表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
D.R.E.S.S.  作者: J.Doe
Talk To [Alias] Messiah
47/460

Drunk It [Poison] Blood 12

「半分予想してましたけど、こういう方法で来ましたか」

「……もしかしてまずかったかしら?」

「いいえ、売店の物も飽きてたんで助かりましたよ」


 そう言って此花は楕円形の弁当箱を断りも無く開ける。

 黒いプラスチック製の蓋が開かれた弁当箱には鶏肉の照り煮、たけのこの七味焼き、ひじきの煮物が詰められていた。


「フォークとか一応持ってきたけど使う?」

「いえ、箸で大丈夫です。ご親切にどうも」


 そう言って此花は弁当箱の蓋に収納されていた箸を器用に持って見せ、そしてまた断りもなしに弁当に手を着け始めた。

 それを見ていた晶も弁当箱を開けて食べ始めるも、租借するひじきの味に今更思い出したように晶は此花に問い掛ける。


「苦手な物とかない? 入れておいてなんだけど、ひじきとか大丈夫?」

「このお弁当は大丈夫ですよ。ひじきも昔は見た目でダメでしたけど、今は食べれますし。美味しいですよ」


 外国人は海草を消化出来ないらしい。

 そんな不確かな知識からした質問の答えに返された答えに安堵した晶は、改めて箸を進めだす。

 鶏肉の照り煮は本に書いてあった通りの工夫をしたおかげか、とてもやわらかく仕上がっていた。


「そういえば、どうして此花君は社員食堂に行かないの?」


 鴻上製薬の社員食堂は低価格でハイクオリティな食事を、各国から訪れている社員達の為に特定の食材を抜くなどのニーズに応えながら提供しており、此花がわざわざ売店で昼食を買う理由が晶には分からなかった。


「どうにも煩わしくて。残すなとか、肉ばかり食べるなとか」


 そう心底迷惑そうに言う此花の言葉に、晶の脳裏にお節介焼きな食堂の調理師の顔が浮かぶ。

 晶も第1総務部の部長に就任した直後、「そんな細っこい体で部長なんてやれるのかい? 女は舐められたらおしまいだよ」というその調理師の持論と共に注文以上に盛り付けられ、原型を保っていなかったアジフライ定食を覚えており思わず苦笑してしまう。


「煩わしくてもそう言う風に言っちゃダメよ。あの人達も此花君の体に気を遣ってくれてるんだから」

「……日本のそういうところは、いまいちよく分かりません」


 そのふて腐れたような此花の物言いに、晶はハイスクールの後輩を相手にしているような微笑ましさを感じる。

 人嫌いなきらいがある此花がそういったお節介を理解出来ないのが、近くにそういう人間が多い晶には手に取るように分かってしまうのだ。


「まだ鎖に変えてなかったんですね」

「ええ、こうしておきたいの。ダメかしら?」


 晶の首に掛かる黒い革紐に気付いた此花はそう問い掛け、晶は指先でそれを玩びながら答えた。

 革紐は晶の鳩尾辺りにメダイをぶら下げ、メダイを肌身離さないで居たい。

 しかしメダイの鎖を1度千切ったブルームスの目に留まるのが嫌な晶には、その長めの革紐は都合が良かったのだ。


「私は構いませんが、装飾品は原則禁止なんでしょう? 自分でやっておいてなんですが、黒い革紐が目立ってないとは言えませんよ」

「日本の不思議なところだけど、装飾品も染髪も華美ではなければ女性はなぜか黙認されるのよ。ここまでカジュアルなのだとアレかもしれないけど、せいぜい上手く隠す事にするわ」


 ブルームスが着ていたオフィスカジュアルとは言いがたいスーツと比べれば可愛い物ではあるが、それでも革紐に通されたこのメダイもオフィスに似つかわしくないルックスの物である事は晶も理解していた。

 注意していた本人がそれを守れていないのでは、あまりにも説得力が無いのだから。


「でも、何であの時この革紐くれたの?」


 そのメダイの革紐を隠すようにシャツの襟を整えながら、晶はここ数日引っ掛かっていた事を問い掛ける。


 此花と同じく人嫌いのきらいがある昌明は、親しい人間以外がどんな状況に陥ろうと無視する傾向があった。

 そんな父と暮らし続けていた晶は此花も同じ行動を取ると思っていたのだ。


「あんな人生オシマイだ、みたいな顔されたら誰だってそうしますよ。それに部長はアクセサリーとか興味なさそうでしたし、手を空けなければ仕事も片付きませんし」

「そういう此花君はわたしに、というより仕事以外に興味ないでしょう?」

「……そんなことありませんよ」

「じゃあわたしのフルネームは?」

「……アンナ・コウガミ」

「不正解、正解は(アキラ)鴻上(コウガミ)。わたしを女扱いするのであれば、名前くらい覚えておきなさい」


 珍しく困惑した表情を浮かべて沈黙の後に知らない名前を此花に告げられた晶は、立て人差し指を振って訂正する。

 今度は自身の意趣返しは成功したものの、晶は名前を間違えられた事によって生まれたささやかな不快感を持て余してしまう。


「それより聖三位一体の紐、だったかしら? そういうのに随分と詳しいみたいだけど、此花君はクリスチャンなの?」

「いいえ。知り合いがクリスチャンでいろいろ聞かされたりはしましたけど、どうにも肌に合わなくて」

「まさか此花君が悪魔憑きだったとは思わなかったわ。教会への異動は人事部に申し入れればいいのかしら?」

「神様なんとかしてください、って雰囲気がダメだったってだけですよ。質量の無い安心感にお金を払う感じとか、他にもいろいろありましたけど」


 わざとらしく嘆く晶に此花は肩を竦めながら、七味で味付けされたたけのこを口に運んでいく。

 昌明と暮らしていた頃に作った事のあるそれは晶にとって自信作であり、ふて腐れるように仏頂面だった此花の表情が動いた事に晶は安堵から深いため息をついてしまう。

 此花は美味しいとは言っていたが、自身と此花が上司と部下という関係である以上お世辞という可能性もあったのだから。


「安心したわ。可愛い部下がリーガン・マクニールなんて、笑えないもの」

「そうでしたか。仕事量を見る限り、憎まれてるのかと思ってましたよ」

「仕事振りを評価して、評価に値する信頼を寄せているだけよ」


 エクソシストの劇中に出てくる悪魔憑きの少女の名前に此花は顔をしかめ、そして得意げな笑みを浮かべていた晶も思わず顔をしかめてしまう。

 学生時代に英語の勉強がてら字幕を表示しないで見ていたそれに、まだ若かった晶は情けないほどに怯えてしまっていたのだ。


「悪魔憑きを嫌う部長はクリスチャンなんですか?」

「あら、興味を持ってくれたのね」

「聞かれたから聞き返した。会話の基本だと思いますよ」


 思い出してしまったあのシーンに怯えてしまった事を隠すように晶は虚勢を張る。

 有名なあのシーンのおかげで晶はホラーを小説、映画、どの媒体を通しても受け付けなくなってしまったのだ。

 しかしその様子に気付いているのか、此花は無理のない程度に会話の方向を切り替え、晶は少し考えるように渡り鳥が去って寂しくなった空を見上げて口を開いた。


「宗教は信じていないわ。これは、母さんがくれた最後のプレゼントなのよ」


 そう言いながら晶は胸元に手を入れて、黒い革紐を手繰り寄せてスレンダーな晶には大きく見えるメダイを取り出した。


 晶がまだ学生だった頃の鴻上製薬はいつ倒産してもおかしくない状況だった。

 大手に仕事は取られ、新薬の開発は煮詰まり、昌明は根っからの商売ベタ。鴻上製薬の経営が傾いてしまうのも無理も無い話しだった。

 そして晶が16歳の誕生日を迎えた時、母である日向子(ヒナコ)鴻上(コウガミ)は離婚届だけを置いて昌明と晶の前から去っていった。


 晶は今でもその時の事を覚えている。


 ネームプレートのないホールケーキ、いつもと変わらない夕食、プレゼントだと渡されたろくな手入れもされていなかったメダイ。


 日向子は晶の誕生日のことなど忘れていたのだ。


 そしてその夜、十戒の"汝姦淫するべからず"を皮肉るように日向子を乗せて消えて行ったワゴンのテールライトを窓越しに見ていた晶は気付かされてしまった。


 父にはもう自分しかおらず、そして自分もまた父しか居ないのだと。


 それから晶は事務員を雇えず昌明がこなしていた事務仕事と、日向子がこなしてた家事を一手に引き受けてこなしていった。

 学業、仕事、家事。それらに没頭している間は母の事も、そうやって過ごしていく間に広がっていく周りとの距離感も忘れられたのだ。


 結果鴻上製薬は急成長を遂げ、晶は他の誰にもこなす事の出来ない第1総務部長というポストを手に入れた。


「ライナスの毛布って言うのかしら。情けないけどもう手放せないのよ」


 そう自嘲するような笑みを浮かべた晶のジャケットのポケットに入れられた携帯電話が、バイブレーションでメールを着信した事を告げる。

 取り出された携帯電話のディスプレイには、昌明から送られた緊急召集を告げる文章が表示されていた。


「呼び出しが入ったから行くわ、お弁当箱はわたしのデスクに置いておいて。此花君ももう少ししたら戻るのよ」

「最後に1つだけ」


 残り少ない弁当とペットボトルを鞄に詰めて立ち上がった晶を、此花は短い言葉で呼び止めた。

 あまり時間は無い。そう言おうと振り返る晶の黒い瞳と、此花のレンズ越しの作り物のように黒い瞳が見詰め合う。

 その作り物のような黒は、奈落のようというには張り付いた色を浮かべ、雑然としたというにはそれ以外の色を拒否するような色だった。


「最近は仕事以外にも興味を持てていますよ。おかげさまで、ね」


 その言葉に何と返していいか分からなかった晶は、言葉も返さずに此花に背を向けて社屋へと歩みだす。

 そしてその手はシャツの中にしまい損ねたメダイの表面を撫でていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ