Drunk It [Poison] Blood 24
「同感だ。それに付け加えるなら、子供扱いしてくる上司も最悪だ」
その丁寧とはいいがたい言葉遣いの声を晶が聴いた次の瞬間、背後から風切り音と共に何かが飛んでいくのを感じた。
そして銃を握っていた右手の甲から血が噴出し、想像を超えた激痛に声を上げる事も出来ずに目を白黒させる昌明に、ナポレオンコートを羽織った男は駆け寄って拳で殴りつけて昌明を気絶させた。
「まさかだったけど運が良かったな、部長」
そう言いながらシニカルに口角を上げ、晶の手から銃を取り上げてホルスターに戻したその男は、晶が先ほど別れを告げられたレイ・ブルームスだった。
そして銃が取り上げられた事により緊張から解放された晶は、父の惨状に大声を上げてしまう。
「父さん!?」
「殺しちゃいねえよ、心配なら止血くらいすりゃいいだろ」
床へと崩れ落ちた昌明に駆け寄った晶にそう事もなげに言ったレイは、壁に備え付けられた非常ボタンに近付いて当然のようにそのボタンを押した。
「何してるのよ!?」
「プラントの残骸と制御装置を吹き飛ばすために、下に時限式起爆装置をつけたC4――プラスチック爆弾を設置して来た。上まで影響はねえと思うけど、人が居ないに越した事はねえだろ? そいつを外まで連れていくなら手伝ってやる、さっさと行くぞ」
けたたましくなり始めた非常ベルをバックに大声を挙げる晶を余所に、レイはスーツと同じダークトーンのネクタイを外して昌明の両手を後ろで縛り上げる。
「残り時間は?」
「10分でセットしたから、あと8分ってところか。さっさと行こうぜ」
そう言ってレイは自身が投げたボールペンが突き刺さり、右手の甲から血が溢れ出させる昌明の首根っこを掴んで社屋へと歩き出す。
そのチェレンコフと変わらない唐突さに驚きながら、晶は早足でレイを追い駆ける。
「ごめんなさい、面倒を掛けるわね」
「構わねえよ、ただ扱いに期待すんじゃねえぞ」
その言葉の通り昌明はまるで引き回しのように引きずられていた。
D.R.E.S.S.を展開すれば人間2人を運ぶくらい容易いが、グリーンアイドモンスターとして手配されているD.R.E.S.S.が現れれば外に非難した社員達はパニックに陥るだろうということは容易く想像でき、晶はレイに深くは望めない。
それでも晶は工場部から社屋へと辿り着いた頃、気に掛かっている事を問いかける事にした。
「ブルームス、じゃなくてあの……」
「チェレンコフのことか? あいつなら殺した。汝殺すべからず、とか説教ならゴメンだぜ?」
怜・此花だった頃とは全く違う言葉遣いとその内容、そして気付けば変わっている瞳の色に晶の思考が止まってしまう。
つい先ほど部下と実の父に殺されかけたとはいえ、殺し殺されるという環境など晶にとっては遠い世界の話でしかない。
「教えてちょうだい、本当に全部嘘だったの?」
名前、年齢、出身地、両親が死んだという過去。
何度も助けられる訳じゃないと言いながらも、自身の命を2度も助けてくれた男の事を晶は何も知らない。
「本名はレイ・ブルームスだ」
「他には?」
「聞いてどうすんだよ?」
「本当のあなたの事が知りたいのよ」
非常灯が点在する廊下を進みながら、胡乱げな表情を浮かべるレイに晶はストレートに答えを返す。
今までも策を弄してきた産業スパイ達はたくさん居たが、晶はその策達をストレートな力技で突破していたのを思い出したのだ。
「……1つだけだ、特別に1つだけ答えてやるよ」
レイにため息混じりに言われたその言葉に、即座に1つ思い浮かぶも晶は小さく頭を振ってそれを却下する。
――わたしに望む資格はないわね
本当に自身に認められて嬉しかったのか、本当に自身に気に掛けてもらえて嬉しかったのか、本当に自身に理解してもらえたらって思ってくれていたのか。
疑うという事で裏切り続け、その挙句に面倒を掛けている自身が望むべきではない。
そう結論を出した晶は考えた末に、恐る恐る口を開いた。
「……何であなたはグリーンアイドモンスターなんて呼ばれてるの?」
その問い掛けを聞いたレイは再度深いため息をつく。
聞いたところで気分が良い話ではない。しかし1つだけ答えると言ってしまったレイは、不愉快そうな表情を浮かべて口を開いた。
「ロシアで敵対する組織に誘拐された議員を救出した際に派手にやりすぎた。それでレイ・ブルームスって傭兵は不穏分子だ、殺せって事になった。それで俺が所属していた民間軍事企業が俺を殺すためにチェレンコフがここに送り込まれたんだんだよ。その過程で俺が動きづらくなるようにってああいう事になったんじゃねえかな」
「そんな……」
酷すぎる。あまりの敵対者の勝手さに晶は言葉を続けることが出来ない。
人を救う為に戦い、そして人の命を救ったレイがそんな形で迫害されるなど、平和な日本という国に生まれた晶には理解出来なかった。
年齢も分からない男というには若すぎて、少年というには擦り切れすぎた少年。
その両肩にはそれは余りにも重過ぎるように思えてしまった。
そして自身が出来る事など何もないと、突き放されてしまったような気持ちにさせられてしまった。
「そんな事よりアンタはどうするんだよ? この会社もタダじゃすまねえだろ」
「……まず父さんを、昌明・鴻上を国防軍の公安部へ連れて行く。その後の事は考えられないわ」
レイの問い掛けに晶は腕を縛られ、無様に引きずられる昌明を見下ろす。
父に辛い事がたくさんあったことは理解できるが、たとえ自身と社員達がたくさんの物を失ったとしてもそれを見逃す事は晶には出来ない。
生き辛い性格だ。しかしもうこの性格はきっと一生変わらないと、晶は思わず苦笑を浮かべて自身を気に掛けてくれた男の今後を問い質す。
「此花君……じゃなくてレイ君はどうするのかしら?」
「任務は終わった。国に帰って依頼人に報酬でもせびるさ」
「……日本に残る気はないの?」
無意識に、それでいて弱々しく紡がれたその言葉には晶自身の願望も混じっていた。
組織には売られ、所有しているD.R.E.S.S.は手配されてしまった。
訪れる事を予見されていた日本に居続ける事が安全とは思わないが、祖国へ戻るのも危険なのではないか。
そして何より行かないで欲しいと、母にも望まなかった気持ちを晶はレイに抱いているのだ。
しかしそれも勝手な願望だと、晶は隣を歩くレイからやっと辿り着いたロビーへと視線を移す。
昼間は日の光を差し込ませているロビーのガラス張りの壁面は月明かりを差し込ませ、その空間を幻想的に仕立て上げていた。
「残れねえよ。俺は所詮殺しだけが能の人殺しだ」
「あら、どこかの同じ名前の無能とは大違いだったじゃない」
「そう言ってくれるのは嬉しいけど、どうにも服装規定ってのがは窮屈なんだよ。それにまだやり残した事もある」
社員としての仕事も、傭兵としての仕事もこなせなかったチェレンコフに晶は皮肉るも、レイが浮かべた表情はいつものシニカルな笑みではなく、どこか疲れてしまったような笑みだった。
――これが、わたしがあなたにしてあげられる事なのね
引き止めることは出来ない。
昔から理解したくない事ばかり理解させてくる自身の頭が出した結論に、晶はシャツの生地越しにメダイを握りしめて笑顔を浮かべて口を開いた。
「……特別に1つだけ教えてあげるわ――レイ君、藍色ってどんな色か知ってるかしら? それは――」
別れることを悲しんで欲しいわけじゃない。
ただそれでも、晶はレイの中に自身の存在を刻み込んでおきたかった。
そうすればもう一生会えなくなってしまったとしても、レイの中で生き続けられるのだから。
「――あなたの瞳の色よ」
「……そうか、ありがとう。アンタに会えてよかったよ、アキラ」
その晶の言葉に何かを噛み締めるようにガラス越しの月を見上げたレイの顔は、どこかすっきりとしたものを感じさせた。
「わたしもよ、ずっとずっと忘れないから」
そのレイの様子に晶はレイの何かに触れられたような気がした。




