Start The [Ghastly] Farewell 8
「どうやら、俺はここまでみたいだな」
日傘をイヴァンジェリンに押し付けながら紡がれたレイの言葉。
その言葉にフィオナ、エリザベータ、晶の3人は困惑した表情を浮かべ、イヴァンジェリンはただ絶望したような表情を浮かべていた。
「期待に応えられなくて悪かった」
「ダメだレイ! 行ってはいけない、まだ早すぎる!」
縋りついたイヴァンジェリンの手はレイに触れる事もなく、胸の十字架だけを掴んでいた。
その十字架を通している革紐はするりと解け、イヴァンジェリンの華奢な手にはその十字架だけが残った。
それに目もくれないレイは左手首の灰色のバングルの表面を叩き解き放たれたシアングリーンの光は、イヴァンジェリンとレイを隔てるように広がり、やがてレイの体に纏わりつくように収束していく。
そしてシアングリーンの粒子の光は質量を伴い、灰色のD.R.E.S.S.ネイムレスへと形を変える。
『今までありがとう』
別れを告げるように紡がれた今まで言われた事のない言葉に、イヴァンジェリンの胸中に冷たい不快感が広がりだす。
寂寥感、悲哀感、絶望感、その全てに似て非なる不快感。
レイの両親をソレが殺してしまった時。
自身の両親がD.R.E.S.S.のせいで殺されてしまった時。
レイが死んでしまうのではないかと憔悴していた時。
確かに感じていたその不快感に飲み込まれそうになりながらも、イヴァンジェリンは無理矢理にでも止めようとネイムレスへ手を伸ばす。
しかしネイムレスはシアングリーンの単眼のマシンアイにイヴァンジェリン達を映すこともないまま、凄まじいエネルギーの奔流によって砂埃を巻き上げる峡谷へと背部ブースターを吹かせて飛び出していく。
「……ダメだ、ダメなんだよレイ」
「イヴァンジェリンさん、一体どうしたの!?」
ポツリと呟かれたイヴァンジェリンの言葉。
その言葉に焦らされたのかフィオナはイヴァンジェリンの肩を掴んで、自身の方へ向かせながら問い掛ける。
しかしイヴァンジェリンは普段のフィオナならありえないほどに乱暴な行為に文句を言う事もなく、ただ虚ろな目で虚空を見つめていた。
そしてここ半年の間に見たことのないレイとイヴァンジェリンの尋常ではない態度に晶は戸惑い、エリザベータは懸念していた可能性の1つに顔色を一気に青ざめさせてしまう。
イヴァンジェリンはいずれこうなる事も、この戦いを避けられない事にも気付いていた。
だからオブセッションという試金石を探して再度排除させようとした。
だからネイムレス・メサイアという決戦用兵器を与えた。
だからこそ傍に置き続けてその戦いの力になると決めた。
しかしレイが一度は撃破したオブセッションは本格的な起動は初めてな上での初陣という、それを纏っていたジョナサンですら搭載兵器の正確なスペックを把握していないものだった。
そのオブセッションとネイムレスが高速で接近しているソレは、明らかに違うのだ。
そんなイヴァンジェリンを置き去りにして、ネイムレスは左腕に装備した棺桶型のユニットからチェーンソーの刃を展開する。
チェーンソーの刃の外周を沿うように這わされた外歯は、甲高い唸り声を上げて回転し始める。
その速度はネイムレスが峡谷へ近づいていく間にも上がっていき、やがて青白い粒子の光を集束させ始める。
粒子兵器を再度使わせる前に一撃で撃破する。
オブセッションとの戦闘で得た経験から、粒子兵器のチャージをさせる前に終わらせよう。
そんなレイの考えをイヴァンジェリンは理解はしたが、それでは勝てるはずがない。
オブセッションがバトルライフルを装備していたのは、ヘイト・スキャッターという粒子拡散兵器が即応性に欠けていたためである。
しかしそんなオブセッションとは違い、自身が何をしているのかを考えもせずに、ただ強く悪辣である事を求めて作り出したソレに弱点などない。
「……めろ」
峡谷の岩壁を蹴り飛ばしてジグザグな回避機動を取りながら接近するネイムレスと、腰から生えたケーブルで繋がれた巨砲を構えて青白い粒子の光を集束させていく黒いD.R.E.S.S.。
ソレにレイが殺されることがあってはならない。
しかし両者が止まることはなく、イヴァンジェリンの囁きは誰にも届くことなく虚空に消えていく。
そしてネイムレスは青白い光を集束させたネイムレス・メサイアを振り上げて斬りかかろうとしたその時、UAVからの映像が青白い粒子の光が解き放たれたのを感知する。
「やめろォォォォッッ――!」
そのイヴァンジェリンの叫び声も、必死の覚悟で立ち向かっていったネイムレスすらも飲み込むように、青白い粒子の奔流が何もかもを飲み込んでいった。




