Start The [Ghastly] Farewell 3
「まず報酬ですが前金で4割を、そして任務終了後に脅威の排除の成功不成功とは関係無しに残りの6割と共に軍事衛星へのアクセスコードをいただきます」
「それはあまりにも一方的過ぎるんじゃないか、レディ? そちらが用意しているテープレコーダーにしか記録が残らないような交渉で、調子に乗るべきではないと僕は思うけどね」
もう終わりだと思われていた交渉に起きた一波乱に、ロンバードは不愉快そうに眉間に皺を寄せて吐き捨てる。
しかし晶はそのあからさまに自身を見下していると分かるロンバードの口振りに態度を変えることもなく、ただ雇用主が望んでいる以上の結果を出すために言葉を紡いでいく。
「だからこそ自分が言った言葉が大事なのだと、僭越ながらわたしはそう考えますミスター・ロンバード。ミスターは確かに「1000万ドルと軍事衛星へのアクセスコードを報酬とする」と仰いました、任務の成功不成功について言及もなさらずに」
「なッ……! それはッ……!?」
予想外だとばかりにロバードは顔を歪め、晶はその様子に呆れると同時に猜疑心を深める。
アメリカ国防軍から送り込まれた交渉人にしては、あまりも稚拙な交渉能力。
しかし提示された報酬は低レベルな交渉には見合わないほどの上物。
その事実に猜疑心が強く疼くのを感じるが、晶は雇用主の要求に応えなくてはならない。
「再度繰り返します。エイリアス・クルセイドは指定されたポイントの調査、そして状況によって捕捉出来た脅威の排除を請けます。ただし、国防軍を含む他の勢力が排除対象への攻撃をしていても、我々はそれの援護は行いません。そして報酬は前金で――」
「報酬は脅威の排除をしなければ6割とさせてもらい、アクセスコードの件は無しだ」
「ミスター・ロンバード、わたしは言いました、「記録を取っていないからこそ、自身の言葉が大事なのだ」と。よくお考え下さい、わたくし共にはこの任務はただの依頼に過ぎませんがミスターにとっては違うはずです。これは国防軍の仕官がわざわざカルフォルニアの僻地まで足を運ばなければならない案件であり、そしてミスターの将来にも関る重要な案件でもある。違いますか、ミスター・ロンバード?」
その脅しともいえる晶の言葉に描いていた勝利が水泡に帰したロンバードは、悔しげに歯噛みしながら晶を睨みつける。
国連のD.R.E.S.S.規制委員会に所属しているエリザベータが居るからこそ、ロンバードは傭兵がたった1人しか居ないエイリアス・クルセイドに強く望む事は出来ない。
相手が何を保有しているか分からない偽名の十字軍だからこそ、脅迫もこれ以上の搦め手を使うことも出来ない。
「……5割だ」
「ご冗談を」
意を決したように口を開くロンバードに、”どこかの誰か”のようなシニカルな笑みを浮かべた晶は少ない言葉でそれを切り捨てる。
晶の雇用主にとって金などどうでも良いが、ロンバードにはそちらに固執してもらわなければならないのだから。
「……6割」
「8割。お金は稼げますが、うちの社長と国防軍との信頼はお金に変えられるものではない筈ですよ」
最後の切り札を悠然と切りながら、ロンバードの親の仇でも見るような視線をその身に受ける。
ロンバードは苛立ちを隠せてはいないが、イヴァンジェリンと国防軍の関係がこれ以上こじれてしまうのを望むはずがない。
それを理解出来ている晶には何も恐れるものはない。
「……いいだろう。前金は4割、調査だけで任務を終了した場合はそれと報酬の4割と衛星へのアクセスコードを報酬として渡す。だけど情報の精度が低くて調査ポイントの攻略に役に立たないと判断した場合は、アクセスコードに関しては考えさせてもらう」
その怨嗟のような呟きを聞きながら晶はイヴァンジェリンの方へ視線をやる。
だが晶はロンバードに金についてのやり取りを強く刷り込み、最低でも役に立つ情報さえ手に入れれば脅威の排除に至らなくても、衛星のアクセスコードを手に入れられる段階までは持っていった。
これ以上何かを望むのであれば、イヴァンジェリン自身が交渉をしなければならない。
それを確かめるように晶は、イヴァンジェリンへとさりげなく視線を向ける。
それに気付いたイヴァンジェリンは満足げに頷き、役割を果たした晶は深くお辞儀をして交渉を終わらせる。
「ではそのように。どうぞよろしくお願いしたします、ミスター・ロンバード」
「上にはそう伝えさせてもらうよ。では失礼させてもらう、僕は忙しいんでね」
「ああ、それと最後に1つだけ忠告させてもらおう」
自身が戦場に立つことのないキャリアだからこそ、SP達が武装していない現状を息苦しく感じていたロンバード。
ロンバードが早々に立ち去ろうとソファから立ち上がったその時、イヴァンジェリンは思い出したようにロンバードに声を掛ける。
そのハスキーな声に釣られてロンバードがその声の方へ視線をやると、底には口角が上がっているもの一切笑っていないピジョンブラッドの目をしたイヴァンジェリンが居た。
「ミスター・ロンバード、あなたはこの屋敷のルールを4回破りかけ、1回は確実に破っていた。今回それを見逃すのは私達には他に待たせている客人が居るからだ。また出会うという事も含めて次はないが、せいぜい気をつけてくれたまえよ」
威圧するように、そして最後通牒を告げるように、イヴァンジェリンは口元に微笑を浮かべながら淡々と告げる。
リュミエール邸の敷地内に入ってからロンバードは3回レイを侮辱し、1回ネクタイを引っ張るなどの暴行に及んだ。
屋敷の関係者を侮辱、勧誘してはいけない。
レイ・ブルームス以外は素手であろうと戦闘行為や威嚇行為をしてはいけない。
そのロンバードの行為は紛れもなく屋敷のルールに違反しており、イヴァンジェリンは状況次第では発砲も辞さないと敷地内のあらゆる場所に設置してあるセントリーガンでロンバードの頭に照準を定めていた。
失望するほどに人類を見放してはいないが、近しい人間以外を愛しいと思うほど人類を愛しては居ない。
それが人々を傷つけ、人々に裏切られたイヴァンジェリンのスタンスなのだ。
「何を仰るかと思えば、全てそちらの飼い犬の躾がなってないせいでしょう?」
「私には忠実で優秀な部下は居るが、ミスター・ロンバードと違い駄犬を飼う趣味はないので分かりかねるな」
苛立ちを誤魔化すようにクルー・カットの髪をバリバリとかいてそう言うロンバードに、それ以上の皮肉をイヴァンジェリンが返す。
その言葉を侮辱と捉えたのかSP達がイヴァンジェリンと対峙するように、ロンバードとイヴァンジェリンの間に割り込もうとする。
しかしレイはそれよりも早く、SP達とイヴァンジェリンとエリザベータの前へと割り込む。
その右手は見せ付けるようにスーツとシャツの袖を引き、その左手首には灰色のバングルが鎮座していた。
それがプロジェクト・ワールドオーダーの阻止に尽力したD.R.E.S.S.、ネイムレスであると気付いたロンバードの顔から一瞬にして血の気が引いていく。
レイ・ブルームス以外の人間が武装してはいけない。
玄関の横に掛けられていた合金の板には、確かにそう書かれていたのだから。
「……僕達を殺す気ですか、きっといい方には転びませんよ?」
「そんなつまらないことはしない、ただここで約束をしてもらう。私達と通信するための専属のオペレーターを用意すること、2度と私達を侮辱しないこと、そして今すぐここから消えることだ」
その余りにも自身を見下している態度に、ロンバードは奥歯が軋むほど歯を食いしばってしまう。
今回わざわざカルフォルニアの僻地まで来たのは、稀代の天才であるイヴァンジェリンとの交渉を成功させたというキャリアを作るため。
決して手中に収めようとしていた、エリザベータに無様な様を晒すためではない。
しかし同じく手中に収めようとしていたエリザベータは、そんなロンバードのことなど視界にも入っていないように、自身を守るように割って入ったレイに熱っぽい視線を向けていた。
「……お見送りは結構です。いくよ、皆」
「どうかまっすぐ玄関まで向かわれますよう、余計なところに入れば命の保障はしかねるからね」
ロンバードのSPが応接間から足早に出て行き、SPはその言葉を遮るように乱暴に扉を閉めた。