?
言えもしない事を胸中で毒づきながら、呆れたようにレイは口を開く。
「自分の婚約者を物扱いですか……まあ私が口を出すことではありませんね」
そのレイの言葉にホロパイネンは怒りの余り息を飲み込む。
レイはホロパイネンが居たいと願っていた場所に、フリーデン商会に入社してから命の危険を感じながらも目指したその場所。
レイという闖入者は突然そこに居座り、そして婚約者との距離をどんどん縮めていった。
フィオナがまだ若く、恋に恋するような歳である事を理解しているホロパイネンだからこそ、レイという闖入者に強く警戒心と激しい憎悪を抱いたのだ。
それにレイ・ブルームスという国連からの戦力が言う、テロリスト勢力の動きは一向に見られず、その事もホロパイネンの猜疑心を刺激して止まない。
そしてホロパイネンはレイがフィオナに取り入り、自分の立場を奪おうとしていると思い込んでしまった。
――頼むから面倒を起こすんじゃねえぞ
ホロパイネンの様子を電話越しで感じながらレイは、この不毛な会話を終わらせる事にした。
「仰っている事は見当違いですが、ダミアン氏に取り入れるよう頑張ってください」
もはや協同相手として信頼することなどお互いに出来るわけが無いと判断したレイは、そう言い切った後にホロパイネンの言葉も聞かずに通話を終わらせる。
――どうしてこんなに鬱陶しいんだ
一々突っかかってくるホロパイネン、そのホロパイネンに情報を漏らした誰か、そして最後まで同情する事も出来そうに無いフィオナへ舌打ちしそうになるのをレイは堪え、ダミアンの番号をコールする。
『何の用だ?』
面倒臭いと言わんばかりの声色で通話に応じたダミアンに、レイは強い苛立ちを感じるも報告の義務を果たす事を優先した。
「ホロパイネン氏にこの番号が漏洩、そして通話による接触を受けました。まあ、それ自体はどうでもいいんですが、一応ご報告を――護衛対象と遭遇、その後無事帰宅させましたが、敵性戦力の発見は出来ませんでした」
『そうか、ご苦労だったな。フィオナに怪しまれると面倒だ、あいつからアプローチが無い限り今後はまた尾行する形で頼む』
もはやホロパイネンに何を言っても無駄だと察したのか、ダミアンは疲労を強く滲ませた声でそう言いながら方針を告げる。
レイ・ブルームスという人間がフリーデン商会に現れてから、商会は良くも悪くも変わった。
フィオナは遊び相手が出来た事に喜び、ホロパイネンは同じ護衛に仮想を越えた敵意を持った。
そしてレイの耳は、電話越しに期待していた部下の潮時を痛感させられたダミアンの嘆息を捉える。
たとえ代わりが居なかったとしても、ホロパイネンという人間に大局が見通せぬ人間にフィオナと商会を任す事など出来る筈が無いと、ダミアンは気に掛けていた存在をいとも簡単に切り捨てたのだ。
愛する娘と自らが築いてきた商会に代わりは無いが、フリーデン商会は大きな組織である以上、人材は有り余っているのだから。
「了解しました。それと、そちらの掴んでいる情報を教えてください」
すかさず情報を要求するレイに、ダミアンは思わず苦笑を浮かべる。
今回は協同する相手にしかるべき情報を提供する事になるが、ホロパイネンという人間を見誤ってしまったせいで状況によっては重要な情報でさえ開示を迫られる可能性があったのだ。
情報を買い、武器を売るダミアンだからこそ、その恐怖を理解していた。
『余所の商会でブッシュマスターACRを5丁、M60機関銃7丁という取引があった。小口な上に商品が古過ぎるせいで、うちではあまり受けないタイプの取引だ』
同じく21世紀前期に作られた銃を使用するレイはダミアンの言葉に眉をしかめるも、D.R.E.S.S.という規格外な物が出来てしまった以上、それを認めざるを得ないと嘆息する。
しかしレイは同時に1つの答えに辿りついた。
「つまり型遅れの品を割高な値段で買う事になってでも、フリーデン商会に動きを悟られたくない連中が居る、と?」
『その通りだ。その証拠にギリシャ国内の軍のような自ら武器を供給出来る施設がない、ある程度の組織力を持つ民間軍事企業やテロリスト達はうち以外とは取引をしていない。弱小の組織は弱小の組織としか取引は出来ない。所詮金だ、分かりやすい話だろう?』
段々と愛想が無くなり地の部分が見えてきたレイに、ダミアンは興が乗り始める。
交渉事の経験こそ足りないが、頭の回転は悪くない。
地の部分であろう厭世家な雰囲気も、フィオナのような優しい人間が傍に居れば変わっていくだろう。
そんな一部に大きな見当違いを抱えるも、レイの全てを知っている訳ではないダミアンはそれに気付く事が出来なかった。
たとえ自分の手札にならなかったとしても、その存在は自分を楽しませてくれるだろう。
そう思うほどにダミアンは、レイ・ブルームスという人間を面白く感じていた。
『そう遠くない内に状況が動く。頼むぞ、お前だけに任す気は無いがあてにはしている』
「私は私の仕事をします。そちらも何かを掴み次第、教えて下さい」
ダミアンの様子からこれ以上得られる情報がない事を理解したレイは、通話を終了してテーブルに携帯電話を放る。
――マジで鬱陶しい
そう苛立ってしまうも所詮傭兵でしかないレイには、ダミアンからもたらされる情報が必要なのだ。
そして同時にエイリアスの情報工作の技術に関心するも、どの規模で行われているか分からないそれにレイは得体の知れない胸騒ぎを感じる。
何か自分を違うものへ書き換えられてしまうような、そんな得体の知れない胸騒ぎを。