[Forbidden] Fruit Is Sweetest 2
『レイ、聞こえる?』
「……何の用だ、アネット?」
ネイムレス越しの知っている女の声にレイは不愉快そうに吐き捨てる。
その女はアネット・I・スミス、レイと同じくジョナサンが面倒をみている女だった。
『何の用って、あたし達はレイを迎えに来たのよ』
「殺しに来た、の間違いだろ?」
『その考えに至るのはまだ早いわ。あたしが父さんに掛け合う、だから――』
「嘘をつかなくていい、アンタ達の目的は分かってるつもりだ」
左肩部のコンテナを開いて口座のカードとスティックメモリをしまい、レイはあくまで挑発的に、そして神経を逆撫でするように言葉を続ける。
戦力の差は圧倒的、模擬戦でレイがチームを組まされた事があるアネットが居る以上、布陣もベターな物が予想される。
文字通り窮地に追いやられたレイは、アネットに揺さぶりを掛けて無理矢理にでも活路を見出さなければならない。
『違うわ! あたしはただレイのために――』
「なら教えてくれよ、何人がスコープ越しに俺を見てる? ジョナサンは俺をどうしろって言ってた? その小隊の編成は本当に俺に猶予を与える気があってのものなのか? アンタの考えくらい俺にでも分かる。アンタはいつも同じだ、利用していたフロントマンが俺とチェレンコフから他の奴に代わっただけ。それで俺のためだと? 笑わせてくれるじゃねえか」
頭に血が昇っていくのを感じながら、レイは乱暴にレザーのフィールドジャケットのフロントジッパーを閉める。
戦いはもう避けられない、そして避ける気もない。
もはやお互いにとってベストな道などないのだから。
『……交渉に応じる気はないのね?』
「誠意を見せろなんて言わねえけど、交渉の体裁ぐらい整えてからほざけよ」
そう言ってレイはネイムレスの胸の装甲を殴る。
灰色の巨体はシアングリーンの粒子となって散り、そしてレイの身に纏わりつく灰色の鎧へと変容していく。
『交渉は決裂ね。残念だわ、レイ』
『俺もだよ。1つ屋根の下で暮らしてたアンタを殺すのは、少しだけ胸が痛てえよ。まあ――』
お前の事など何とも思っていないとばかりのレイの声色に、アネットの声色は不機嫌そうな声色へと変わっていた。
交渉の技術もなければ、なぜ傭兵をしているのか分からないほどにD.R.E.S.S.の扱いは拙い。
それでも全てが自身の思い通りになると思っているアネットがレイは嫌いだった。
しかしそれももう終わるのだと、レイはネイムレスの装甲の中で口角を歪める。
『――嘘なんだけどな?』
レイがそう告げたその瞬間、無数の弾丸達が廃工場に殺到し、防弾ガラスを撒き散らしていく。
重質量の合金同士がぶつかり合う音、砕けた防弾ガラス片が床を打つ軽い音。その中でネイムレスは薄くなりつつある廃工場の壁面に、まだミサイルが入っている決して小さくはないコンテナを蹴り飛ばす。
鉄筋とコンクリートを吹き飛ばして現れたその質量に、霧散していた銃火が殺到したのを確認したネイムレスは工場の逆サイドへとフルブーストで飛び出した。
『!? ダメ、攻撃中――』
高速で移動するD.R.E.S.S.の反応に気付いたアネットは攻撃を中止させようとするも、アネットと同じくH.E.A.T.から派遣されているフロントマンであるルードのミサイルは既に発射されていた。
アネットが纏う薄いピンクに塗装されたクラック、サイネリアが咄嗟に盾を装備させている僚機の影に隠れたその瞬間、爆音が轟き、ささやかな月明かりに照らされていた廃工場を爆炎の光が塗り潰す。




