[Forbidden] Fruit Is Sweetest 12
ただ1つの光もない牢獄で、イヴァンジェリン・リュミエールは自身の罪に塗れた過去を思い返していた。
先天性白皮症という体質の為に同年代と遊ぶ事も出来なかった少女――イヴァンジェリン。
イヴァンジェリンは家の中という限られた空間で、知的好奇心に促されるままにあらゆる物を作っていった。
決して同年代の子供達に興味がなかった訳ではない。
しかし自身の体質を正しく理解し、やがて自身の才能に気付き始めたイヴァンジェリンにはそれを興味の範疇から外していった。
望むだけ不毛で、得たとしても不毛だ。
聡明さゆえにイヴァンジェリンは自身とそれらを見限り、自身の才能が1番生きると理解した開発に没頭していった。
11歳で超小型電力増幅回路を開発し、12歳の時に複雑系アクチュエータ技術のノウハウを覚えた。
リュミエールは代々続いている軍需工業の家系であり、戦車や戦闘機などのそういった教材の資料を手に入れるのはイヴァンジェリンにとって容易かったのだ。
そして自身は他の人間と違うのだと気付き始めていた13歳になった頃、イヴァンジェリンは予期せず両親の会社であるLumiere Military Industriesの業績不振を知ってしまった。
過去の焼き増しだけを続ける会社、発展性のない兵器開発、刻々と開いていく他社とのクオリティ。
それを知ったイヴァンジェリンは過去に、超小型電力増幅回路で特許を取得していた事を思い出した。
その技術料が大量に入っているはずだとイヴァンジェリンは自身の口座を調べるも、11歳の少女が作り上げた技術などに興味を持つ人間はおらず、口座の数字は一切の変動を見せていなかった。
だから、イヴァンジェリンは考えた。
自身が作り出した超小型電力増幅回路の有用性を訴え、複雑系アクチュエータ技術を他の人間では理解出来ないレベルまで持って行き、そしてLumiere Military Industriesの救いとなる新しい兵器を。
そしてイヴァンジェリンはかつて世界中の研究所のデータベースを荒らしていた頃に見つけた、物質粒子化の技術を勝手に使用する事にした。
必要とされる膨大なエネルギー量、質量保存の法則を乱す悪魔の技術。
それが物質粒子化の技術に纏わり付くレッテルだった。
しかし既存の法則を覆す事に何の抵抗もなかったイヴァンジェリンは、自身の超小型電力増幅回路でエネルギー問題を解決して新世代の兵器を作り出した。
制御ソフトを含むOSを1から作り出し、機動には複雑系アクチュエータ技術を組み込み、実用化した物質粒子化の技術により他の兵器では代替出来ない携行性を生み出した。
そのイヴァンジェリンの全ての技術が注ぎ込んだ兵器の名前は、Distress Reign Execution Systematic Suit――D.R.E.S.S.といった。
超小型電力増幅回路での失敗を学んでいたイヴァンジェリンは、両親に会社の金を使ったことを詫びてからD.R.E.S.S.を紹介し、父が特許を取得する形でそれを商品のラインナップに加えるよう進言した。
D.R.E.S.S.というSF映画のような圧倒的な兵器を作り上げた娘にイヴァンジェリンの両親は恐怖を感じるも、それがLumiere Military Industriesを救うものなのだと直感的に理解し、イヴァンジェリンを誉めそやした。
そしてD.R.E.S.S.は頭がおかしくなった落ち目の会社の社長が作り上げた豪勢なオモチャとして世間に広がった。
しかし核という最後の手段に至る前の効果的な戦力を求めた、アメリカ軍の陸海空から派遣された人員達によって実験部隊を設けられることとなった。
戦車などの機動兵器を扱っていたLumiere Military Industriesにとって、効果的なプレゼン程度は朝飯前だったのだ。
それを知ったイヴァンジェリンは大急ぎで戦闘特化型であるルード、情報戦特化型であるクラックの2種類のD.R.E.S.S.を作り出した。
D.R.E.S.S.はアメリカ軍の実験部隊で、とりわけヘンリー・ブルームスが率いるフルメタル・アサルトによって良い成績を残していき、配備から半年という異常なペースで実戦投入される事となった。
――今思えば、愚かな事だ
D.R.E.S.S.を生み出してから経た10年で理解させられた自身と人類の愚かさに、イヴァンジェリンは暗闇の中で自嘲するように嘆息する。
フルメタル・アサルトに限らずアメリカ軍の実験部隊達が結果を出し続けたおかげで、D.R.E.S.S.は世界中へと広まっていった。
そしてそれが既存技術となってしまえば、先駆者であるアメリカは新たなD.R.E.S.S.を求めた。
金銭的にも、名誉などの形のないものにも充足していたイヴァンジェリンは、更なる富と名誉を求めて更なるD.R.E.S.S.を作るというアメリカの要請を承諾した。
しかしアメリカはイヴァンジェリンに1つ要求を出した。
それは粒子物理学の権威である博士と共に粒子兵器を開発して、それを新しいD.R.E.S.S.に搭載する事という物だった。
その要求にまだ若かったイヴァンジェリンはへそを曲げてしまうも、両親の懇願ともいえる説得によってそれを改めて承諾した。
後日アメリカ軍に製作現場として与えられたヴァンデンヴァーグ基地内の格納庫で2人は出会った。
かたやD.R.E.S.S.という映画の中の世界の兵器を作り上げたイヴァンジェリン・リュミエール。
そしてもう1人はフルメタル・アサルトの隊長であるヘンリー・ブルームスを夫に持つ、粒子物理学の権威である由真・ブルームスだった。
由真は粒子兵器を実現しようとしていたアメリカ軍に雇われた研究者であり、同時にイヴァンジェリンが盗み出した物質粒子化技術を生み出した人間だった。
しかしその事に気付きながらも1種の天才でありながら1児の母でもある由真は、まだ若かったイヴァンジェリンを気に掛けた。
やがて天才であるがゆえの孤独を感じていたイヴァンジェリンは、真摯に自身と向き合ってくれた由真に懐いていった。
そうしてイヴァンジェリンが14歳の誕生日を迎えて数ヶ月が経ち、警察機構が犯した罪によって軍が警察機構を取り込んで国防軍に変わった頃、そのD.R.E.S.S.は完成した。
流線型の黒をベースにした黒と赤のツートンの装甲を纏い、赤いデュアルアイを輝かせ、そして胸部ユニットに情報攻撃装置、両手に1丁ずつ粒子ライフルを、そして背中に長身の粒子キャノンを搭載したD.R.E.S.S.。
イヴァンジェリンはその禍々しい7m級の巨体と戦場を蹂躙する事が出来るその装備から、その敵にするには最悪のD.R.E.S.S.をディファメイションと名付けた。
由真はそのイヴァンジェリンのネーミングセンスに苦笑を浮かべながらも、イヴァンジェリンと1仕事終えた喜びを分かち合った。
そして幾度となく核ミサイルをちらつかせる北朝鮮の牽制に堪忍袋の緒が切れかけていたアメリカは、ディファメイションのテストを行ってそれを北朝鮮への牽制とする事にした。
テスターはフルメタル・アサルトの隊長であり、アメリカ国防軍1の腕利きであり、そして由真の夫であるヘンリー・ブルームスが選ばれた。
由真は夫が自身の作品を扱う事を喜び、テストの際は息子を連れてこようとはしゃぎ、イヴァンジェリンは由真を2人に取られてしまったように感じてしまいへそを曲げていた。
そうして最終チェックやメンテナンスを繰り返している間に、時計のデジタル表示はテスト当日の日にちを表示していた。
広大な滑走路の真ん中にポツンと置かれたディファメイション、そこから大分離れた場所からそれを見守る関係者一同。アルビノであり、日光に晒されるわけには行かないイヴァンジェリンは施設の3階の窓からそれを見下ろしていた。
一応ブルームス家の面々とイヴァンジェリンは顔を合わせていたが、この日のテスターであるヘンリー・ブルームスには汗臭い軍人、その息子であるレイ・ブルームスには気持ちの悪い子供という印象しか持てずにいた。
やはり天才は天才同士でしか分かり合えないのではないか。
そんな事を考えていたイヴァンジェリンのピジョンブラッドの瞳は、滑走路の異常に気付いた。
ディファメイションは予定にはない機動を取り始め、テスターであるはずのヘンリ・ブルームスのルード改修機であるワイルド・カードと、フルメタル・アサルト所属のジョナサン・D・スミスのクラック改修機であるインヴィジブル・エースがディファメイションへの攻撃を開始したのだ。
その事実からイヴァンジェリンは、ディファメイションが誰かに奪われたのだと理解させられてしまった。




