[Forbidden] Fruit Is Sweetest 7
辺りに何もない月明かりに照らされた荒野を、錆び付いたバイクが遠くに見えるナイター照明を目指して走っていく。
モーテルで盗まれたそれはレイによってフロントライトが切られ、電気駆動のエンジン音だけがその闇と静寂を犯していた。
――見取り図はない、潜入用の装備もない、情報支援もない、か
情報支援を除けば以前と変わらないはずの状況に多少の不安を感じている自身に、レイは自嘲するように胸中で呟いた。
武器流通組織であるフリーデン商会に便宜を図らせる必要があった。
D.R.E.S.S.に対して規制を引こうとしたエリザベータ・アレクサンドロフが邪魔だった。
BLOODというナノマシン兵器を必要としていた。
D.R.E.S.S.の生みの親であるイヴァンジェリン・リュミエールの身柄を拘束している。
民間軍事企業H.E.A.T.の代表取締役のジョナサン・D・スミスが噛んでいる。
たったそれだけしか知らない、自身らが妨害を繰り返していたらしいプロジェクト・ワールドオーダー。
そんな意味不明なものに不安を感じるのは無理もないが、同時にらしくもないとレイには思えていた。
金で命を売り払うのが傭兵で、レイはその傭兵になる事を望んでいたはず。
そのスタンスが変わる事も、変える事があってもいけない。
ヘルメットが見つからなかったため、風を受けて髪が引っ張られるような感触に舌打ちをしながらレイは改めて状況を整理する。
レイがエイリアスと名乗ったイヴァンジェリンからコンタクトを受けたあの時、普段なら社屋にたむろしている傭兵達が居なかった。
その事からH.E.A.T.はプロジェクト・ワールドオーダーに深く関っていると思われる。
プロジェクト・ワールドオーダーを進める者達に囚えられてしまったイヴァンジェリン・リュミエールはなんらかの方法でレイにコンタクトを取り、よりにもよってH.E.A.T.に所属しているレイにその妨害を依頼した。
そしてそれは結果として成功するもレイはH.E.A.T.に命を狙われ、イヴァンジェリンは自身の救出を諦めざる事態へと発展してしまった。
そう状況を時系列ごとに整理するも、レイには引っ掛かる事があった。
H.E.A.T.がプロジェクト・ワールドオーダーに噛んでいるのなら、なぜレイだけがプロジェクトからはじき出されてしまったのか。
イヴァンジェリンはH.E.A.T.の内部崩壊を狙っていたわけでもないのに、なぜ獅子身中の虫となりえるレイを指名したのか。
世界有数の軍需企業であるはずのLumiere Military Industriesが、いつ、なぜ閉鎖されてしまっていたのか。
――面倒くせえ
至った結論にレイは思わず深いため息をついてしまう。
レイがプロジェクトから弾き出されたのは、こうやって誘い出すための理由がデータや報酬以外にもあったから。
イヴァンジェリンがレイを指名したのは、レイがH.E.A.T.からフリーになる時期があると判明したから。
Lumiere Military Industriesが閉鎖されていたのは、イヴァンジェリンを含めたリュミエール家の人間達にH.E.A.T.のパトロン達によってなんらかの圧力を掛けているから。
そしてそれらに導かれたレイは"イヴァンジェリン・リュミエールはプロジェクト・ワールドオーダーを妨害したかった"のだという最初の答えに戻ってしまう。
この結論が合っているかは分からないが、D.R.E.S.S.を製造し続けて巨万の富を得ていたLumiere Military Industriesが閉鎖に追い込まれた理由などレイには分からないのだ。
――もしくは、博士には俺とジョナサンを殺し合わせたい理由があるのか
傭兵である以上、恨まれる理由は数え切れないほどある。
加えて言えばD.R.E.S.S.の生みの親であるイヴァンジェリンという特殊な女が、何を考えているのかなどレイに分かるはずがないのだ。
そしてもしそうであるのならジョナサンもレイと同じように、イヴァンジェリンが手ずから作り上げた兵器を所持しているはずであり、それ自体がプロジェクト・ワールドオーダーの根幹である可能性もある。
――それがどうであれ、もう退く気もねえよ
ようやく詳細が見える程度に近づけたナイター照明を睨みつけながら、レイはバイクを止めた。




