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D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
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Drunk It [Poison] Blood 17

 下品なほどに飾られた調度品に囲まれた社長室で、晶は自身が製作した報告書を呼んでいる昌明とデスク越しに相対していた。

 常に下ろされているブラインドの向こうは既に暗くなっており、報告終了後直帰すると決めていた晶は灰色のトレンチコートと赤いマフラーを入れた鞄を小脇に抱えていた。


「なるほど、2000万円も不明金があったのか。誰も気付けなかったのはフィルマン・ボヌールの隠蔽の技術がすごいって事なのかな」

「……わたしには分かりかねます」


 手書きの報告書から顔を上げた昌明に、調査対象に持つ警戒心と同じ物を持ってしまった晶は無意識にそっけない返事を返してしまう。

 上司が部下に手の内の全てを見せないことを不義理とは思わないが、それで命を懸けさせているのが晶には気に入らないのだ。


「さて、僕からの追加の報告だ。例の超高精度な情報奪取だけど、紅蝶ホンディエリュウのPCから行われていたと判明した」

「使用者が居ないPCからですか?」

「加えて言えば、怜・此花が入社する前からだね。そこから僕と情報部は2人は仲間だったけど、何らかの理由で仲間割れをして怜・此花が紅蝶ホンディエリュウを殺害したんじゃないかって思っているんだ」

「……少々短絡的過ぎるかと」


 まるで推理小説を楽しんでいるような口調と、何らかの容疑者であるという理由で敬称をいとも簡単に消してしまった昌明に晶は端的に返す。

 娘として晶は父である昌明が好きだ。それでもその桟慮な性質とすぐさま手の平を返す性質は嫌いだった。


「これだけ状況証拠が揃っているのにかい?」

「此花君と劉さんを結びつけていたと分かる証拠がありません。それこそ2人が会話をしているのすらわたしは見たことがありません」


 当時の此花は仕事以外の会話をせず、結果として職務を全うしていた晶と花里ですら会話する事事態が稀だったのだ。


「なら社外で会っていたんじゃないかな? それなら君の記憶にも社内のセキュリティの記録にも残らない」

「でしたら、結局のところ2人が繋がっていた証拠もないということになりますね」


 思いついたように告げる昌明の言葉に、晶はにべもなくそれを否定する。

 そんな思いつきで全てが解決するのであれば、世の中の犯罪者のほとんどが姿を消しているだろう。


「……強情だね、晶」

「終業後とはいえわたしは仕事としてここに来ています。社長もそれに応えてください」


 金ボタンがついた紫のスーツ、信じられないほどに赤いシャツ、金の鎖の模様が走るネクタイ。社長自身が乱しているドレスコードに適うわけがない悪趣味な服から、目を逸らすように晶は俯く。

 婚約者である加奈子カナコ飯塚イイヅカでさえやめさせる事を諦めたのであろうその風貌に、晶は深いため息をついてしまう。


 要領の良さが足りない、協調性が足りない、それらを省みるための思慮深さが足りない。

 会社を倒産させかけ、たった1人の妻に捨てられ、そして娘にすら失望されかけている。


 それでも昌明は変わらないだろう、たとえ晶に見限られてしまったとしても。

 父への尊敬の念が失望に犯されていくのを感じながら、晶は状況を整理する。


 まず最初にレイ・ブルームス、麗子レイコ花里ハナザトサトシ此花コノハナの3人の産業スパイ容疑者が居た。

 しかし花里も此花もそんな様子を一切見せず、晶は一方的にブルームスの調査を打ち切られた。

 ブルームスは調査の打ち切りを告げられた晶に接触し、余計な事をするなと警告した。


 その社内に不明金が2000万円ある事が発覚した頃と同時期に、紅蝶ホンディエリュウが遺体で発見され、フィルマン・ボヌールが行方不明となった。

 そして最後にブルームスが、此花をグリーンアイドモンスターと呼んでいた。


 ――まず考えられるのはブルームス君の行動について、ね


 ブルームスのあまりにも会社という組織に慣れていない振る舞いが、もし明確な目的があった上でのものだったなら。

 タツミの篭絡、突然無断欠勤を繰り返すようになった劉、そして執拗に晶に接触しようとしていた事実。

 その3人に共通しているのは、代表執行役である隆介リュウスケタツミ、専務取締役であるチャンリュウ、代表取締役である昌明マサアキ鴻上コウガミという家族が鴻上製薬の上役であるという事。


 ――篭絡や接触は計画的に行われていた事なのかしら


 しかしその篭絡や接触が鴻上製薬を乗っ取るためのものだとしたら、昌明達がわざわざそんな不穏分子を社内に招いた意味が分からない。


 ――違う目的で潜入させたけど、他勢力へ寝返られた? もしそうだとしても誰に対するカウンターなのかしら


 此花を一連の犯人と決め付けている昌明とは裏腹に、晶はブルームスこそが一連の事件に関与していて、そのスケープゴートとして此花が選ばれ、その違和感を払拭するために花里は巻き込まれたのではないかと考えていた。

 そうでなければあまりにもクリーンな経歴を持つ花里が、産業スパイの容疑を掛けられる訳が無いのだから。

 劉とボヌールはブルームスの計画に巻き込まれ、裏切るなりの行為をしてしまった結果危害を加えられたのではないか。

 そのブルームスに此花をグリーンアイドモンスターという世界を賑やかすテロリストに仕立て上げさせようとしている、ブルームスのバックこそが全ての原因なのではないか。

 そしてブルームス自身が、グリーンアイドモンスターなのではないか。


 陰謀論のような突拍子も無い話だと理解していても、晶にはそう思えてしょうがないのだ。

 知らない間に産業スパイに仕立て上げられた劉、手切れ金か上納金として2000万円を会社から横領して用意したボヌール。

 そう考えてしまえるほどに、都合が良すぎるほどに材料が揃っているのだ。


「黙りこんでどうしたんだい、鴻上総務部長?」


 豪奢なデスクの向こうでふんぞり返りながら、そう問い掛けてきた昌明晶は視線をやる。

 座っているため見下ろす形になっている昌明の姿が、晶にはとてもちっぽけに感じられた。

 覚悟を決める時だ、どちらにしろ今までのように盲信していることはもう出来ない。

 そう覚悟を決めた晶は、まっすぐと昌明の瞳を見据えて口を開いた。


「わたしはわたしの独断で調査を続行します。止めたければお好きにどうぞ」


 社の決定に逆らう。そう強い決意を秘めた言葉を紡いだ晶は、その言葉に呆然としている昌明に一礼をして社長室を後にした。


 ――まずはブルームス君と話す必要があるのね


 遥か後方で自身を呼び止める昌明の声を聞きながら、もう誰も居ない社屋を晶は歩んでいく。

 その脳裏で護身のための武器を用意しようかと考えるも、ブルームスがドレスを所有しているグリーンアイドモンスターであるのなら、晶が手に入れられるような催涙スプレーやスタンガンなど何の意味も成さないだろう。


 ――取引や尋問をするのなら、どうにかしてイーヴンの立場に立たなければならないのね


 ただ思考に没頭しながら晶はささやかな明かりに照らされた階段を下っていき、そして灰色のトレンチコートを羽織ながら1階まで辿り着く。

 そして傭兵でも雇って自身に手を出せないようにするための抑止力にしようか、と考えていた晶の目の前に1人の男が現れる。

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