Drunk It [Poison] Blood 21
「いいか? ここからはただの殺し合いだ。会社の理念も何もねえ、死にたくなけりゃさっさと逃げちまえ」
3mほどあるプラントの1つを背にしたレイはそう晶に告げながら、自身と同じ名前を名乗っていた男へワルサーPPKの弾丸を放つ。
晶が自身より小さいとは言え、人を抱えて走った負担は肋骨の痛みとしてレイの余裕を殺ぎ続けていた。
「……どうしてこんなことするのよ」
「あの赤いプラントの中身を知ってるか?」
力の入っていない両手で、空のプラントに身を隠すレイの胸倉を掴んだ晶はそう弱々しく呟くも、レイはそれに取り合わずに質問を返す。
突然濃度が増した死と硝煙の香りに頭が働いていない、そもそもそのプラントの事すら知らない晶は何も返せずにレイの暗い碧眼をただ見つめる事しか出来ない。
「あれは開発コードBLOODっていう最新のナノマシン兵器だ。被験者の体液中に存在させる事と体液を介して感染させることができ、そして任意のタイミングで脳へのアタックをする事が出来る。ただ脳を破壊するだけなのか、通信が及ぶ範囲内でなら感染者を操作することが出来るのか分からねえけど、いずれ世界を変えることが出来る。そして外に出せば条約を盾に処分を命じられる、そう言った類のヤバイ奴だ。俺はあれの破壊と、いざとなった時のためにカウンター処置として、対BLOODのナノマシンを作るためのデータ奪取のために、民間軍事企業エイリアス・クルセイドから派遣されて潜入した傭兵だ」
「う、嘘よ、そんなの!」
告げられたその情報に晶は思わず大声を張り上げてしまう。
自身が身も心も青春も捧げてきた鴻上製薬が、そんな事をしていたなど信じたくは無いとばかりの晶の言葉に、レイは頭を振りながら深いため息をつく。
「おかしいと思わなかったのか? 倒産寸前の家族経営会社がたった数年で、しかも多数居る他の大企業を押しのけて1流企業へ成長した事。第1総務部から何人も人間が消えているのに騒ぎ立てられる事も、おかしいと勘ぐられる事もない事。そして普通の製薬会社に在るわけがないナノマシン兵器が確かにここに存在している事。そして世間では俺をテロリストだと言っているのに、鴻上製薬は公安に突き出すでもなく同じ名前の人間を用意してこうやってアンタを利用して俺を取り押さえようとしている事実――どれか1つでもマトモだって言えることがあるなら俺に教えてくれよ」
怜・此花として知っている顔、しかし怜・此花として浮かべた事の無いその余裕のない表情と、羅列されたその1つ1つが晶に反論を許さない。
経理を担当していたまだ学生だった晶は、ある日信じられない額の収入を鴻上製薬が得たのを出納データで見た。
多くても6人程度しか同時に職員が存在しない第1総務部から人が消えても、晶が余所の部署へ赴いた際に恐がられたりする事はなかった。
つい先日目を通した出納データには不明金の2000万円と、経理を担当していたボヌールが物資の入手に関して嫌疑を掛けた事実を晶は知っている。
そして晶の知っている”レイ・ブルームス”は誰かによって庇護されながら第1総務部に存在して、怜・此花は確かにその”レイ・ブルームス”と名乗っていた男の敵だった。
「データは見た。BLOODは偶発的に生まれた物で、今アレを破壊すれば2度とこの世には現れない。ヒーローを気取るつもりはねえけど、アレはヤバ過ぎる。複製もロクに出来ない今の内に破壊しなけりゃならねえ」
「……それが任務だから? あなたが傭兵だから?」
意味の無い問い掛けをしている。そう理解していても晶は答えを求めて縋りつくように、レイの胸倉を掴んでその瞳を見つめ続ける。
晶にはその男が何者なのか分からない。
守ってやりたいと思っていた部下は傭兵で自身を弾丸から守っている。
作り物のように黒い瞳は点在する照明によって違う色を浮かべている。
そしてその男は晶が縋りついてきた全てを否定している。
しかしその男が告げる言葉1つ1つが、考えてこなかった事実を晶に考えさせてくるのだ。
「……任務だからだ。でもアンタが消された産業スパイ達が辿った行く末を辿るのも俺の気分が良くねえんだよ」
「産業スパイ達が辿った行く末?」
遠くに聞こえる銃声を耳にしながら、言いづらそうに告げたレイの言葉に晶はオウム返すように問い掛ける。
上層部によってしかるべき処置を受けた。
晶はその言葉を"バックに居る組織や人間を聞き出して、公にならないように公安へ突き出した"という風に理解していた。
しかしレイが告げる現実は、晶にとってとても辛い物だった。
「データには全員がBLOODの被検体にされた際の症状が細かに記録されてた。ロベルト・グルーマンは脳神経が焼ききれて脳死、沙織・福原は自身の手首を噛み千切って失血死、ミーツェ・ハンペルは自身の指で眼を抉り取ってショック死。全員のデータを確認したわけじゃねえけど、ろくな死に方をしてねえのは確かだ。秘密を知った以上アンタが生きていられる保障はねえ」
今まで自身が告発してきた産業スパイ達の名前とその死に方、そして鴻上製薬が、実の父である昌明が自身を殺す可能性があるというその言葉に晶は思わず呆然としてしまう。
晶も昌明も不器用な性質の人間だ、世の中の人々が描く理想の親子象とは大きくかけ離れているのは理解が出来る。
それでも晶には父が人々の命よりも利益を選び、そしてその秘密を知ってしまった自身を殺すなどと考えられなかった。
しかし昌明と繋がっている”レイ・ブルームス”と名乗っていた金髪の男は、目的の為に晶を殺そうとしたのは確かな事実だった。
「一応聞くけど劉さんを殺害して、ボヌール部長を誘拐したのはあなたじゃな――」
戸惑う自身を置き去りにするように言葉を紡ぎ続けるレイに、思わず問い掛けてしまった晶。
だがその言葉を弾丸が風を切る音と、晶を乱暴に抱き寄せたレイが遮る。
薄化粧を施した顔に押し付けられるシャツに感じる体温、感じたいと思っていたその体温をこんな状況で感じている状況に晶は皮肉めいた物を感じると同時に、困惑していた精神が段々と平静を取り戻しつつあるのを感じていた。
「姿勢を低くしてろ、頭に喰らったら1発でオシマイだ――それと信用出来ねえかもしれねえけど、俺は日本に来てからまだ誰も殺してない。俺がデータを取りに行った奥の制御フロアの横にあった隔離室に金髪の男の死体があったけど、それなんじゃねえのか」
死者がもう1人増えた。それも、おそらくBLOODを使われて殺された死者が。
そして湧き上がってきた恐怖とも、悔恨とも、憐憫ともつかないその感情から逃れるように、晶はレイの胸倉を掴んでいた両手を離してレイの背中へと両腕を回す。
――……浅ましい限りね
最低でも既に5人が死んでいる、そして自身もいつ殺されてもおかしくない。
そう分かっていても晶は目の前にいる男を求めずにいられなかった。
今まで生きていたその腕の外の世界がとても寒々しい物に感じ、その腕の中だけが安息の地であるような得体の知れない何かに溺れていくような感覚。
しかしレイはそんな晶を引き剥がして、晶の黒い瞳を覗き込みながら口を開いた。
「話はここまでだ。プラントは破壊する、あのクソヤロウは殺す。巻き込まれたくなけりゃさっさと逃げろ。さっきのが偶然だとしても、何度も助けてやれるわけじゃねえんだよ」
「何で、あなたは……」
助けてくれるのか。言葉にならないその問い掛け。
レイに対して自身が疑いを持っていた事には気づいて居たはず、そして自身と同じ裏切られたという感情を確かに感じていたはず。
それでもレイは殺されかけていた晶を救い、こうして晶が生き残れるように物事を進めている。
そしてその問い掛けに観念したようにレイは深いため息をついて、自嘲するような笑みを浮かべて告げた。
「……だっせえ話だ。アンタに認められて嬉しかった、アンタに気に掛けてもらえて嬉しかった、そしてアンタに理解してもらえたらって思っちまった。マジでだせえ話だろ?」
父であるヘンリー・ブルームスとの関係を知る人間は自身にヘンリーの面影を求めた。
後見だったジョナサン・D・スミスはH.E.A.T.と自身を天秤に掛けてH.E.A.T.を取った。
レイを求めていたのは名前も知らない他人と、ストックホルム症候群によってその存在を意識へと刷り込んでしまったエリザベータ・アレクサンドロフのみ。
そしてエイリアスのあの言葉が引っ掛かり続けたレイは理解者を求め、同時にそれが得られない物であると理解していた。
レイの中ではそれが変えられない事実なのだ。
その多数の人間の感情を理解するにはレイは排他的で、求めるには背中にのしかかる過去と父の幻影がその希望さえ奪っていく。
そうしている間にも顔は血と硝煙に汚れていき、心は殺し続けてきた人間達の怨嗟に腐っていく。
その中で晶だけはレイにとって違った。
名前も年齢も出身も何もかもが偽りだったとはいえ、レイがその手で残した実績を評価してレイの事を考えてくれていた。
あれだけ懐いていたフィオナ・フリーデンを邪険にし、レイ自身を求めていたエリザベータ・アレクサンドロフを遠ざけた自身の勝手さを理解しながらも、レイは都合の良い事ばかり求めてしまっていた。
そして自身が晶にしてやれる事が、戦いしかない事もレイは理解してしまっていた。
「じゃあな、アキラ。アンタに会えて嬉しかったよ」
そう言いながらレイは晶の手に小さな銃を押し付けて突き飛ばし、遠くへとフラッシュグレネードを投げ、中にバングルを仕込んでいる腕時計を右手で叩く。
そして地下施設内に2つのシアングリーンの光と、1つの黄色い光が煌々と光を放ち始める。
そのあまりの眩しさに晶は思わず目を閉じてしまうも、失ってしまう恐怖から光の中へと手を突き出す。
――居なくならないで、傍に居て
母が居なくなったあの夜に言う事も出来なかった言葉、それを声に出す事も出来なかった晶の指先が冷たく硬い物に触れる。
光が晴れたそこに居たのは少し色の違う装甲をつけ、シアングリーンの光を灯すマシンアイを輝かせる、グリーンアイドモンスターと呼ばれたD.R.E.S.S.、ネイムレスだった。




