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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
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[Forbidden] Fruit Is Sweetest 3

『皆気をつけて! 撹乱からの 隠密襲撃(ステルスアサルト)はネイムレスの常套手段よ!』


 コンテナと瓦礫片を含んだ爆発を僚機の陰に隠れていたアネットは部隊に警告を促すのを遠くに聞きながら、レイは廃工場を囲うようにそびえる岩壁の窪みにネイムレスを隠した。


 ――今ので2,3人死んでりゃいいんだけどな


 遠くに見える複数のマシンアイの光を眺めながら、レイは深いため息をつく。

 無事逃げられたとしてもH.E.A.T.の追っ手から逃れ続ける事は難しいだろう。


 ――手を出すだけ割りに合わないって思わせるしかねえか


 いつかのアテネのようにと自嘲するように胸中で呟いたレイは、この場を切り抜ける方法を思案し始める。

 見える限りではあるが、ルードと思われる黄色の単眼のマシンアイが3つ、クラックと思われるオレンジ色のデュアルアイが4つ、そしてアネットのクラック改修機であるサイネリアの紫色のデュアルアイが1つ。


 アネットはレイとチェレンコフと共にパーフェクトソルジャーと呼ばれていたヘンリー・ブルームスが率いたD.R.E.S.S.部隊、フルメタル・アサルトを模したD.R.E.S.S.小隊に在籍していた。

 その小隊は元軍属であるジョナサンが直接教鞭を振るうも、中途半端な機体構想に振り回されるチェレンコフはいつも早い段階で撃墜判定を受け、レイはそのチェレンコフのゴリニチを盾として使用し、アネットは守られているのが当然とばかりに精度の低い援護射撃を繰り返すばかりで、連携の1つも取れないまま実働前に解体された。

 その後レイは個人で、チェレンコフは別の小隊の拠点制圧型として、アネットは情報工兵として皮肉な戦績を残していた。


 そんな同じ部隊に所属し、一時は同じ家に暮らしてたアネットだからこそ、H.E.A.T.にとって邪魔になった自身の"制裁"を命じられたのだろうとレイは考えた。


 ――次はどう出る?


 クラックの情報攻撃で封殺したまま集中砲火を浴びせて撃破する。

 3対1のジョナサンとの模擬戦で何度も仕掛ける度に打ち破られた、結果としてスタンドプレイを増徴させる結果となったアネットの常套手段。

 アネットがレイを知っているように、レイもアネットを知っているからこそ、その次が読み取れない。


 ――最後まで面倒くせえ女だ


 使い慣れたブレードユニットを失い、7人の仲間を連れた相手は自身を知っている上にその全てのD.R.E.S.S.が違法改修(イリーガル)ナーヴスではない戦闘用で、サラトフのようにまとめて爆破出来るオブジェクトも存在しない。


 ――ダメで元々ってか


 そう胸中で呟いたレイの視線の先には、ネイムレスの手首から肘の先まで覆うように付けられた棺桶型のブレードユニット。

 つい先日まで振り回していたブレードよりも遥かに重く、どう展開されるか見当もつかない、イヴァンジェリンとH.E.A.T.のどちらかの罠である可能性すらある武装。

 ここでなす術も無く殺されるか、確証のない勝機に縋って戦って死ぬか。

 どれだけ無様でも生き残らなければならないレイは、目視認証(アイタッチ)でブレードユニットを展開した。


 ――どんな皮肉だよ


 手の平と並行するように棺桶型のユニットから飛び出した人の身丈以上の長さのチェーンソーのような刃、インストールされたプログラムが示すネイムレス・メサイアとというその刃の名前。

 工作兵が使う装備にしか見えないその風貌、皮肉としか思えないその名前にレイは思わず胸中で毒づいた。


 ――こんな物売れねえだろうが、あのクソ女


 命を預けるにはあまりにも情けなく、商品にするにはあまりにも信憑性がない、もはやただの(おもり)のように思えてきたそれに深いため息をついたレイは、シアングリーンの視界でその武装のプログラムを呼び出す。

 展開、格納、装脱着、そして通常のブレードユニットにはない起動と停止。

 レイは目視認証(アイタッチ)で起動を選択した。


起動(イグニッション)


 マシンボイスによって薄ら寒い文言がネイムレスを纏うレイの耳元だけで囁かれた。

 その瞬間、左腕のネイムレス・メサイアと銘打たれた刃が轟音を上げながら、チェーン状の合金の外歯を高速で回転させ始める。


 ――マジ、ふざけんなよ


 いつのまにか実装されていた音声確認システム、回転の速度が上がる事に増していく甲高い稼動音にレイは舌打ちをしてしまう。

 ミサイルなどの余剰物資を捨ててまで得た隠密性は一瞬で消えうせ、複数のマシンアイの光は確実にネイムレスを捉えていた。

 絵に描いたような最悪な状況に頭を抱えそうになるレイに、開きっぱなしの通信からあざけるような言葉が掛けられた。


『随分アンティークなルックスの物を持ってるじゃないか。あのキチガイ女はお前をレザー・フェイスにでもする気なのかな。随分酷い女に飼われているんだね、ブルームス?』

『俺は誰にも飼われちゃいねえよ。股の緩い女にしゃぶられて満足出来るアンタらには理解出来ねえかもしれねえけどな』


 名前も知らないH.E.A.T.の傭兵の言葉に敵部隊がエイリアスという依頼人の事を正確に把握している事実に気付かされたレイは、そう毒づきながら状況を正確に把握する。

 岩壁を背にするネイムレスを敵部隊は距離を詰めながら包囲しつつあり、この状況を打破するには正面突破以外の手段はもうない。

 しかし足を止めている今、即座に急襲を掛けるいつものやり方は出来ない上に、マシンガンとミサイルは決定力に欠ける。


 ――名無し君って正々堂々とか苦手でしょ?


 ふと脳裏によぎったブルズアイの軽い口調で紡がれた言葉が、レイの食いしばった奥歯を軋ませているその間にも包囲は狭まっていく。


『おいおい、余計な事を言うなよ。生殺与奪は既にこちらが握っているんだよ? 死にたくなければイヴァンジェリン・リュミエールから与えられた報酬、多分カードかな? それと鴻上製薬で奪ったデータをこっちに寄越すんだ』

『何を言っているの!? 早くそいつを殺して!』


 用意した作戦の2つが破れ早いところ任務を終了させたいアネットは、金切り声を上げて部隊長と思われるルードへ叱責する。

 イヴァンジェリン・リュミエールを手中に収めている以上、H.E.A.T.は無理にカードを奪う必要などないのだ。

 しかし50万ドルという一晩で得るには膨大すぎるその金は、現場の人間達の目をくらませるには十分だった。


『黙っててよ。意味の分からない取り引きを最初に持ちかけたのはそっちだろ? 50万ドルは俺達で山分け、社長令嬢殿はデータの回収と"ネイムレスの撃破"っていう作戦の遂行、そしてブルームスは生きて帰れる。全員が得をするいい取引だと思うけど?』

『……勝手な事を決めないでちょうだい。まだ対象と取り引きをするって言うなら、作戦の進行妨害、並びに機密漏洩として罪状を父さんに報告するわ』


 そう言いながらアネットは、サイネリアの両手に装備したスナイパーライフルをそのルードへと向ける。

 H.E.A.T.という安住の地を手に入れたアネットにとっても50万ドルはとても魅力的なものであるが、H.E.A.T.を裏切ってしまえばテロリストになるという道以外なくなってしまう。

 そう自身の状況を正しく理解しているアネットは、その男達の行為を見逃すわけにはいかない。

 ジョナサンに拾われる前の売春から殺しまでの汚れ仕事(ウェットワーク)をこなしていたあの頃に戻るなど、考えたくもないのだから。

 しかしルードの男がハンドサインを出しながら、嘲るような口調で最後通牒を告げる。


『黙っててって言ったじゃないか。腰を振るしか能もないのに、いっぱしの傭兵気取りとは恐れ入るよ――ただこれ以上口を出すなら、社長令嬢殿には"独断専行の結果で死んでもらう"事になる。ブルームス、お前も傭兵ならどっちが自分にとって得か分かるだろ?』

『……ああ、よく分かるぜ。俺は――』


 敵戦力はルードが3機、サイネリアを含めたクラックが5機という、情報的に封殺するというアネットの意思が垣間見える戦力。そしてその内のルード1機とクラック2機が銃口をサイネリアに向け、残りのルード2機とクラック2機は甲高い唸り声を上げるネイムレスの左腕を警戒していた。


 ――被弾覚悟で、か。成長しねえな俺も


 フロントマンであるルードとネイムレスのおよそ600mほどの距離を確認したレイは、ミサイルポッドのハッチのロックを外しながら、銃身にマシンガンを持つネイムレスの右手の中指を立てる。


『――アンタらを殺して、1人で50万ドルを手に入れることにする』


 そして灰色の装甲を纏う足が背後の岩壁を蹴り飛ばす。

 その勢いのままネイムレスはブースターを吹かせて匍匐飛行で飛び出した。

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